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寿司ネタ

 幟の街にある石造りのビルの三階に〈自警団本部〉はあった。

 廊下には中途半端な長さの合金チューブや真っ赤な粘土岩の踊り子像、人造バターのホログラム・ポスターなどが無造作に転がっていて、全てのガラクタに『時価』の札がつけてあった。


「団長。いるかい?」


 すると、なかからざらついた返事がきた。


「いなかったら入らねえのかよ?」


「入りたかったら入るさ」


「まあ、待て。合言葉を言え」


「そんなもの、あったのかい?」


「よし、いいぞ。入れ」


 中古携帯端末の鞘取りに関する書類が机に釘付けされている事務室には小銃弾の薬莢形の水槽車両があり、大きな顎、丸い体、大きすぎるヒレ、派手な色彩の肉食魚型ディネガ――ギウィ・フィッシュが水槽のちょうど真ん中に浮いていた。魚体は生体でできているが、アンコウの疑似餌だけは繊維コードにつながった小さな発光ダイオードになっていた。


「よう、リアム。そいつはなんだ? キヅキがトランスジェンダーしたわけじゃあねえよな」


 ギウィ・フィッシュがしゃべると、ガラガラ声が水槽上部のスピーカーから降ってきた。


「自警団員が足りないって言っていただろう? いい候補者を連れてきた」


「くだらねえ野郎じゃねえことを祈るぜ。この水槽の外部コンソールには操作レバーとボタンがついてるが、おれはクレーンキャッチャーの賞品(オモチャ)じゃねえんだ」


 低い駆動音を鳴らしながら、水槽がユウキの目の前まで走ってきた。肉食魚は少し沈んで、目線をユウキを同じ位置にして睨む。


「おい、兄ちゃん。お前の強さは紙オムツ何枚分だ?」


「口の減らない魚なら二秒で三枚おろし(フィレ)にできる」


「おーう。いい切り返し(ディス)してくれるじゃねえか。兄ちゃん」


「自分でも驚いている」


「ハハッ! いいぜ。気に入った。ほんとはもう枠が埋まっちまってるが、ここの連中ときたら、どいつもこいつもトラブルばっかり持ち込みやがって、いつだって手が足りてねえからよ。ヒマしてるヒト型ディネガは大歓迎だよ」


「彼の他にも候補者が?」


「変なジジイが来た」


「なんだか帰りたくなってきた」


「そう悪いジジイじゃねえ。戦艦のスペックを無理やり覚えさせようとするのを除けばな」


     ――†――†――†――


 ほんの数分の差だったが、提督の満足げな様子には先輩意識があるのは間違いない。


 じゃあ、こっちのほうがはやくて、こちらから後輩のように扱うのが楽かと言えば、そっちのほうが苦労しそうだ。


「ようし、レディース・アンド・ジェントルメーン」


「レディはいないよ」


「じゃあ、キヅキ呼んでこい。チェッ。これじゃ話が進まねえ。いいか、自警団について、簡単に教えてやる。おれたちの仕事はまあ、ほとんどが護衛だ。たとえば、この街も発展しなくちゃいけねえんだが、そのための材料を外に求めることがある。島とか都市とか見つけたら探検隊も出すわけだけど、ウェポンどもがいて、無差別攻撃を仕掛けてくる。そこで自警団が護衛になるわけだ」


「失礼。ウェポンとは何ですかな、団長閣下?」


「二千年前の人間は自分たちにディネガ・エネルギーをかぶせるほどのバカばっかりだったが、そもそも、そのころ、人間はどえらい戦争をしてやがってな。正直、ディネガ・エネルギーがなくても滅んでた可能性が大だ。その証拠に、連中は自分たちが絶滅しても、兵器だけは動けるようにしてやがった。それがディネガ・エネルギーを浴びたら、完全な殺戮マシン〈ウェポン〉になっちまったってわけだ。そいつらがおれたちに襲いかかる。知恵の足りねえディネガはおれたちを襲わんが、そもそも知恵なんて存在しねえウェポンはガンガン襲ってくる。ただ、ウェポンとディネガの区別が難しくてな。ウェポンどももタンパク質や生体と融合してるんだよ。なかにはここに住むディネガよりも機械に対するタンパク質の比重が大きい野郎もいるんだぜ。最高記録はちっぽけな三十二口径のハンドガンがおでこにくっついてるだけで、それ以外はここのディネガみたいなやつだ。たまったもんじゃねえよな。どいつがウェポンでどいつがディネガなのかは、実際、襲われねえと分かんねえ。だが、安心してくれ。いいニュースもあるんだ。どうも知恵の足りないディネガのなかにはおれたちがテラリア人に見えてるやつもいるらしい。つまり、襲ってくるやつはみんな倒しちまえばいいんだ。簡単だろ?」


「他にはどんな任務が?」


「夫婦喧嘩の仲裁とか。おい、いま、馬鹿にして、ため息ついただろ。言っておくがな、ほとんどの夫婦喧嘩は外のウェポンなんか比べものにならんくらい凶暴だぞ? マジでかからねえと命の保証はできねえ。でも、まあ、夫婦喧嘩はトリメクロライトも食わぬっていうしな。おれとしてはあまり取り扱わないことにしてる。どうせ家じゅうの皿と便器をぶっ壊したあたりで仲直りするわけだし。安心しな。何かしら仕事は投げてやるからよ」


「……任務の邪魔になるものは排除するだけだ」


「そういうセリフ、とても心ときめくぜ。ここはお前みたいな暗殺任務ジャンキーのリハビリ・クリニックだ。当クリニックの治療方法を教えてやる。まず、暗殺任務の量を三日に一回に減らす。そして、しばらく調子が良かったら、四日に一回に減らす。次は五日に一回。六日に一回。一週間に一回。そして、ここで任務を暗殺からただの護衛任務に切り替えて、三日に一回、四日に一回、五日に一回、六日に一回、一週間に一回。今度は任務をただの偵察に切り替えて、三日に一回、四日に一回、五日に一回、六日に一回、一週間に一回。そのころには、もう任務遂行根性が体から抜けて、クリーンな体になる」


「別におれは任務がないと生きていけないわけではない」


「ここにいるリアムも最初はそう言った。な?」


「恥ずかしながら」


「任せろ。お前を立派に更生させてやっからよ。それにちょうどいい仕事がある。ある学者が昨日見つかった河口から、ちょい川を遡りたくて自警団に護衛を要請してる。鉱脈か誰も手をつけてない山岳都市があるかもしれないと思ってるらしいんだが、初陣としてはなかなかだろう? 安心しろ。自警団員はみんな保険に入っているから、お前らが死んだら、おれに保険金が入る。心配せず、どーん!とぶつかって、どーん!と死んでこい! 豪遊してやっからよ。じゃ、健闘を祈る」


 別に保険金はどうでもいい。

 不安なのは「川を遡る」という言葉をきいたとき、提督の頭からきこえた気がしたガッチャ!という音だった。


 ちらりと見てみると、その左右の眼には〈河川〉〈砲艦〉と刻印されていた――ような気がした。

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