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提督の影響力

 リアムが現役の〈掃除屋〉だと思われた理由はいろいろあって、まず目の白目が黒、瞳が赤くなっていて、左目のすぐ下に上級駆逐員ハイ・エグゼキューショナーを示すコードがプリントされていること、そして、上級駆逐員ハイ・エグゼキューショナー専用の黒い戦闘用インナーをつけていたからだ。


「紛らわしい」


 そう言いながら、キヅキが白いシャツを投げる。


「でも、シャツは必要ないと思うんだけどな。これ、丈夫だし、汚れにくいし」


 と、言いながら、シャツに袖を通し、リズミカルにボタンを留めていく。


〈ベーカリー・ツンツクツン〉の名前の由来はパン屋をはじめたばかりのころのキヅキとリアムの関係をテュルが擬音化したものだった。


 ディネガ排除に疑問を抱いてしまったキヅキとその排除を命じられた〈掃除屋〉リアム。


 ユウキは三年前、ふたりは刺し違えたときいていたが、実際にはその後、ディネガランドに拾われて、どういうわけだか、パン屋をするようテュルが総督権限で命じたのだった。


 そして、そのときのふたりはまさにツンツクツンな関係で一週間に会話が一回あれば、多いほうだった。


 そんなふたりがなぜ夫婦になったのかをヴィクトリアがしつこく食らいついたが、ふたりは笑って、言葉を濁すだけだった。

 ただ、そんなふうに笑い合うまでに乗り越えた障害はひとつやふたつではない。


 ふたりが通された部屋はカウンターの裏、厨房の隣にある居間だった。

 波型の淡い青の壁紙にソファーが二人掛けがひとつと三人掛けがひとつ。他には円筒型のコーヒーポッド、子豚の陶器ランプ、鉛筆とナイフ、簡単な調理用熱線レンジ、それにいろいろな形の壜に入ったリキュールと小さな脚付きのグラス。窓のそばにはこれ以上は黄色くならない稔性のバナナの鉢がある。


 非常に生活感があった――ディネガ狩りの最精鋭〈第一特務中隊〉のエースと〈掃除屋〉の上級駆逐員ハイ・エグゼキューショナーにしては。


「それはなんだ?」


 ユウキが指差したのは部屋の一角を占める娯楽っ気たっぷりの大きな装置だった。暗めの赤を基調に様々な色の照明がはめ込まれていて、ひどく派手だが、なぜか不快には思わない。


「よくぞきいてくれた」


 リアムの目はちらりと横のキヅキに向けられて、それ見たか、と言おうとしているようだ。


「これはジュークボックスと言ってね、お金を入れたら、音楽が再生される装置なんだ」


「それならメモリ再生でもいいだろうに」


「キヅキは分かってないなあ。このなかにはひどく旧式の、もう本当に残っているのが奇跡のレコード盤があって、一枚一枚が音楽を保存している。大昔、人類はこんな非効率的だが、原理は簡単な装置があちこちにあって、男女はその音楽にのって、踊ったりするんだ」


「その音楽が騒音みたいな代物なんだ」


「しっとりしたいいのもあるじゃないか」


「まあ、それは認めるが、場所を食い過ぎた」


「ロマンってもんが分かってない。はあ」


 ヴィクトリアが秘密の通信をよこしてきた――『なんだか提督みたいですね』


 ふん、と返す。


 ちりんちりんとベルがなると、リアムが上背のある体を立ち上がらせ、さっとと腰にエプロンを結びつけた。


「僕がお店を見てこよう。キヅキは旧交を温めてくれ」


「わかった。手が足りなくなったら呼んでくれ」


 半ば通り過ぎかかった戸口から腕を伸ばし、親指を立てる。


 プラスチックの額に入ったふたりの写真がそのそばにかかっている。何かのマリンスポーツを楽しんだ後のものらしい。


「妙なものだろ? これでもお互い99%の損傷であとデコピン一発食らえば再起不能になるところまでいった。わたしはこの通り、右目がダメになったので眼帯で隠している。それに左腕も丸ごと機械化した。だが、こっちは相手の上半身を肋骨と内臓を除いて、全部吹っ飛ばして、一生戦闘用インナーを脱げない体にしてやったぞ。はっはっは」


「……生きているとは思わなかった」


「生きていては迷惑だったか?」


「……」


「冗談だ。そう深刻な顔をするな」


「あのお」


 と、ホログラム・モードのヴィクトリアがしわしわと手を挙げる。


「なにかな?」


「キヅキさんとユウキさんってどんな関係だったんですか?」


 ああ、それか、と言って、ユウキが何かを遮ろうとするのも構わず、


「弟だ」


「おおー。弟ですか。弟ですねー。ふむ」


「違う。ただ、ロットが同じだっただけ――」


「ほう。それは寂しいな。ユウキ。小さなころは、おねえちゃん、おねえちゃんとついてまわって」


「そ、そんなこと一度も言ったことはない!」


 ふふ、とキヅキは笑って、


「そうだな。イタズラが過ぎた。そもそも、わたしたちはそこまで情緒が豊かな存在じゃなかった。わたしはユウキにディネガの殺し方を教える先生だった。だが、あのころ、わたしはただテラリアのお偉方のためにお前にディネガの殺し方を教えようとしていた。だが、そのうち、お前に長く生き延びてもらいたい、そう思って、戦闘技術を教えるようになった。それで戦闘に頻繁に出されるようになるのだから、本末転倒だが、そのくらいのことも考えつかない存在だったのだ。わたしは」


「……」


「こうして、また会えてうれしいぞ」


「――た」


「ん?」


「死んだと思っていた」


「ユウキさん……」


「みんな死んで、兄弟は、シンだけになった。おれは、あんたが粛清されたときいて、当然の罰だと思ったんだ。テラリアは至上の存在だ。それを裏切ったやつは死んで当然だ。たとえ、あんたでも。いや、あんただからこそ、粛清されるべきだと思っていた。あんたが行ったサボタージュやテロを本当の出来事だと思っていた。スクリーンに映し出されるあんたに対して、憎悪を増幅されるコードが打たれて、おれはあんたが憎くて、この手で殺したくて――司令も、きっと同じだと思っていた。同じ憎悪を分かち合っていると。でも、司令は――シンは泣いていた。ボロボロ涙をこぼしていた。おれはそれがどうしてか分からなかった。コードの効果が切れても分からなかった。おれはそんなことも分からない存在だった」


「いまは違う」


「違わない。おれは――」


 言葉を続けられなかった。キヅキがその手でユウキの顔を挟んだからだ。


「お前は変わった。わたしの手のひらを熱くする涙こそがその証明だ」


     ――†――†――†――


「テラリアを追放されて、どのくらいだ?」


「三日」


「たったの三日? だが、お前は、何というか、もっと前から、自分や感情を得始めたように思える」


「その秘密は提督なんですよ」


「おい、AI!」


「提督?」


「不思議なおじいさんで、その人に会って以来、ユウキさんはどんどん変わっていってるみたいなんです」


「別に変わってなんかない。誰があんなやつ――」


「そうか。会ってみたいな」


「ハァ!?」


「ユウキの姉の代わりみたいなものとして、挨拶したい」


「しなくてもいい!」


「そんなふうに焦ることも提督との接触で得たものなら、ますます会いたい」


「ユウキさん、動けば動くほどハマってますよ」


「くっ!」


 そのとき、店のほうでリアムがキヅキを呼んだので、危機は去った。


 ベーカリー・ツンツクツンは店の半分がテーブルを並べたカフェになっていて、客はディネガひとりだったが、口が七つあるので、繁忙期のように忙しかったのだ。


 ふぅ。やれやれ。


 そんなふうに心でため息をつくユウキを急転直下、地獄へ叩き落すマイペースの声。


「おお、見よ、フレデリク。なかなか穴場のパン屋だ。テラリアの人間はあの簡素なベイクド・バーをパンだと思っている。不幸なことだ。さて、さて。失礼。誰かいるかな? ソルトビーフベーグルと紅茶を一杯所望する」

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[一言] ユウキさんそんなフラグを立てるから…
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