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再会

 提督はテュルから客人ということで、与えられた部屋を情け容赦なくマホガニーにしていったが、もはやユウキは何も言わなかった。


 そもそもあてがわれた部屋は頭の一周が二メートル以上、腕が三十本で足が一本だけのディネガが暮らすことを前提にしていたので、どう見ても、人間が住むのには無理があったのだ。


「どこに行くのかね?」


 マホガニーのガラス窓付きの扉を開けて出ていこうとするユウキに提督がたずねる。


「食事だ」


「その背中の装置やら物騒なリヴォルヴァーやらをつけたまま?」


 ユウキは多目的戦闘支援ユニットと主力武装のハンドガンとレーザーブレードを装備したまま、食事に出ようとしていたのだ。


「悪いか?」


「あまり上品とは言えない気がするがね」


「あんただって、いつも軍服だし、短剣を下げている」


「それは大英帝国海軍中将の制服サーヴィス・ドレスは最上の品格を有するからだ。ロシア皇帝ツァードイツ皇帝カイザーがブリテンを訪れたとき、どのような軍装を選択するか、分かるかね? 軽騎兵ハサー? 違う。槍騎兵ウーラン? 違う。スコットランド高地連隊ハイランダーズ? ご冗談を! 大英帝国海軍提督の制服サーヴィス・ドレスだ。ブリテンにて提督の外套に袖を通すことは世界の君主たちの憧れなのだ」


「だから、おれはおれの制服サーヴィス・ドレスで出かけるんだ」


「確かに最上は制服サーヴィス・ドレスだが、そんなわたしでも、ときどきは私服ディットーズを着る大胆さがある。選択をしているのだ。きみは選択をしないな。いつも、武器を満載している」


「それが悪いか?」


「まあ、いい。あまり強くは言わないでおこう。若者はいつだって、ファッションに関する助言を年長者からききたがらないわけだし。しかし、食事ならフレデリクが用意してくれるぞ」


「ここの食事に馴れるつもりだ」


「やっと四角形を麦わらストローで吸うのを卒業したわけか。それは素晴らしい。楽園を追放されたが、知恵はアダムとイヴのものなのだ」


「あんたも一緒に来るか?」


 ユウキは提督が絶対にイエスと言わないことを知っていて、この質問をしていた。


「ウミウシをのせたポリッジは食べないとウェストミンスター寺院でカンタベリー大主教を相手に誓ったので、わたしは同行しないことにしよう」


 提督は割と分かりやすい人物なのだ。


「あ、わたしは行きます」ヴィクトリアのディスプレイが笑顔マークになっている。「旅先の屋台街をうろつくの夢だったんですよね」


「おれたちは旅行したんじゃなくて、追放されたんだぞ。分かってるのか?」


「旅行と大差ないですよ。ただ、二度と帰れないってだけです」


 出かけようとすると、


「あ、カレイジャス。ちょっと待ちたまえ」


「なんだ?」


「手をこう、手のひらを上に向けたまえ」


「なぜだ?」


「いいから」


 差し出された手にシリング銀貨とペニー銅貨を数枚落とした。


「なんだ、これは?」


「これはお金だよ、カレイジャス。誰かに何かをしてもらったり、あるいは何かをもらったりしたら、相手にこれをあげる。少なすぎてもいけないが、あんまりたくさんあげてもいけない。まあ、その塩梅は自分で知ることだ」


「こんなもの、テラリアにはなかった」


「その通り。お金がない世界は理想郷かと思っていたが、そうではなかったんだな。まあ、いい。何か面白そうなものがあったら、教えてくれたまえ」


     ――†――†――†――


 ずんぐりとした紫色の円錐ディネガは手も足も生えていないが、円錐の頂点から細いホースのような腕が伸びていて、その先に目玉がひとつ、睫毛の長いまぶたのあいだで瞳を絞ったり、開いたりしている。

 彼女の仕事は焦げた油のにおいのする屋台で輪切りにした発酵卵に蟹ビールをつけて出すことだ。


 見てみると、彼女は念力が使えて、包丁がふわふわ浮いて卵を切り、蟹ビールの壜の栓を抜いて、テーブルまで運ぶのだ。

 時間がないのか、せっかちなのか分からないディネガが大口を開けて、十二本生えている右手の指を八本立てる。

 すると、発酵卵が八つに蟹ビールが六杯念力によって放り込まれた。


「へーっ、すごいですね。ユウキさん、あれ、見てくださいよ、あれあれ」


「あちこちいろいろ珍しがるな」


「でも、珍しいじゃないですか。いやあ、この街を見てると、いかにテラリアが整理整頓されまくってたか分かりますねえ」


 ふたりの歩いているのは派手な色の門から伸びるアーケード街だった。


 箱ランタン専門の暗いブリキ屋では光るイルカの群れが壁を泳ぎ、古雑誌が積み上がった店の奥では毛むくじゃらの実が竿秤の皿に載って、ぐらぐら上下している。〈目が七つ以上ある方は七パーセント値引き〉の看板を七十パーセント値引きに変えろとすごむ六個の目を持つ客に対して鏡見てこいと返す店員。海ブドウ・ワインの試飲会に違いの分かるディネガが集まっている。違いの分かる自称ソムリエ・ディネガは「これはナントカカントカーヌの××年もの」とか「カクカクシカジカージュの△△年もの」と好き勝手言っているが、実際は全部同じ安物の三流ワイン。蟹ビールの宣伝看板では水着姿の狼耳美少女ディネガがジョッキを持ってウインクして、午前中の飲酒を誘ってくる。電気製品店の全てのテレビではこれが動いて、仕事中の飲酒を誘ってくる。電気屋のまわりでは蟹ビールの売上が伸びたが、それはキャンペーン・ガールの手柄というよりはこの街の蒸し暑さが原因だろう。


 肉体直結型ドリルが精密治療をお約束!と謳っている歯科医院は提督のエナメル材質追放運動に抵触しそうな建物だった。なかからドリルがギュルギュル歯を削っているのだが、歯医者と患者ディネガは普通に世間話をしている。


「でな、先生。おれ、言ってやったんすよ。弁護士雇うのはそっちの勝手だけど、先に頭突きをしてきたのはそっちだから十対ゼロでそっちの過失だって」

「で、そういったら、どうなったの?」

「じゃあ、裁判官を雇う!って言ってたんすよ」

「あははははは」

「笑いごとじゃないっすよ。おれ、これから週に一回、そのバカの面を拝むために裁判所に行かなきゃいけないんすよ」


 派手な柄のシャツ(どうやら腕が七本生えている客を狙っているらしい)が通りの左右にずらりと並んで、それが十メートルくらい続くと、今度は椰子の鉢植えを売る店があって、改造パーツ屋では肉屋のように腕や足、ロケット推進装置内蔵の翼がぶらぶらしている。


「おい、そこのディネガ! 無視すんな! そこの浮遊AIを連れた人間型ディネガ!」


 人間型ディネガというテラリアでは絶対に呼ばれない名前に気づき、ユウキが足を止める。


「兄ちゃん、すげえ武装だな。全部でいくらかかった?」


「分からない」


「分からない!?」パーツ屋が甲高い声をあげた。「お前、まさかテラリアの生まれじゃねえだろうな?」


「おれはまさかテラリアの生まれだ」


「なあるほど。テラリア人ってカネのことを知らないって言っていたが」


 提督の予測通り、ディネガランドにはお金が流通していた。

 まるく打ち延ばした円や三角形、魚の形、カモメの形の貨幣。だが、数字はない。貨幣経済は額面ではなく受け取る側の気に入り具合でまわっているのだ。

 紙幣も流通していた。ただ、紙幣の価値は一般的なゼロの数ではなく、紙幣の絵で価値が決まった。きれいな絵、面白くて風刺のきいている絵、うまくもないし面白くもないはずなのになぜか心を強く惹かれる絵(おそらく三十年後には価値が十万倍に跳ね上がるだろう)。


「あのぉ」


 ヴィクトリアがパーツ屋にたずねる。


「ひとつ、ききたいんですけど。ひょっとすると、テラリアの人、他にもいるんですか?」


「ふたりいる。夫婦だよ。女房のほうがすっげえ胸しててさ。ほら、おれは顔はイノシシ、足は牛、翼と腕が二本ずつ生えているわけだが、胴体は人間型なんだよ。だから、あのでかい胸にムラムラこれるわけ。これが馬の胴体だったら、ピクリとも来ないんだぜ。生きるってのはクソ面白いよな。あ?」


「あんたは体を機械化しないのか?」


「魚屋が売り物の魚を食ったら商売にならん。マップと一緒にその夫婦のいる場所をアップしようか? 会ってみたいだろ?」


     ――†――†――†――


 そのテラリア人夫婦は門の向こうに住んでいた。


 旗や幟、赤い柱、細かい装飾の青い屋根の下をくぐると、脇道が下り階段になっていて、そこにまた黄色い電球をつけた店が並んでいた。


 ただでさえ狭い道を赤い出窓がさらに狭めてきて、コレステロールまみれの血管を通る赤血球の気持ちが分かる道で、そこを上った先に化学染料で緑色に塗った両開きのドアがある。ドアの上の看板には――


〈ベーカリー・ツンツクツン〉


 と、ポップな文体。


 テラリアの特務中隊の隊員がパン屋?


 さっぱり分からない。


「はやく入ってみましょうよ。ユウキさん」


「じゃあ、お前が先に入って偵察しろ」


「あ、あいたたたた。行きたいのはやまやまですが、むかし、膝に高パルス弾を受けたときの古傷が~」


 膝なんかないだろ、とつっこむのが面倒なので、パン屋のドアを開いた。


 すぐに戦闘モードに移行する。


〈掃除屋〉。

 それも上級駆逐員ハイ・エグゼキューショナー


 パルス弾か白兵戦か。それともユニットでの空中戦か。


 あらゆる攻撃パターンを瞬時に演算し、ハンドガンを選ぶが、〈掃除屋〉は慌てて両手を上げる。


「待った。もう、僕は〈掃除屋〉じゃないんだ」


「その目も、コードも、何より装備がそうだろうが」


「違うんだよ。説明すると、長いけど」


「その証拠は?」


「分かった。見せる。納得がいくまで武装は解かなくてもいい。でも、早とちりして撃たないでくれよな」


 と、緊張のあるやり取りが殺気となり、敵性反応ととられたのであろう。

 厨房らしき奥の部屋から白銀の髪の女性が焼きたてのいいにおいがするクロワッサンがのった鉄トレーを手にしたまま飛び出してきた。


「リアム! どうした? 強盗か! ――お前、ユウキか?」


「キヅキ。……生きていたのか?」


 何やら因縁だか良縁だかがあるらしいが、ふたりとも驚いているばかりで質問をしてくれる様子はないので、リアムとヴィクトリアには分からない。

 とりあえず、リアムはそっとキヅキの手からクロワッサンがのったトレーをとり、売り場に並べ、ヴィクトリアは〈ベーカリー・ツンツクツン〉のAI向けメニューのダウンロードを始めた。

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