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赤く錆びた国

 座標9400445にあるもの。それは海に浮かぶ、赤く錆びたガラクタ都市だった。


 パイプとトタン板とプロペラと線路とスクリューと看板とブリキ作業所とアームと煙突と大砲と凹凸ガラスと檻とテラスと起重機と鎖と小型ボートと甲板と戦車とガス灯とケーブル・カーとロープと屋台と複葉飛行機が、赤銅色の積乱雲のように積み上がっていた。


 海面すれすれにはボートでやってきた客を相手にするための屋台が開いていて、ヤキソバやハッカ・エキス入り炭酸水を売っていて、盛んに呼び声が飛んでくる。


「ヌードル一杯、五十ディン!」

「ブイヤベースだよお! タラがたっぷりだ!」

「揚げた豆! 口のなかでサクサクだよ!」

「クロアナゴの串焼き! うちのタレは特製だ!」

「スイカはいらんか! 喉の渇いたやつはおらんか!」


 あるお店と客がトラブっている。


「おい、つりが足りねえぞ!」

「はあ? テメエ、眼ついてるのかよ! ついてねえじゃねえか!」

「眼なんざなくても、においと指の感覚で分かるんだよ、タコ!」

「タ、タコぉ!? てめえ、人が気にしてることいいやがって! つりはいらねえ! 出てってくんな!」

「それはおれの台詞だ! つりよこせ!」


 客は目がついてなく、手のひらがないが指が八本生えている手をもっていて、店主はタコをかぶった頭に指がタコの腕みたいになっていた。


 ここにいるのはみなディネガだった。


 一心不乱に貝の殻を砕く体の半分が鉄板に覆われたディネガ。

 錆びた水上バイクにまたがったひとつ目で尖った頭をしているディネガ。

 頬がスイカくらいの大きさでふくらんだりしぼんだりするディネガ。

 笑っていいのか分からないヤキトリ・ジョークを連発する羽毛に包まれた鳥ディネガ。


 だが、これまでの〈ディネガ〉と違って、人間を敵視する様子はない。


 提督たちは潜水艦で不必要に大きな波をつくって、屋台商売を邪魔しないよう注意しながら、航行していると、珍しそうな目を向けるが、それは人間ではなく潜水艦に対して向けられていた


「なぜ、やつらはおれたちを敵視しないんだ?」


「それは、カレイジャス。我々もディネガだからだ。目がふたつ、鼻がひとつ、口がひとつ、手の指は五本で体のほとんどが毛に包まれていなくて、足が二本しか生えていないディネガだからだ。ところで、港はないのかな?」


 そのうち、青い水上バイクにまたがったディネガがやってきた。


「そこの潜水艦、止まりなさい」


 どうやら警官らしく四人がやってきた理由をたずねにきたようだ。


「イエズス会士にここの座標を教えてもらった」


「イエズスかいし? なんだ、それは?」


「イエズス会士はイエズス会士だ。ところで、きみはまさか、この潜水艦を臨検するつもりじゃあないだろうね? そこの英国国旗ユニオン・ジャックが見えないのかね?」


「あんたは下がっていてくれ。――おれたちはここに行くよう、ある指導者型ディネガから言われた」


「指導者型ディネガ? 変な呼び方だな。名前は?」


「ユウキ」


「そのディネガの名前だ」


 ぷっ、と笑ったヴィクトリアをノールック・デコピンで制裁しつつ、ユウキは、名前は知らない、といい、外見の特徴を教えた。


「それはテュマセロフだ。彼もこの艇に乗っているのか?」


「いや。死んだ」


 警官の顔が驚きつつも覚悟はしていたらしいものにかわり、無線でどこかと連絡を取った。

 ほとんどノイズみたいな返答があったのち、彼らをドックに案内することになった。


 戦艦が十隻くらい入れるドックにも屋台が詰まっていた。

 屋台は壁にべったりくっついて、そのまま天井へ這い上がっていく。

 見上げると、空を飛ぶディネガたちが宙吊りの屋台でサカナ麦の粥を掻き込んでいた。


「おばちゃん、お粥っ。トッピングは――赤ウミウシと紫ウミウシ!」

「あいよ!」


 料理屋の店主たちは様々な口の形状にあわせた皿に独特のルールで料理を盛っている。細長い筒に海藻炒めと焼き肉のかけらを詰め、円錐型に出っ張った皿にはぴたりとピザをのせる。最初の皿はイエズス会士よりも細いくちばしを持つディネガのためで、円錐は吸いつくような口をもつディネガのためだ。


「こちらです」


 警官に促され、黄色と黒の塗料が剥げたエレベーターに乗る。金網の扉が閉じられると、エレベーターはガタガタブルブル震えて、鉄がこすれる音を甲高く鳴らしながら、上がっていく。


 まわりを囲むのは金網なので、上る途中でいろいろな街を見ることができた。

 象形文字を描いた巨大な幟が翻る街。空母甲板の上のマーケット。小箱をはめ込んだ崖のような街。華やかな門へと続く街。魚みたいなディネガが棲む街。重力が逆になって建物が上から下へ伸びている街。


 エレベーターは横に動いたり、斜めに動いたり、螺旋状に動いたりして、この都市の最上階である場所にやってきたのだが、そこは戦艦のブリッジのような場所だった。

 大きなマホガニー色の舵輪があり、そのまわりには計器があったが、それらはユウキから見たら骨董品、提督から見たら最新の代物だった。これらがこのガラクタ都市の運航を担っている。様々な姿かたちをしたディネガの航海士たちがいつ機嫌を損ねるか分からない操縦装置を脅して、なだめて、何とか動かしている。


 警官は航海士のひとりにたずねた。


「提督はどこだ?」


 航海士はぐるぐるとまわり続けるダイヤルの値から目をそらさず、長すぎる左腕の長すぎる人差し指で左を指差した。


 その先には衝立で区切られたブリッジの半分がある、そこは観葉植物だらけでジャングルみたいになった、見晴らしのよいレストランとなっていた。


「今日のおすすめは?」


「無重力ケーキだ」


 そこで食事をするディネガのほとんどは恋人同士のようだった。


 そんななか、ひとりで無重力ケーキ食べている少女を見つけた。

 なるほど、無重力ケーキは小型重力フィールドをはめ込んだ皿の上で完全な球体として浮いていた。その浮いたケーキをフォークで刺して食べている。


「提督、客を連れてきました。テュマセロフを看取ったと」


 提督、と呼ばれた少女はフォークを置いて、名乗る。


「ディネガランド提督テュル・ナ=ジン」


「大英帝国海軍中将アンドリュー・ホクスティム三世です。レディ」


 両提督はそれぞれの世界のそれぞれの海軍式に敬礼した。


「美少女AIヴィクトリアです」


「提督閣下の執事フレデリクでございます」


「……」


「……」


「そちらのテラリア精鋭装備の少年は?」


「こちらはカレイジャスです。閣下。この通り、少々無礼ですが、それも――」


「ユウキだ」


 少女は、うんうん、とうなずいた。


「なるほど、ユウキ。ボクはテュルだ。よろしく頼むよ。ところで、テュマセロフの最期を看取ったと言っていたけど、詳しくきかせてくれるかい?」


 テュマセロフが最期に夕映えを見ながら死んだこと、ディネガに関する真実を教えたこと、さらに何か重要なことを教えようとしたが、それは叶わなかったこと。ディネガを救ってといい、同時に滅ばなければいけないとも言っていたこと。

 そして、彼を水葬した座標を教えた。


「そうか。あいつ――」


「レディ。ひとつ、うかがってもよろしいですか?」


「どうぞ」


「テュマセロフとこの都市の関係です」


「テュマセロフはこの都市の創設者のひとりだよ。ディネガで唯一の二千歳で、ディネガ化が起きたことを生で見た唯一のディネガ。テュマセロフは確かにディネガ・エネルギーを研究していた。何かがある。何かの前触れとして、このエネルギーがこの星に照射されたと仮定していた。それを調べるために旅に出ていた。……たぶんだけど、ボクらがディネガであることに負い目を感じていたんだと思う。二千年前の罪。それがいつも彼を苦しませていた。でも、ボクらはこの通り、それなりに幸せに暮らせてる。そりゃ、何もかも思い通りとはいかないけど、それぞれがそれぞれの幸せを追いかけることができるし、自分の幸せが他人の不幸せになると分かったら、分別を働かせられることも、まあ、できる。ボクらにとっては長老みたいなヒトだったし、この都市にいてほしかったけど……そう。死んじゃったか」


 と、言いながら、いきなり自分の右手で左手を三回ぶっ叩いた。


 テュルももちろんディネガだが、その姿は人間に似ている。

 ただ、瞳がトカゲみたいに縦に裂けていて、頸筋から顎や耳あたりまでトカゲの鱗に覆われたが、問題はその手でときどき手が手袋のなかでミシミシベキベキと音を立てながら大きくなろうとする。しかも二の腕の、ほとんど腕の付け根まで覆う伸縮耐久手袋の輪郭を見る限り、手のみならず、腕までもかなり尖った形態を目指している。


 そのたびにテュルは無事なほうの手で変形しかけている手をぶっ叩くのだ。


「もし、両手が一度に変化したらどうするんだ?」


「ほう。カレイジャス。いい質問だ。わたしも気になっていた」


「それなら簡単さ」


 ちょうどいま、両手がミシミシと音を鳴らしてレストラン全体が揺れるほどの振動を発し始めた。

 すると、テュルはテーブルに両手を重ねて、そのままおじぎするみたいな急降下の頭突きを一発食らわせた。


「こんな感じかな。ボクの頭突き、どうだった?」


「大変鮮やかなフォームでした。レディ。わたしの大叔父のヘンリーを思い出しました。1889年6月10日に百本の蝋燭を吹き消そうとして天に召されましたが、そのときヘンリー叔父はちょうどあなたの頭突きと同じフォームで、自身の百歳のバースデーケーキに頭を突っ込んだのですよ」

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