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戦争のルール

 エナジー・バレットがコマンダー型〈ディネガ〉の頭部を捉え、肩から上の構造――眼球、クチバシ、鱗が消滅する。


 ユウキはガンナー型へ身を返して、火砲化した右腕を切り飛ばそうとしたとき、


「ユウキさん! 後ろ!」


 コマンダー型の切断面から内部を食い破った小型〈ディネガ〉が這い出して、その節足を曲げて羽を広げ、ユウキの首筋へ跳ねようとする。


(寄生型か!)


 昆虫に似た〈ディネガ〉の牙がユウキの首を噛み切る音のかわりにきこえたのは、


「ギァッ!」


 青く光る刀身に串刺しにされた寄生型の断末魔だった。


 フレデリクがレイピアを振って、瀕死の寄生型を地面にたたきつけて、トドメにする。


 残ったガンナー型は、


 グシャ! ジャラジャラジャラ!


 大きな鉄の錨に潰され、さらに長さ二百メートルの鎖が現在進行形で醜い死骸の上に流れ落ち、骨と肉を念入りに砕いていた。


「素晴らしい」


 提督がうなずく。


「協商勢力の勝利だ。さあ、前進」


 新たなミッションが下され、地表へと送られたのはほんの二時間前。


 指導者らしき〈ディネガ〉の捕獲。


 提督が艦砲射撃で吹き飛ばした〈ディネガ〉のなかにあの指導者らしき〈ディネガ〉はいなかった。

 あれだけの〈ディネガ〉を統べ、共闘状態を構築するだけの〈ディネガ〉が持つ危険性を考慮して、この指導者を捕獲して分析することが第一の任務となったのだ。


 一週間前であれば、単独ミッションに過ぎないが、今では自分も合わせて合計四体。

 AI、戦闘用オートマタ、提督。


 これがいいことなのかどうかは分からないが、ヴィクトリアが注意を呼びかけ、フレデリクが排除しなければ、厄介なことになったのは事実だ。


 戦場は妙に広い。

 データではベースボール・スタジアムとある。


 ベースボール――失われた古代のスポーツ。

 提督に知っているかとたずねたら、アメリカ人なら知っているのではないかな?となぜかアメリカという言葉を皮肉たっぷりにアメーリカと伸ばした。


 誰の用にもならず、バッターが立つことはないバッターボックス。最後にとうもろこしを弾けさせたのはいつのことだか思い出せない、ボイラーそっくりのポップコーン製造機。まともな形で残っていない観客用ベンチ。そして、コネがなければ座ることが叶わないネット裏。

 テラリアに住む以外の人類が消えてなくなったことで、もちろんそのコネもなくなった。コネというものは社会構造の一角であり、社会が消滅すればコネも消滅するのだ。

 ――もちろん、〈ディネガ〉相手にコネを形成できるなら話は別だが。


「〈ディネガ〉に話が通じるわけがない」


「試したことはあるのかね?」


「ない」


「意外と話が通じるかもしれん」


 ヴィクトリアもこのときはユウキ側についた。


「不本意ながら、わたしもユウキさんに賛成です。〈ディネガ〉の人間に対する憎悪は根深いですよ」


「なぜ、〈ディネガ〉はそこまで人間を憎むのでしょうな?」


「それは――ユウキさん、何ででしょう?」


「知るか」


「フレデリク。きみは知っているかね?」


「わたくしにも分かりかねます。旦那さま」


 球場から大通りに出ると、自動車の残骸が交通事故の見本市のようにひっくり返ったり、ふたつに裂けたりして、苔まみれ錆びまみれのまま朽ち果てていた。

 道幅のある通りは左右を地平線で結んでいた。その上を白い雪山のような巨大な雲が通り過ぎ、投げかけた影は豪雨でくすんでいる。雨音はここまできこえてきた。水のにおいを嗅いだ雑草たちが生き生きし始めた。


 横に走る通りも同様で地平線が見える。その先には砂漠、高層ビルの墓場、出版社、密林がある。


「カレイジャス。暑いな。こんなとき、フォートナム・アンド・メイソンのピクニック・バスケットがあったら、素晴らしいと思わないかね?」


「……いつになったら、カレイジャスという呼び方をやめるんだ?」


「カレイジャスはカレイジャスだよ、カレイジャス」


 ヴィクトリアが、ふわふわ飛びまわって、


「ひょっとして、ユウキさん。ユウキって名前、気にいっています?」


「……別に」


「シン司令がつけてくれたんですよね。その名前」


「……」


「リトル・レディ。シン司令とはどなたです?」


「ユウキさんのお兄さんです。イケメンで知的で物腰柔らかく誰にでも優しい、AI百体にきいたアンケート『戦闘支援したい男性ランキング』堂々の一位を取り続けて、そろそろ殿堂入りが決まりそうな方です。ねえ、ユウキさん」


「ロットが一緒だった。それだけだ」


「同じロットでもこれだけ性格が違うんですねー」


「ふむ。わたしも司令に会ってみたくなりましたな」


「会わなくていい」


「『大事な兄さんはおれが独り占めする』」


「『お前らには絶対会わせない』」


「……それはおれの声マネのつもりか?」


「なかなかだろう?」


「馬鹿馬鹿しい」


「点数をつけてくれないかね。カレイジャス」


「二点」


「二点満点ですか?」


「リトル・レディ。あなたのいつだって前向きな姿勢には感嘆せざるを得ませんな。フレデリク、きみもやってみてくれ」


「わたくしは既に行っております。旦那さま」


「ん?」


「おれは『二点』などと言ってない。それより任務に専念しろ」


「分かっているとも、カレイジャス。分かっているとも。さて、敵はどこかな?」


 三時間ほど歩き、日が西の空に傾いたが、空はまだ青かった。

 ただ、白く灼けついていたコンクリート片の色が少しレモン色に近くなっていたので、夕暮れは確実に近づきつつあった。


 一行は途中、廃屋の陰で食事をした。


 何かの話でユウキは呆れて、「おれたちはピクニックに来ているわけではない」と言ったのだが、すぐに自分の軽率な言葉を後悔した。


 なぜなら提督にはこの破壊任務をピクニックに変えてしまう力があったからだ。


 すぐにフォートナム・アンド・メイソンのピクニック・バスケットが虚空よりあらわれた。籐でつくったバスケットのなかにはサンドイッチや壜詰めアップルジュース、紅茶、マスカットや洋梨があった。


 もちろんヴィクトリアとフレデリクにも同じメニューがデータ化してあった。誰もピクニックから逃れることはできなかった。


「また、そんな、ぶすっとした顔をして。サンドイッチ、おいしかっただろう?」


「……」


「もちろん軍人たるもの粗食に慣れるべきだが、それと同時に可能であれば出来得る限りの良質な食事をとったほうがいい。軍人の食事はいつだって最後の晩餐になる可能性がある」


「自分が戦死することを考えて行動しているようには見えない」


「そんなことはないぞ、カレイジャス。いつも出撃するときは、これが最後の航海になるかもしれないと思っている」


 提督は微笑んだ。


「今回だって、わたしの最後の戦いになるかもしれない。だとしたら、ますますピクニック・バスケットが必要だ。最後の晩餐が塩水につけた堅いビスケットでは、フランス人たちに笑われる。と、まあ、それは置いておいて、みな腹ごしらえが済んだ。進軍再開。さて、敵はどこかな?」


「……一応言っておく。ターゲットは可能な限り、生かして捕らえる」


「イエズス会士が大人しくついてきてくれるようには思えない」


「脳さえ確保できれば後の体はどうでもいい」


「捕虜に対する残虐な行為は感心しないなあ」


「遊びに来ているわけではない」


「戦争はゲームと同じだよ、カレイジャス。ルールがある。女性と子どもが乗った船を沈めてはならない。病院船を沈めてはならない。紳士らしからぬ一切の行動は慎まなければならない。たとえそれが戦争のためであってもだ」


「そんな戦争が本当にあると思っているのか?」


 提督は首をふった。


「残念ながら存在しない。わたしが最後に経験した戦争は特にひどかった」

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