執事あらわる
ユウキが自分の部屋に帰ると、予想通り、大きなな増改築があった。
冬のあいだ、レモン鉢を置くための鋳鉄細工のガラス温室やふたつ目の図書室、スコッチが樽ごと入っている地下食料庫がつくられていたが、最も驚かされたのは前々から欲しい欲しいと言っていた執事の存在だ。
「今日からわたしたちの身の回りのことをしてくれるフレデリクだ」
「フレデリクでございます。以後、お見知りおきを」
端整な顔立ちに片眼鏡をつけ、執事は主人よりも少し古い服を着る鉄則にのっとって燕尾服……に似た戦闘外殻を装着。
「……どこで拾った?」
「紳士は道に落ちているものを拾って使ったりしないものだよ、カレイジャス。契約したのだ。まあ、詳細を述べると、裸の子どもたちがガラスの入れ物に入った破廉恥な地区を通り越して、一番下まで降りてみた。そこに何があるか知っているかね?」
「そこはクラスA2しか入れない場所だ」
「細かいことはまあ、いいんだ。とにかく、そこは廃棄場だった。故障したり使い潰された様々な機械や自動人形が上につくられたドアから乱暴が落ちてきて、大きな山をつくっていた。ざっと見まわしたところ、人間は捨てられていないようだが、それも時間の問題かもしれんね。ははは。いや、冗談だ。それで、山が溜まると床が抜けて、全てを下界に捨てるらしい。そんなとき、フレデリクを見つけたのだ。頭と右腕と胴体しか残っていなかったが、フレデリクはまだ生きていた。ここで何もしないのは夢見の悪い話だから、連れて帰り、わたしの紳士お傍付き紳士となる契約を結んだ。推薦状はないが、しょうがない」
フレデリクは軽くお辞儀した。
「何か召し上がられますか?」
提督はクラッカーにキャビアとサワークリームを塗ったものをせっせと食べてはフレデリクが壜から注いだ鉱泉水を口にしていて、ヴィクトリアは配給センター製の食事用データを56%摂取完了していた。
「おれの戦闘糧食は?」
「もちろん、構わないとも。フレデリク。用意してくれ」
フレデリクは胸に手をやって、軽く頭を下げた。
「かしこまりました。旦那さま」
三十分後。
「……これはなんだ?」
「フレデリク」
「はい、旦那さま。こちらはヒラメのサン・セバスチャン風グリル、生ハムのチーズソースサラダ、イングランド・クラムチャウダー、そして、ミネラルウォーターでございます」
「……」
「もちろん、食後のコーヒーとチョコレート・ケーキもございます」
「素晴らしい。フレデリク。きみの調理の腕はまさにマエストロだ」
「ありがとうございます。旦那さま。日々、精進いたします。さ、お坊ちゃんもどうぞお召し上がりに――」
ぷっ、とヴィクトリアが笑った。
「……お坊ちゃんはやめろ」
「?」
「ユウキだ」
「では、ユウキさま。冷める前にお召し上がりください」
「おれはこういう食事は――」
「食べたまえ。若いのだから。嫌というなら、きみの呼び名がお坊ちゃまになる」
シン――いや、司令は何を見て、提督が自分によい影響を与えているというのだろう?
食卓に並んだいくつかのフォークから適当に一本選び(提督は今それを使うべきではないと言っていたが)、ヒラメのサン・セバスチャン風グリルの、熱いオリーブオイルをかけた熱い白身をフォークで突き刺して口にした。
「ポルトガル艦隊と合同演習したときに教えてもらった料理だ。どうだね?」
「……悪くない」
「つまり、おいしいということだ」
「悪くないと言っただけだ」
「では、まずいのかね?」
「……まずいとは言っていない」
「フレデリクさん、悪く取らないでくださいね。この人、素直じゃないんです」
「うるさいぞ、AI」
フレデリクは、ふふ、と微笑んだ。
「存じ上げております。ユウキさま」