提督あらわる
異質なふたりだった。
たったいま屠られた〈ディネガ〉の骸を挟んで、相対するのは赤い戦闘用スーツに身を包んだ少年と海軍提督。
訂正すると、異質なのは海軍提督だけだ。
放棄された街がどこまでも続く荒野。
極めて高度な文明を想起させる少年の装備。
そして、雲間から覗く白亜の巨大空中都市。
ここは少年の住む世界だ。
それに対して、海軍提督のほうは老人で手入れされた白い口ひげと顎ひげをたくわえ、顔には皺が刻まれているが、苦労や懊悩とは無縁そうな、愛想ではちきれんばかりの表情。
黒いフロックコート、庇のある白い帽子、シルクのネクタイ、ベルトから下げたのは戦うためではなく飾るための銀の短剣。
それに胸を飾る丸や十字のリボン付きの金属たち。
「これは勲章というのだよ。若者よ」
提督の声は思ったより高く軽い。
「もしかして、初めて見るのかね? なに、焦ることはない。きみはまだ若い。その髪は白髪ではなく、銀の髪なのだろう? ならば、これから何度だって武勲を上げる機会に恵まれるというわけだ」
少年のほうはどう言えばいいのか判じかねているようだ。
撃ってもいいのか、真剣に考えてもいる。
と、いうより、戦闘中、この老人の視線を頻繁に感じていた。
新しいパーツの動作テスト以外で彼の戦闘を熱心に見るものはいない。
ただ、科学者やエンジニアたちはホログラフボードを片手にスペックと実際の戦いを比較していたが、この老人は、籐を材料にした椅子に座り、何を記録するわけでもなく、ただ見ていた。
いや、ただ見ていた、ではない。
老人は戦闘を眺めながら、どこから取り出したのか一杯の紅茶に角砂糖を四つ入れて飲み、小さな手帳を内ポケットから取り出し、小さな鉛筆で何かを書きつけ、ちょっとあくびをして、帽子を取って、砂埃を払った。
この老人は自分が〈ディネガ〉に襲われる可能性を少しでも考えているのだろうか?
ただ、最後の一体をレーザーブレードで斬ったとき、静脈血そっくりの暗い色をしたオイルがこの老人と椅子に降りかかった。
頭から胸のむかつくドロッとした液体を浴びたわけだが、老人は慌てることなく立ち上がると、近くのガレージ廃墟へ歩いていき、出てきた老人はヒゲにも帽子にもフロックコートにも、一滴の汚れもなく、さらに新しい椅子まで持ってきたのだ。
「……あんたは何者だ?」
老人はうんうんとうなずいた。
「人の名を知りたいときは紳士として、まず自分から名乗りたまえ」
「……」
ああ、やれやれ、と老人は肩をすくめた。
「よろしい。きみの見事な戦いぶりに敬意を表して、こちらから名乗ろう。わたしはアンドリュー・ホクスティム三世。国王陛下よりナイトに封ぜられ、第四戦隊を預かる光栄に恵まれた海軍中将だ。チャーチルに追い出されるまでは第一海軍卿を務めたこともあったなぁ。チャーチルを知っているかね? あの恥知らずの変節漢。まあ、よい。由緒ある家柄の人間が必ずしも紳士であるとは限らない、いい例だ。売勲にも関わっていたとわたしは見ている。まあ、それは置いておいてだ、わたしのことは提督と呼んでくれたまえ。きみより齢が上なのは確実だからね。さて、では、不愛想な紳士くん。名前を教えていただけるかな?」
「……」
少年は提督に背を向けて、歩き出した。
提督も立ち上がり、少年の後ろを歩く。
ステッキを持っているのか、カツカツとコンクリート片をつつく音がきこえた。
「わかった。恥ずかしがり屋の勲爵士くん。これだけ教えてくれないかな? このあたりに海はあるかね?」
まもなく少年の背中の多目的ユニットが飛行モードに入り、翼のように開いたユニットから青に縁取られたジェットが吹きつけて――ひょっとすると提督は黒焦げかもしれない――、天空の白亜の都市へ目指して、和解した堕天使のごとく昇っていった。