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欠かせない言葉

作者: 湯西川川治

「いってらっしゃい」

 妻は毎日欠かさず、通勤する私に対してこんな言葉をかけてくれる。

 何気ない言葉ではあるけれど、どんな時でも欠かした時はない。

 寝坊しても寝ぼけ眼でぼやけた声でそう言ってからその場で二度寝して、休みの日でもパジャマ姿でそう送り出してくれた。


 でも今日初めて、妻はその言葉を言ってくれなかった。

 玄関で解けていた靴紐を結び直して外出の準備を整えた私に対して、妻は私のことを見つめながら立っている。その顔は厳しかった。しかし、顰めっ面ではなくて、悔しさに似たそれだった。

「君がまた『いってらっしゃい』って言えるように、頑張ってくるから」

 張り詰めたような空気を打破するために私が笑顔を作って見せると、妻は無言で首を振った。

「それよりも『おかえりなさい』って言わせて」

 そんな保証がどこにもないことをわかっているのに、妻はそうお願いしてきた。心にのしかかってくる漬物石のような重い感覚。もしかしたら私が漬物石に押し潰されてしまうかもしれないのだから、安請け合いはできなかった。

 だからその代わりに私も、毎日欠かさずに言ってきた言葉をかけるしかなかった。

「いってきます」

 踵を返してドアを開ける私に、妻はそれ以上何も言葉をかけてこなかった。


 当たり前になっている言葉の応酬。それにありがたみを感じるのは、それが崩れた時なのかもしれない。だからこそ、そんなルーティンを守るために、私は玄関の外へと一歩を踏み出した。

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