見え隠れする龍神の謎
アトランティスの内部で出会った女は少し言葉を交わしただけで涙ぐみ、俺の手を掴んで笑った。全てが唐突過ぎる。意味がわからない。
アトランティスは龍神の住処。人間等入れない。第1皇太子の俺だからこそ入れた聖域。そこに自分より小さな女が居ることだけでも驚いてるのになんの躊躇もなく触れてくる。この目立つ見た目を見ても"サクリファイス皇族の人間"だということすら分からないのも不思議だ。
不信感だけが募る。
「なんで此処に、人間が居るんだ?」
「それは私が聞きたいぐらいよ!やっぱり私って人間の姿に見えるわよね?」
質問が質問で帰ってきた。
会話がままならない。その馴れ馴れしさに苛立ちを覚える。
「貴様がどういう人間だか知らないが俺の手に触れるなど不敬だぞ。」
「ふけー?なにそれ。ふけーってなに?」
きょとんと瞬きをし首を傾げる女。……何を言っても無駄だと悟る。
「貴様に構っている暇はない。手を離せ」
「嫌よ。此処で出会ったのも何かの縁、私をここから連れ出して!」
「なんで俺が…………どうやって此処に忍び込んだかは知らぬが勝手に足を踏み入れたのは貴様なのだろう?」
「足を踏み入れてなんかいないわ!……寧ろ私はここから出たことがないの。ここ生まれここ育ちなの。」
女は目を伏せた。もっと意味がわからない。大方、アンデッドの悪戯の1種なのだろう。始末するべきか?……否、龍神の怒りを買う可能性がある。一時の感情で国の危機を及ぼすのはよろしくない。
「……どうでもいい。俺は先に進む。勝手に逃げればいい」
「ケチんぼ。そう言わずにさあ………きゃあっ!」
「……!」
そんなことを話していると、不意に女の身体が浮いた。飛行魔法というより、これは………
そこまで考えた所で、響き渡るような低く重い声がこの場を……アトランティス全域を揺らした。
『愛しのマイスイートレディ?ダメだよ逃げ出しちゃあ』
「ガーランド!解除しなさいよ!私は出ていくの!」
女は不可思議な現象に見舞われているというのに怯えるどころか大声で叫びジタバタと暴れる。しかし、一向に魔法が解除されることは無い。
『はいだめー。パパでありママの我が言うことは絶対だゾ♪……ん?そこに居るのは……サクリファイスの小僧か』
「な、っ!」
ふわり、自分の身体も浮いた。声はさと面倒くさいと言わんばかりの口調で続ける。
『色濃い特徴にここに居るという事実……次の生贄か。運命の時を待ちきれずのこのことこのアトランティスの地を踏んだか……』
「ッ、そうではない!俺はッ、自分を殺す龍神殿に拝見を申し立てに来たんだ!」
臆する心を制御して、空に向かって叫んだ。声の主は十中八九龍神だ。子供で無力な自分が出来るのは強がる事だけである。情けない。龍神は暫く沈黙してから、言葉を紡いだ。
『そこまで啖呵を切れるなら一丁前だ。安心しろ、時が来ればちゃんと喰らってやるからな。焦らずその魂をじっくりと穢せ。龍神は賢い魂が好きだ。
今の貴様の魂など___腹の足しにならん』
* * *
「ッ……、ハッ!」
必死に頭を回転させてる間に俺は自分の部屋に居た。恐らく転移魔法で強制送還されたのだ。
龍神に会うこともなく、だ。これほど屈辱的な事があるだろうか?
怒りに震えながらも、それを必死に抑えて再び考えを巡らす。
怒りよりも現時点で分かったことを整理するべきだ。
龍神の使う力は当たり前のようだが全て高等魔法。姿を直接見ていない、攻撃もされていないがどれもこれも人間の魔力のはるか上だ。
言葉も妙だった。まるで他人事のような口ぶりで自分の魂を喰らうと言っていた。人間を丸ごと食べるのだろうと予測していたが、魂……?
そして。
あの少女。名乗っていた気もするが、忘れた。しかし龍神にマイスイート、と呼ばれていた。パパ、ママとも。
龍神の子供………?そんなもの、文献に記されていなかった。妖精神や精霊などは代替わりがあると聞いたことがある。
龍神も………そうなのか?
分からないことが多すぎる。一先ず、父上に問い詰めるしか無さそうだ。
俺はすぐ様部屋を出た。