龍神の生贄は籠の中
「ラフェエル殿下のお話は聞いた?」
「あ、また鏡を割った話?」
サクリファイス城にて。回廊を歩くメイド2人が掃除をしながら大好きな噂話をする。
「今月で何回目よ。鏡を置くように指示を出したのはヤイバル殿下でしょう?」
ヤイバル、それはこのサクリファイス大帝国の第2皇太子で、皇位継承権第1位の5歳の少年だ。この国では基本的に第2皇太子が皇帝になる。
「本当に困ったものね。鏡の破片を掃除する私達の身にもなってほしいわ」
「本当よね。……って、それもだけど。私はやっぱり次の皇帝はラフェエル殿下がいいわ。頭脳明晰、文武両道、容姿端麗。少し高圧的ですが、言葉に重みがあるというか……」
「こら、不敬ですよ。……気持ちはわかるけれど。ヤイバル殿下はやんちゃ過ぎますし、第3皇子のクシュス殿下もお小さいですし……順当に行けば普通は____「シッ!」え?……!」
言い終わる前に、口を塞がれた。
後ろには___ラフェエルが居たのだ。
「お喋りをする暇がメイドにはあるのだな」
「す、すみません!」
「……くだらないことを言っているといつか不敬罪で処刑されるぞ。ヤイバルに」
「ひ、ひぃぃ………どうかお許しを……!」
怯えきるメイドを見て、怒る気が失せた。俺は一瞥もせずに横を通り過ぎる。またぺちゃくちゃと喋るメイドの声は耳障りで仕方が無い。
ヤイバルより自分の方が優れている事など当然だ。そうなる為に、俺は何一つ手を抜いてこなかった。勉学も帝王学も武術も。父上には必要ないと言われては、尚更やりたくなるというもの。
____もう、知っているんだ。
この国の第1皇太子が死ぬ理由。
自分は……生贄だ。
そこまで考えて、窓の外を見る。ここから見たら普通の岩山だ。だが、ただの岩山ではない。
龍神が住まうアンデッドの巣窟・アトランティス。……………俺の、死に場所。
龍神は、ユートピアを創造して10万年間、サクリファイス大帝国皇族は第1皇太子を生贄として差し出してきた。どう死ぬかは、わからない。何故ならそれを知るのは死んでいった第1皇太子のみだからだ。いくら文献を読み漁っても生きた第1皇太子はただの1人も居ない。全員が全員、歴史から消えているのだ。
呆れを通り越して笑える。いくら優秀だろうが剛健だろうがなにも残らないのだから。
俺は今7つ、あと13年で…………必ず死ぬ。事故でも病気でもない、無意味な死。いや、違うか。国を栄えさせる為の生贄はそれだけ大事だという事。現に俺は皇族でありながら全てが許される。恋人を作らない事、子を成さないこと、それさえ守れば何をしても良い。自由だということ。
自由、か……………死ぬ事が決まっている自由など、本当に自由と呼べるのだろうか?
ふと、疑問に思った。
龍神とやらはどんな生き物なのだろう、と。生憎、龍神と会ったのは先程言った第1皇太子のみだ。後は姿を見せたことすらない、と。
ならば。
「見に行く方が早い……か」
ラフェエルは笑みをひとつ零して、窓を開けた。窓縁に立って、飛び降りる。ここは5階、勿論魔法を使う。
「フライ」
そう呟くと、ふわり、身体が浮いた。
そしてそのまま___アトランティスに向かって飛んだのだった。