火蓋は既に落とされていた
「妖精神との、契約……………………」
アルティアが目を見開いた。
驚くのも無理はない。否、アルティアではなくとも普通の人間は驚くだろう。
予想はしていたが、やはりクリスティドは契約済か。アルティアとの契約を結んだ時思い出した手紙にあれだけの内容を書けたんだからな。
クリスティドは続けた。
「契約をした人間はほんの少しだけ世界の事情を知らされるんだ。私は海と水だから、それに関することだね。海の妖精神が機嫌が悪いから海が荒れる、川が汚染されていて苦しいとかはわりと聞かされていたけど………ラフェエルが生贄に差し出された日、二神に言われたんだ。
"サクリファイスの生贄が龍神と契約を交わした"、"次期龍神は屈服させにくる"、"黒髪と黄金に輝く瞳が龍神の証"…………"世界がまた変わる"、とね。
理解に苦しむが………ラフェエルが生きている事実、そして龍神の証を持つ婚約者を見てしまっては、否定はできまい」
クリスティドは手袋を再びはめながら言う。
成程、幼い頃に言っていたという20になればわかる、というのはこういうことだったのか。ならば、話は早そうだ。
「…………妖精神の言う通り、私は龍神と契約を交わした。そして"教育者"として妖精神の元へ次期龍神を導かなければならない。
しかし、この話は他言無用だ」
「わかっているよ。誰にも言っていない。私の兄弟も加護は受けているけれど、契約しているのは私だけ。事情を知っているのは、このシースクウェア大国で私だけだ。人避けもしてある。
ただ、俄に信じ難いな。このような美しい女性が龍神だというのは。………清らかな御手に触れる事をお許しください」
「へっ?い、いいけど…………」
クリスティドはアルティアに許可を貰い、触れる。
___美しい。
遠目から彼女を見た時、心を奪われた。
漆黒の長い髪、綺麗な黄金色の瞳、それらを邪魔せず整頓された顔。女性らしい身体。ここまで美しい少女を生まれてこの方見たことがなかった。
細く傷の無い白い手の甲に唇を落とす。
「んな!?」
彼女の顔が、変わった。耳まで赤くして目を見開いている。会話をしている時も思ったが、コロコロと変わる表情が愛らしい。
楽しいひとときを邪魔したのは、古い友人であるラフェエルだった。
「………………おい、遊ぶな。こんなのでも龍神だ」
「こんなのって何よ!………って、そうじゃなくて!やめましょ!その、は、恥ずかしい、ので…………」
徐々に小さくなる言葉に残念、と声を漏らして手を離す。
………堅物王子にしては大胆だな。
堅物王子___クリスティドはとにかく頭が固い。悪い人間ではないが考え方が古いのだ。あと、正義感が強い。然し無能ではない故基本的には不愉快に思わない。
____が、今のは不愉快だった。
こいつは私の所有物だ。むざむざと触らせる気は毛頭ない。離れたのを確認してから、話を続ける。
「………………妖精神に会いたい。取り次ぐことは可能か?」
「ああ。妖精神にも言われている。龍神が来たら契約印で知らせろと。
…………準備はいいのかい?」
「問題ない」
「いや!あるわ!」
ダァン!と机が大きな音を立てた。
見ると___アルティアが憎らしげに私を睨んでいた。




