逃走と邂逅
とにかく、だ。私が転生したのは間違いないわけだ。そして魔法も使えるわけだ。加えて天井はない。つまり、出ていくのは容易いと思うでしょう?……これがなかなか上手くいかないようになっている。
「ふぐぅ~~~!!」
バチバチ、天井に向かって雷基ビームを繰り出してみる。然し空に到達する前になにかにぶつかる。バリアだ。青くドーム上に空を覆っている。これは確証済案件だ。私が空を飛んで外に出ようとしたらバリアに阻まれた。魔法をいくら駆使しても出ていけない。
出入口がない訳では無い。不思議な事にここ5ヶ月使っているところを見たことがない人工的に造られた通路があるのを私は知っている。ガーランドが寝てる隙にスケルト__身体を透明にする魔法__を使って出てみようか。
すぅ、と身体が透ける。そして空中に浮かぶ。ガーランドは龍の姿ですやすやおねんねだ。ふっふっふっ。やはり出ていくなら夜に限る___「 どちらに行かれるのですか? 」
「あぶ!」
がし、とお腹を支えられた。この声は淫魔メイド・リングだ。茶髪のお団子ヘア、ピンクの瞳。瞳はともかくなんとも淫魔っぽくないメイド。私の世話は主にガーランドがしているが、細々な事をするのはこの人の役目だ。
「睡眠不足は乙女に大敵です」
こちとら赤ん坊じゃ~~~肌はまだぷるぷるのぷるぷるじゃ!
なんて、バタバタ暴れるもがっしりと掴まれてて逃げられない。ぶぅ、と睨みつけるもののリングはツーンとした澄まし顔でベッドに降ろした。
この人いつ寝る訳?今日寝てなくない?
なんて通じる訳もなく、私はどさ、と不貞腐れながらベッドに横になる。へーんだ。無理やり逃げてガーランドを起こしたらまたベッドに括られるからだし!別にビビったわけじゃないですよーだ。
……この通り、私への警護は完璧なのだ。お姫様扱いと言っても過言では無いが立派なお城がある訳でもなく、立派な庭園があるわけでもなく、まったくこれっぽっちもお姫様感が出ない。
ただ、ビクビクと怯え、寒さを薄っぺらい布団で凌ぎ毎日寝不足になる生活よりはマシ、なのかなぁ。一応ご飯は食べられてる?わけだし、私の使う家具は豪勢だし赤ちゃんだからもちろん働かなくていいわけだし………あれ?私、前世合わせて今最高に幸せな状況なんじゃ…………?
そんなことを思ってたら、そのまま寝てた。
* * *
____この、穀潰し!
ごめんなさい。
____酒買ってこい!…これじゃねえよ!使えねえ餓鬼だ!
ごめんなさい、ごめんなさい。
____……ちゃんって、ちょっと臭うよね?
____お風呂入ってないんじゃない?
____気持ちわりーんだよ!
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
私の半生は、謝ってばっかり。でも謝っても謝ってもとめどなく溢れる悪口。どうすればいいのか分からなくて、心を閉ざした。
心を閉ざすのは、簡単だった。もう限界だったのだろう。心を閉ざせば安心………というわけではなかった。
____なんとか言い返せよ!
___あんたなんて産まなければよかった!
両親は私に今まで以上に強く当たった。それだけじゃない。夫婦仲まで悪くなった。どんなに心を閉ざしても苦いものしか込み上げてこない。
殴られて、蹴られて、嬲られて。
それで、わかった。私は此処に居ては行けないんだ。ならば。
私は年齢を偽ってアルバイトを始めた。親は元々私を邪魔だと思っていたし、反対されなかった。朝はコンビニ、昼間は学校、夜は道路工事をした。年齢を偽った事に罪悪感はあったけど、私は私が自由になる為にはこれしか無かったのだ。
そんな生活を2年も続ければ十分なお金になった。スマートフォンも買った。あと1年もすれば家を出れる…そう思ってた。
でも。
_____中学生がこんな大金を持ってていいわけないでしょう?
_____俺達がちゃんと使ってやるよ。
………そう、上手くはいかなかった。凹んでる暇はない。奪われたならそれ以上頑張ればいいんだ。
私は歯を食いしばって、奪われないようにもっともっと働いた。気づいたら、もう18歳だった。お金も時々取られてたけどそれでもお釣りがくる。私はバイトに行く、と言って荷物を持って逃げ出した。
もう、自由だ。
これだけあれば当面の生活は出来る。
実は清掃アルバイト先で事務の内定を貰ってる。
私は勝ったんだ。あとはもう、幸せになるだけ。…………____だったのに。
私はそこで、殺されたんだ。