孤独を知らない悪しき魔女 03
ルーナの家の大掃除には、結局一日かかった。
それでも半分程度が終わったくらいだというのに、ゴミは恐ろしい程の量が出た。
「今日はこのくらいにしておくか。ルゥもおなか減っただろ」
大量のゴミを燃やすために外に出したところで、フォルモントは日が傾いてきていることに気がついたらしい。
爽やかに声をかけられた瞬間、正直におなかの虫が返事をしたので、ルーナは恥ずかしさで死ぬかと思った。
ルーナのおなかの虫に一頻り笑ってから、フォルモントは料理をはじめた。
平民上がりの騎士とはいえ、料理も出来るのかと驚いてしまう。
「キッチン貸して。座ってて良いよ」と言われたルーナは料理の才能がない。
手伝えることもないため、お言葉に甘えてダイニングテーブルに就いて待っていると、小気味よい包丁の音がしてきた。
「材料は持ってきてたの?」
「持ってきてた。でも、今日は初日だし簡単なやつだぞ。時間かけて日が暮れたら危ない」
「帰り道が?」
「夜にオレなんかが家にいたら、ルゥが危ないって意味」
手際よく料理をしながら振り返ったフォルモントがいたずらっぽく言う。
からかわれたような気はしたが、意味はよくわからなかった。
「料理もできるのね」
「オレは田舎の農家出身でさ。人手が欲しいから、子どもたくさん産むんだ。だから、オレは8人きょうだいの長男」
「8人も!?」
「びっくりするよな。家事もめちゃくちゃやらされてたから、一通りの家事はできるようになった。ルゥは一人暮らしは長いのか?」
「そうね。もう13年目」
野菜を鍋に入れていたフォルモントが振り返る。
その表情は驚きに染まっていた。
「ルーナっていくつだっけ?」
「今年で18」
「5歳からひとりで暮らしてたってことか!?」
驚くフォルモントの大声に、テーブルに頬杖をついて木目をなぞっていたルーナの方がびっくりしてしまう。
「そんなに驚くこと?」
「驚くだろ。親は? 親戚はいなかったのか?」
「あたしは母親しか知らないから。その母親も5歳のときにエーゲリアを襲った竜に殺されたわ。
その時に逃げ込んだのがこの森で、星空の泉に竜が引き寄せられてるんじゃないかと思ったから研究して城に報告したの。そしたら、国家魔術師になった」
「じゃあ、魔力は水にも含まれてて、それに竜が引き寄せられてるってことを発見した、歴代最年少国家魔術師ってのは……」
「あたしね」
竜が何を求めて人里を襲うのか。
その研究は『人の血肉を食料としている』という説が信じられていたために、あまり進んでいなかった。
幼いルーナもそう信じていたが、竜は星空の泉のほとりでとどめを刺した母を食べなかった。
母の亡骸に抱かれた幼いルーナにも気がつかず、竜たちは星空の泉の水を飲み始めたのだ。
この泉にはなにかがある。
そのことに気付いたルーナはエーゲリアにある国立図書館に通い、独学で研究をはじめた。
その結果、大気中にしか存在しないと考えられていた魔力を泉の水からも抽出することに成功した。
「あの頃は術式もなにもわかってなかったから苦労したわ。孤児で家もなかったから図書館にも邪険にされたし」
エーゲリアが竜群の襲撃に頻繁に遭っていた頃、ルーナのような孤児は珍しくなかった。
そして、誰をも受け入れることになっている教会と図書館は、そういう子ども達の居場所になっていたのだ。
教会はそれを良しとする場所であったが、図書館は魔術師の職場でもある。
そんな場所で魔導書と魔力に関する本を片っ端から読みあさる孤児は、当時の魔術師たちの邪魔でしかなかっただろう。
「ルゥは、本当にすごい子なんだな。……寂しくはなかったのか? ひとりで、ずっとこの森で」
鍋を混ぜているフォルモントの声には哀れみの色が滲んでいる。
教会のシスターもそんな声を出して、子どもの頃のルーナを教会に来るように誘っていた気がする。
今はそんな彼女もルーナを悪しき魔女と呼ぶひとりだ。
ルーナは顔もあげずに淡々と答えた。
それは強がりでもなんでもなく、ルーナの真の気持ちだった。
「寂しくなんかないわよ。母親との記憶も、もう忘れちゃったから」
「……そっか」
ルーナよりもずっと寂しそうな声色で返事をしたフォルモントは、それからしばらくは話さなかった。
ぐつぐつと鍋の沸く音だけがしていた。