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孤独を知らない悪しき魔女 01


 夜の森に響く小鳥のさえずりで、ルーナは目を覚ました。

 昨日は魔導書に夢中になっていて、部屋の隅で寝てしまっていたらしい。

 壁に押しつけていた頬が痛い。


 立ち上がって大きく伸びをしたルーナは、シャワーを浴びてから机の上に置きっぱなしにしていた手紙をかわいらしい封筒に入れる。

 先日りんごのクッキーを届けてくれた誰かさんへのお礼の手紙だ。


『りんごのクッキーはサクサクほろほろしていました。いつもありがとうございます。私も何か作りたいと思って挑戦しましたが、料理の才能は無かったようです。 魔女より』


 手紙の内容の最終チェックをしてから、ちらりと惨状と化してしまったキッチンを見やる。


 この間もらったグミの実のジャムがおいしかったため、自己流でつくってみようと思ったのだが、できたのは真っ黒な塊だった。

 砂糖やらグミの実やらの残骸でドロドロになっているキッチンは見て見ぬふりだ。


 手紙を入れたバスケットをポストの下に置いてから、ルーナは日課である星空の泉の点検へと向かった。


 星空の泉は、夜の森の奥にあるエーゲリアの魔力の根源だ。

 命ある者は皆、体に魔力を取り込まなければ生きていることができない。

 その魔力が同じく生命に欠かせない水や空気に溶け込んでいるということに、ルーナは世界の神秘性を感じていた。


 星空の泉は名の通り、魔力によって星空のようにきらめいている泉だ。

 深い藍色の水面に魔力の輝きが散らばっている。

 これをコップですくうと、透明になるのだから不思議だ。


 この泉の膨大すぎる魔力が、この街にかつては竜群を呼び寄せていた。

 現在はルーナの開発した魔力転移装置が機能しているため、泉の膨大すぎる魔力の半分は遠くの山へと送られている。


 エーゲリアを守る要である魔力転移装置が、今日も順調に機能していることを確認したルーナは、次は魔力濾過(ろか)装置へと移動した。


 この魔力濾過装置もルーナが開発したものだ。

 泉の水を生活水として使用しているエーゲリアの人々は、水が含む魔力量の多さによって魔力暴走を起こしてしまう者も多かった。

 この濾過装置が開発されてからは、そんな面倒は少なくなっている。


 ルーナは間違いなく、エーゲリアの人々の生活に貢献している。

 だが彼女はこの星空の泉を守るために、近寄ってくる人間を追い払って生きてきたことと不器用な性格が相まって、悪しき魔女と呼ばれるようになってしまっていた。 


「よし、今日も良い子に動いてるわね」


 濾過装置の内部にも異常がないことを点検してから、家へと戻る。


 最近のルーナの研究は、免疫を高める薬の開発だ。

 病にかかることを防ぐには、まずは免疫を高めなければならないだろうということで、様々な薬草を使って薬の開発を進めている。


 今日はどの薬草を試してみようかと腕を組んで考えていたルーナは、今日が特別な日であることをすっかり忘れていた。

 フォルモントが来る約束をしていた日だ。


「あ、ノックス隊長」


 家の前に誰かがしゃがんでいると思えば、それはフォルモント・ノックスであった。


 騎士服ではなく私服を着ている。

 長い足を折りたたむようにしてしゃがみこんでいるフォルモントは、片腕を膝に乗せて頬杖をついていた。


 子どもが親の帰りを待っているような姿だったが、いかんせん顔がいい。

 朝の陽光にきらめく美貌に目を細めながら近寄ると、フォルモントはじとりと半眼でルーナを睨んだ。


「なによ。そんなに来たくなかったわけ?」


 今日はフォルモントが倒れてから、初めての診療日だ。

 あれだけ脅したから来てくれるだろうとは思っていたが、朝からだとは思っていなかった。


 多忙な隊長には受診なんて面倒だっただろうかと思いつつ、こちらも半眼で睨む。

 すると「違う違う」と彼は背後のドアを親指で指した。


「ドア。開きっぱだったんだけど? 防犯意識どこやっちゃってんの。女の子の一人暮らしでしょ? 怖い男はいるよ」


「悪しき魔女の家に入ろうなんて怖いもの知らずはいないでしょ」


「まさか、夜も開けっぱなの?」


「そもそも鍵がどこにあるかわかんないから」


 あんぐりと口を開けてフォルモントが黙る。


 空の上で鳥の平和な鳴き声が響いた。


「……ルーナがここまで危うい子だったとは」


「文句ばっか言ってないで入りなさいよ。さっさと診るわよ」


 フォルモントだって忙しいだろう。

 だから彼は仕事前にここに来て、不機嫌に文句ばかり言っているのだ。


 推しの顔を間近で見られることは眼福ではあるが、そんな理由で彼を引き留めるわけにはいかない。

 さっさと診て、さっさと帰そうという決意でルーナは家に足を踏み入れ、足下の荷物を蹴り蹴り道をつくった。


「ルーナは、片付け苦手系?」


「あたししか暮らしてないんだから、あたしが不便なければいいでしょ」


「けど空気も悪いし、これじゃ捜し物とかも大変でしょ」


「同じ本何冊も持ってたりするわね」


「なるほどね。……ていうか、あのキッチンはどうした」


 おぞましいものでも見るみたいに、フォルモントはキッチンを指さす。

 しっちゃかめっちゃかになっているキッチンはルーナでも目を覆いたくなる状態ではあったが、彼には関係ないだろう。


「あんたには関係ないでしょ。さっさと診るわよ」


「いいや、あるね!」


 引っ張ってきた椅子に座れという意味でぽすぽす座面をたたくルーナを無視して、フォルモントは大きな声をあげる。


 聞き慣れない男性の大声にびくっと肩を跳ねさせていると、フォルモントはずんずん近づいてきてルーナの薄い両肩を掴んだ。


「ルーナが死んだら、オレも死んじゃうんだぞ。オレを死なさない気があるんだったら、こんな生活はなんとかしなくちゃあならない。もうあんたひとりの命じゃないんだぞ? 自覚持ってもらわないと」


「ち、近い近い! 顔がちかーい!」


 叫びながら、ルーナはフォルモントの胸板を押す。

 ぐいぐい近付いてくる神の最高傑作と言うしかない顔面に、頭がクラクラしてしまった。

 これでは眼福どころか、目に毒だ。


 フォルモントは「おっと」と軽い調子で言って、ルーナの肩から手を離した。

 その表情は、いたずらを成功させた少年のようで、腹が立つのに美しい。


「ルーナはオレの顔ファンだったな。ドキドキさせちゃってごめんな」


「う、うるさいわよ」


「さ、ルーナ。あんたは健康的に生きなきゃならん。こんな部屋で健康的な生活はできん。だから、今日のオレは素敵グッズを持ってきた」


 フォルモントは言いながら、肩にかけていた鞄を開ける。

 出てきたのは、エプロンと三角巾、それから雑巾だった。


「大掃除だ、ルーナ。受け取り拒否はなしだぞ? そしたら、オレもメンテナンス拒否だ」


 なぜこの男は自分の命を使って、こちらを脅すのか。

 呆れと怒りで頬をひくつかせながらも、ルーナはお掃除三点セットを受け取るしかなかった。 

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