死にたがり英雄と悪しき魔女 06
フォルモントが恋をするきっかけになった文通がはじまったのは、4年前。
その年は、古代竜を倒したフォルモントが異例の出世を果たした年でもあった。
当時20歳という若年で竜群の襲撃が多いエーゲリアの防衛隊長になった者は、歴史上存在しない。
そんな名誉をもらいつつも、仲間の死を背負ったフォルモントは内心は陰鬱とした気持ちのままエーゲリアに赴任した。
そこで一緒に派遣されたアイゼンと共に挨拶回りをしたときに、フォルモントはルーナに出会ったのだ。
「ルーナ・ニュクス。金剛級国家魔術師。以上」
不気味な森の中にある小さな家に住むルーナの自己紹介といったら、ひどいものだった。
しかも、彼女が管理している魔力の根源『星空の泉』を、防衛のために見せてくれと頼んでも門前払い。
「なんだあの子は」とぷりぷり怒っていたアイゼンと同じく、優秀なのに礼のなってない子だなとフォルモントも思ったのだが、それより何より、彼女が痩せ細っていることが気になって仕方が無かった。
伸ばしっぱなしの赤毛に、こちらを警戒する赤い瞳。
悪しき魔女と疎まれる彼女のローブの裾から見えた手首は、少し握れば折れてしまいそうに細かったのだ。
「アイゼン。あの子たぶん放っといたら死ぬんじゃないか?」
「彼女は国家魔術師ですよ。自分の栄養管理くらいしているでしょう」
「いいや、多分ありゃ食ってない。オレは田舎の貧乏暮らししてたからわかる。オレが置いても食べないかもだしな。匿名で菓子置いたら、食うと思うか?」
「そんな怪しいものを自立した女性が食べるとは思えませんが……」
フォルモントは騎士にしては珍しく田舎の出身で、八人きょうだいの長男だった。
ルーナを見ていると、実りが悪かった年の痩せこけた妹を思い出す。
放っておけずに、フォルモントは手近な店でグミの実を購入し、『よろしければどうぞ』という手紙と共にバスケットに入れて、彼女の家のポスト下に置いておいたのだ。
食べなければそれでもいい。
そんな気持ちでいたのだが、翌日にバスケットの様子を見に行くと、グミの実は無くなり、代わりにかわいらしい封筒が入っていた。
『いただいた甘いぷにゅぷにゅ、とてもおいしかったです。誰かさん、ありがとうございました』
その手紙を見た瞬間、フォルモントは噴き出した。
フォルモントは心臓代替術式を使用したため、騎士団上層部からこの術式はルーナ・ニュクスが開発したものだと聞いていた。
ルーナに初めて会ったときは、「やっぱり天才って変わってるんだな」としか思っていなかったのだが、手紙には当時14歳だったルーナの少女らしさが滲み出ていた。
ツンケンした表情と態度に似合わないかわいらしい手紙に癒やされたフォルモントは、それから週に何度かのペースで菓子と手紙をバスケットに入れてルーナの家の前に置くようになったのだ。
ルーナからもらった手紙は柄にも無くすべて大切に保管し、時々バスケットに入れてくれる肩こりの塗り薬や疲労回復薬も大事に使っている。
ほんわかした手紙のやりとりを続ける内に、フォルモントはすっかりルーナを好きになってしまっていたのだ。
大人なフォルモントは知っている。
恋心というものは、いたずらに言って回るものではない。
肝心なときにバシッと相手に伝えてこそ、輝くものなのだと。
だが強いフィジカルに比べてメンタルは弱い方である彼は、片思いの不安に負けてアイゼンにだけはルーナへの気持ちを密かに告白していたのだった。
「アイゼン! ルーナに週1で会えることになった!」
バーンと執務室の扉をたたき開けて、フォルモントはアイゼンに告げる。
フォルモントの執務机に積み重なっている書類に更になにか追加していたアイゼンは、白金色の瞳を呆れた調子で細めた。
「隊長が帰ってきて、副隊長に報告することがまずそれか?」
「ああ、悪い。でも、もうアイゼンの勤務時間は終わってるだろ?」
「おまえは勤務中だろう」
半眼のアイゼンが書類でフォルモントの頭を軽くはたく。
どこまでも真面目なアイゼンの年齢はフォルモントの7つ上の31歳。
フォルモントは出身の村に駐在していたアイゼンに憧れて騎士になったのだが、フォルモントが英雄になったことで、先輩である彼は部下になってしまった。
敬語はいらないと何度も言ったのだが、「他の騎士に示しが付かない」という真面目な理由で、勤務時間中はフォルモントの部下として接することをアイゼンは徹底している。
だが、今のアイゼンは残業中。
勤務時間は終わっているため、今はフォルモントを可愛がってくれる先輩騎士だ。
「心臓は大丈夫だったのか?」
「ああ、それは大丈夫じゃないらしい。ほっといたら死ぬってさ」
「はあ!?」
「だぁから、ルーナが診てくれることになったんだよ、週1で。生きてて良いのかって毎日悩んでるけど、ルーナに会えるんだったら死にたいとも強く思えないよなぁ」
フォルモントは仲間を犠牲にして生き残ったという思いがあるため、基本的には生きていることに罪悪感を持っている。
だが、ルーナに恋をしてからはその気持ちが少々変わっていってしまっていた。
ルーナと結ばれたいという恋心と自分だけがそんな幸せを望んで良いのかという罪悪感。
複雑な心境の中で抱えている恋心は、フォルモントの中で日に日に膨らんでいくばかりだ。
そして、今日ルーナときちんと出会えたことでフォルモントの恋心と同時に育っていた罪悪感は爆発し、ルーナに弱々しい姿を見せる羽目になってしまった。
「情けないとこ見せちまったけど、より一層ルーナの良いところを見つけられたな……」
「それで? 脈はありそうだったのか?」
「それがなぁ。ルーナはオレの顔ファンだったんだよ。顔だけ! でも、まあ顔だけでも好きなら、こっから先はどうにか頑張るさ」
にやりと笑うフォルモントの瞳は狩人の目だ。
唇を舐めて、次にルーナと会ったときのことを考えていると、弟を見守るような表情をしていたアイゼンがくつくつと笑った。
「ニュクス女史の元へ行ってよかったじゃないか。倒れて意識を失うまで、フォルは『ルーナのところには連れてくな』って言って面倒だったんだぞ」
「それは……迷惑かけた。すまん」
頭を下げて謝罪をすると、目の前に書類が差し出される。
来月の予算を決める書類にげんなりしていると、アイゼンは口角をあげた。
「すまんと思うなら、これを早急に仕上げてくれ。俺も確認作業をするんだ。ギリギリに提出されると困る」
「……あー、はい」
「それから、彼女に週1で会いに行くなら、1日休みがとれるように仕事はしっかりしておけよ」
「へ? 休んで良いのか?」
隊長になってからというもの、フォルモントにまともな休みはあまりなかったし、欲してもいなかった。
1日休みなんて考えは、頭からすっぽ抜けていたフォルモントにアイゼンは微笑む。
「好きな女に会いに行くんだ。1日でも足りないくらいだろう。ゆっくり休めるよう、今からキビキビ働いてくれ」
アイゼンは優しい先輩で、本当に出来る部下だ。
すっかり乗せられたフォルモントは、執務机につくと言われたとおりにキビキビと書類仕事を始めたのだった。