死にたがり英雄と悪しき魔女 05
エーゲリアの騎士団本部は、円形の街の中心部にそびえたつ塔だ。
エーゲリアは魔力が豊富な地であるため、竜に狙われることが多い。
最近はその豊富な魔力が湧き出る泉から遠くの山へと魔力を送る魔力転移装置なるものが取り付けられたお陰で、竜群の襲撃も起きてはいないが、エーゲリアは竜群に対する戦いの最前線と言っても良い場所だ。
そんなエーゲリアの防衛隊隊長であるフォルモントが、本部を勤務時間中に長く離れている事態は好ましいことではない。
ルーナに礼を言い、散々週に一度のメンテナンスに来るように脅されてから、フォルモントは駆け足で騎士団本部へと戻った。
「戻ったぞー。変わりないか?」
「おお、隊長だ! 倒れたって聞いて、びっくりしたんですよ!」
「昨日の二日酔いですかぁ?」
塔の下までたどり着くと、本部警備の任務にあたっている騎士達から声が掛かる。
フォルモントは手をひらひらと振って適当な返事をした。
「まあ、そんなとこ。アイゼンは?」
「副隊長なら執務室ですよ。それより、お客さんが」
玄関前に立っていた騎士のひとりが両開きの戸を開くと、玄関に設置してある来客用の長椅子に少女が座っていた。
ミルクティーを思わせる柔らかい色をしたふんわりとしたロングヘアが豊満な胸にかかっている。
こちらを見て、ぱっと華やいだ桃色の潤んだ瞳も魅力的だ。
女の子を砂糖で煮詰めて練乳をかけたような雰囲気のある彼女の名は、ソレイユ・ライト。
エーゲリアでは良き魔女とも呼ばれている。
「ソレイユちゃんは隊長を待ってたんですよ。もしや、そういう関係なんです……?」
「そんなわけあるか。オレは心に決めた相手がいる」
「またまたぁ」
やたらと気さくな部下に「配置戻れ」と叱りつけるふりをして追い払いつつ、ソレイユに歩み寄る。
桃色の瞳に涙を浮かべたソレイユは、小走りにフォルモントの元へと寄ってきた。
「これはライト女史。お待たせしてしまったようで。騎士団に何かご用でしたか?」
「ご用があるのは、騎士団ではないのです。フォルモント様が倒れたとお聞きして、居ても立ってもいられず……。アイゼン様がどちらかにお連れしたとのことで、ここでお待ちしておりました。ご気分はいかがです?」
心配そうに眉を寄せて訊ねてくるソレイユが、エーゲリアで良き魔女と呼ばれているのには理由がある。
彼女が医師のように人々を診て、症状に合う薬をわざわざ煎じて処方しているからだ。
エーゲリアに駐在している騎士の中には、ソレイユに世話になっている者も多い。
だが、フォルモントは今後もソレイユに世話になる予定はなかった。
「そりゃ、ご心配おかけしましたね。でも、もうこの通り元気ですので、大丈夫です」
「でも、倒れただなんて尋常なことではありませんよ。なにか薬を煎じましょうか?」
「薬ももう飲んできました」
「まあ、どちらで?」
「ニュクス女史の家で」
「まあ」と目を見開いたソレイユは、衝撃を受けた様子で固まる。
エーゲリアに派遣されている国家魔術師はソレイユの他にはルーナしかいない。
それ故かソレイユはライバル視をしているようで、ルーナの話になると珍しく良い顔をしないのだ。
今のように少々渋い表情を見せる。
「失礼ですが、そのお薬は大丈夫だったのでしょうか? 彼女がなんと呼ばれているかはフォルモント様も……」
「存じ上げておりますよ。悪しき魔女でしょう。でも、とても親切にしてくれて、嫌ってほど効きそうな薬を飲ませてくれました。オレは彼女を悪しき魔女と思ったことは一度もないので大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「ですが……」
「わざわざご足労いただき、ありがとうございました。夜ももう遅い。騎士に送らせましょう」
言いながら踵を返し、さっきくぐってきたばかりの両開きの戸に向き合う。
外で待機しているさっきの軽口をたたいていた騎士を呼ぼうとすると、ソレイユが「待って」と声をあげた。
「……フォルモント様は、送ってくださらないのですか?」
背中で手を組み、もじもじと恥じらいながら言ってくるソレイユをフォルモントは笑顔で振り返る。
そのまま容赦なくドアをノックした。
「私は勤務中ですので、部下に送らせます」
「そう、ですか」
勤務中なことが理由になるのならば、「なんスか」とドアの隙間から顔を出した部下だって勤務中だ。
だが、そんなことは関係ない。
「送ってってやれ」と声をかけると大喜びした部下にぐっと親指を立ててから、ソレイユを本部の外へと送り出した。
「良い夜を」
最後まで笑顔を貫いたフォルモントは、パタンとドアが閉まった瞬間脱力する。
疲れたため息をこぼしつつ、うなじを掻き掻き、フォルモントは階段をあがった。
(あの子はど~うも、苦手なんだよな。ルーナのことを悪く言うとこが、特に苦手だ)
心に決めている相手がいる。
女性と仲を勘ぐられたり、言い寄られたりしたときに、彼が必ず言うこの台詞を信じている者は少ない。
だが、この言葉は事実でしかなかった。
フォルモント・ノックスは恋をしている。
その相手は、4年ほど前から文通をしている相手であり、名をルーナ・ニュクスといった。