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さよならを告げる悪しき魔女 04


「律儀にお別れを言いに来てくれたってわけね」


 ソレイユの歪んだ笑みに対し、ルーナは薄く微笑む。

 ツカツカと歩み寄ってきたソレイユはルーナの肩をつかんで壁へと押し付けた。


「そうよ。最期にあなたの顔を見ることができてよかったわ。絶対にあなたにはわかってもらいたかったのよ。私の長年の苦しみを……!」


 肩をつかまれたまま強く揺らされる。

 何度も壁にぶつけられた背中が痛んだ。


 ソレイユの桃色の瞳に怒りの炎が揺れている。


「私はいつもいつもあなたと比べられてきたわ。私が9歳で最年少国家魔術師になった翌日に、あなたが8歳で国家魔術師試験を突破し記録を塗り替えてしまったあの日から、私の人生は変わってしまった。

 何をしても、天才であるあなたに私は勝てない。私が努力してつくった薬よりも上位のものを、あなたはなんでもないみたいに作り出す。そんなのに私は10年も耐えてきたのよ。

 このくらいの報復は許されるはずだわ」


「あんたを超えてきたのは、あたしの本位じゃない」


「それがムカつくんじゃないの!」


 肩をつかまれる手に力がこめられる。

 食い込む爪が痛かった。


「あなたは私なんか、いつも眼中にないのよ。それがムカついてムカついて仕方がない。だから、あなたを脅して薬をつくらせてきたんじゃない。そうすれば、あなたは私を見るでしょう? 私のことを意識せざるを得なくなる。私は、いつかあなたを利用して金剛級魔術師にのし上がるつもりだったのよ。そうして、同じステージに立つつもりだったの……!」


「あたしを利用して同じステージに立って、何が変わるっていうのよ」


 ルーナにはソレイユの言っていることが、まるで理解できなかった。


 ソレイユが努力してもルーナに届かなかったことは理解した。

 天才魔術師として名をはせてきたルーナは、そのくらいの嫉妬は受けなれている。


 だが、その嫉妬の対象であるルーナを利用してまで同じステージに立ちたいという気持ちはわからなかった。


 怒りに震えるソレイユはルーナの首に手をかける。

 ぐっと締められると、気道が狭まる感覚がわかった。


「私はあなたと同じステージに立ち、フォルモント様を手に入れることで、あなたより上に立つつもりだったのよ。そうしなければ、私の人生は負けっぱなし! 馬鹿にされっぱなしよ! なのに、どうして全部全部、あなたがダメにしてしまうのよ!!」


 首を絞めてくるソレイユの手をひっかきながら、ルーナは考えた。


 ソレイユはルーナを超えたかったのではない。

 周囲を見返したかったのだ。


 ソレイユは確かにルーナと比べられる機会は多かっただろう。

 公爵令嬢として何不自由ない生活を送ってきたソレイユにとって、負け続けるという経験は辛いものだったはずだ。


 勝ちたい。一番になりたい。

 その気持ちがソレイユを歪めてしまった。


 哀れな話だとは思う。

 だが、それはルーナには関係のない話だ。


 彼女の自尊心のためにルーナが殺される必要もないし、傷つけられる(いわ)れもない。


 やられっぱなしでいてやるのは、ここまでだ。


「知らないわよっ」


 首をつかんでいるソレイユの肩を力いっぱい突き飛ばす。

 体重を乗せたおかげで、ルーナより背の高い彼女を押し倒すことに成功した。


 「きゃっ」と声をあげてしりもちをついた彼女をソレイユは見下ろす。


「あたしはあたしにできることをやってただけ! あんたもあんたにできるやり方で、仕事をしなさいよ! 薬づくりが得意なら極めればよかった。あたしなんか使わずに、その薬づくりの腕で良き魔女になってりゃよかったのよ!」


「薬づくりだってあなたには勝てないじゃない!!」


「国家魔術士の仕事は人助け! 人助けに勝つも負けるもないわよ! 手に届く範囲を救ってれば、あんたは人間関係を築くことはあたしよりずっとずっとうまいんだから。人望だって素直に集まってたはずよ!」


 ソレイユが唖然とした表情で固まる。

 ルーナは息を荒げたまま、ソレイユを指さす。


「あんたは綺麗で、人当たりだっていい。空気を読むのも上手だし、計算だってあたしを火刑に追いやるくらいうまいじゃない! その頭をなんで人助けに使わないのよ! 自分を押し上げるために頭使ってるから、こんなことになってるのよ!」


「う、るさい。うるさい。私はどんなにがんばったって、あなたには……!」


「死ぬほどがんばってみてから言え!」


 怒鳴りつけると、ソレイユは黙り込む。


 ルーナは彼女を残して、小部屋のドアに手をかけた。

 ソレイユが入ってきたときに鍵を開けっぱなしにしていたことに気が付いたのだ。


「どこに行くのよ!」


「火刑なんてごめんよ。あんたがあたしを脅したって証拠を提出しに行くの」


「証拠……?」


 ぽかんとしているソレイユに、ルーナはポケットの中から魔石を取り出す。

 

 魔石からあふれ出した光の粒は、すぐにルーナとソレイユの姿を描き出し、光でできたソレイユは同じく光でできたルーナにつかみかかった。


『そうよ。最期にあなたの顔を見ることができてよかったわ。絶対にあなたにはわかってもらいたかったのよ。私の長年の苦しみを……!』


 ついさっきの会話を光が再現しだす。

 茫然と見ていたソレイユが「なにこれ」と呟いた。


 ソレイユはルーナを脅して薬をつくらせていたことを自白していた。

 これは立派な証拠になるはずだろう。


 ルーナは魔石をしまうと、ドアをくぐる。

 黙って去ろうとするルーナに、ソレイユは狂ったように叫びながら立ち上がった。


「待ちなさい! 待ちなさいよ! そんなもの渡させるわけないでしょ!」


 背後で魔力が動いた気配がして、ルーナははじかれたように振り返る。


 ソレイユは隠し持っていた杖をルーナに向けていた。

 杖の先端についているのは、火炎球の術式がこめられた魔石だ。

 その魔石に魔力を大量に込めたソレイユは、轟轟(ごうごう)と渦を巻く火をまとった火炎球をルーナに向けて発射する寸前だった。


「一足先に火刑にしてやるわ!! さようなら! ルーナ・ニュクス!」


 魔力が逆巻き、大人の頭ほどのサイズにふくれあがった火炎球が射出される。


 杖など持っていなかったルーナは、自身を守るものがなく、とっさに腕で身をかばった。


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