さよならを告げる悪しき魔女 03
「あなたの火刑が決まりました。明日正午に決行です。心の準備をお願いいたします」
「……わかったわ」
騎士団本部がある塔の最上部には、罪人を閉じ込めておくための小部屋がある。
その小部屋にある格子のはめられた窓から夜のエーゲリアの街並みを眺めていたルーナは、騎士の伝達に静かにうなずいた。
おとなしく刑罰を受け入れたルーナに、騎士はなにか言いたげだった。
ぐっと唇を噛んだ彼の瞳は潤んでいたようにも見える。
「失礼します」と罪人であるルーナへの礼を欠かさず、騎士は小部屋を去っていた。
カシャンと扉に鍵のかかった音を聞いたところで、ルーナは小部屋の隅に移動すると膝を抱えた。
「火刑、か」
抱えた膝に額をくっつけて、ルーナは苦く笑む。
思っていたよりも重い刑罰に、ルーナは戸惑っていた。
心の準備と言われても、そんなことが人間にできるものなのだろうか。
明日焼かれて死にますよと言われても実感なんて沸いてこない。
火刑の苦しみは想像を絶するものだと聞く。
だから想像はできない。
だが、フォルモントともう二度と会えないということは想像ができた。
ここに来てからフォルモントの顔を見ることすらできていない。
フォルモントと引き離されてから、ルーナは自分の中で彼がいかに大きな存在だったかということを思い知らされていた。
フォルモントに会いたい。
その気持ちは死にたくないという気持ちよりも、ずっとずっと大きなものだった。
彼との結婚式を楽しみにしていた。
フォルモントとまた苦手な掃除だってしたいし、買い物にだって行きたい。
「やだよ……」
このまま、会えないまま死ぬなんて嫌だ。
唇からこぼれた弱弱しい自分の声を聞くと涙が出てくる。
部屋の隅で丸まって泣いていたルーナの耳に届いたのは、小窓の外から聞こえる大勢の人々の声だった。
「ルーナ師匠を開放してくださいませ! 火刑なんてひどすぎますわ!」
「そうだそうだ!」
「ルーナさんの言い分も聞かなきゃわからないだろ!!」
先陣を切って叫んでいるのはステラのようだ。
何事なのかとルーナは立ち上がり、そろりと小窓の外を覗く。
ここからでは誰がいるのかよく見えないが、塔の前には大勢の人々が集まっていた。
明かりを掲げた人々は声高にルーナへの減刑を求めている。
彼らを押しとどめる騎士も民衆に手を出すわけにはいかず、困り果てている様子だ。
「ルーナ師匠が人望のために、人に危害を加えるなんて信じられませんわ! 直接お話を聞かなければ、わたくし達は納得することなどできません!」
先頭に立って声を張り上げているステラが口元に当てている魔石がきらめく。
あれは声を大きくする術式がこめられているのだろう。
ステラに渡した教本の中に、確かその術式が記載されていたはずだ。
教え子の成長にルーナは表情を緩ませる。
そして、ステラの後ろで怒りの声をあげてくれている人々にも感謝した。
もうきっと自分は助からない。
だが、こうして最期に自分を助けようとしてくれる人々の姿を見ることができてよかった。
悪しき魔女として死ぬのではなく、故郷の人々に惜しまれながら亡くなった国家魔術師の方がずっといい。
「ありがとう……」
ここから声をあげてもきっと聞こえない。
それでもルーナは感謝せずにはいられなかった。
カシャン。
背後でドアの鍵が開く音がしたのは、そのときだった。
騎士が戻ってきたのだろうか。
もしかしたらこの騒動で、火刑が早まったのかもしれない。
緊張しながらルーナが振り返ると、そこにいたのはミルクティー色の髪を豊満な胸に流し、天使の微笑みを浮かべるソレイユだった。
「ごきげんはいかが?」
「なんでここに……」
「この騒動で、騎士団本部の警備はがら空きよ。私が入り込む隙があったくらい。あなた死ぬんですものね。最期に、今までのうっ憤をぶつけてから死んでもらおうと思って来たのよ」
ソレイユの微笑みが醜く歪む。
ルーナは、ポケットに手を入れて彼女に向き直った。