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さよならを告げる悪しき魔女 02


 フォルモントは激怒していた。

 彼が溺愛してやまないルーナが、もう家には帰ってこないことが確定してしまったからだ。


「こんなこと、あっていいと思うか?」


 腕を組んで低い声を出すフォルモントが睨んでいるのは、執務机に置いてある一通の書状だ。


 ソレイユの父であるライト公爵のサインがされてい書状には、ルーナに火刑を求刑するという内容が書かれていた。


 険しい表情を見せるフォルモントを見て、アイゼンは目を伏せる。


 職務上やむを得ずに、彼はルーナの身柄を拘束した。

 フォルモントはアイゼンを恨んでいるわけではなかったが、最近のアイゼンは憔悴しきっている様子だった。


「……ニュクス女史の薬で死者が出たわけではありません。それに彼女は自身で事態を収束させました。火刑はやりすぎのように思います」


「大体ルゥはソレイユに頼まれて、いや脅されて魔力増幅薬をつくったんだろう。その言い分がまったく通らず、地位の高い人間からの求刑だからといって、あっさり通るなんて許されんのか」


 怒りを滲ませるフォルモントの声にアイゼンが「申し訳ありません」と、悲しげに頭を下げる。


 アイゼンが悪いわけではない。

 わかっているフォルモントは怒りを落ち着けるために、深く息を吐いた。


 この国では、罪人への刑罰を決定するのはその地域を管轄する領主だ。

 エーゲリアの領主は目立たない平凡な貴族であり、日和見主義で有名な男である。

 

 そんな彼はエーゲリアの罪人への刑罰の判断は、ほぼフォルモントに押しつけてきた。

 そのため、今回のライト公爵からの書状も領主からフォルモントへと転送されてきたというわけである。


 つまり、領主は「公爵令嬢であるソレイユが火刑を所望し、その父がこうして書状を送ってきたのだから、ルーナ・ニュクスは火刑でよろしく頼む」と言ってきているわけだ。


 刑の執行をするのは管轄の騎士ということになっている。

 つまり、領主はフォルモントに婚約者であるルーナを焼いてしまえと命令しているのだ。


 しばしの沈黙が執務室に流れる、フォルモントは気持ちを落ち着けてアイゼンに向き合った。


「ルゥは、ちゃんと話してくれたんだよな? ソレイユが配っていた薬は全部ルゥが脅されてつくっていたことも、魔力増幅薬を異常に強化したのはソレイユだってことも」


「はい。ライト公爵にも報告はしましたが、聞き入れて頂けず証拠を出せの一点張りで……。ライト女子は涙に伏せっておられました」


「証拠がないのは、ソレイユだって一緒だろうに」


 憎々しげに奥歯を噛みながら、フォルモントは書状を睨む。


 ライト公爵はソレイユが「ルーナに脅されて魔力増幅薬を配らされた」と泣きついた結果、慌ててエーゲリアにやってきた。

 ライト公爵は穏やかで優秀な王族だという話を聞いていたが、娘のこととなると親馬鹿になってダメらしい。

 こちらの話は一切通じず、ソレイユが望むまま火刑を所望する始末だ。


「ルゥは元気か?」


 ぽつりとフォルモントは訊ねる。


 ルーナが連れて行かれて以来、フォルモントは彼女の顔を見ることすらできていない。

 騎士が罪人の身内である場合、その騎士は罪人との接触を一切禁じられることはルールだ。

 ルーナへの聞き取り調査も、すべてアイゼンが担当した。


 フォルモントの問いに、アイゼンは静かに頷く。


「ええ。星空の泉の管理は大丈夫なのかという話と、隊長の心臓の心配ばかりされています。星空の泉については、王都のベテラン金剛級国家魔術が現在は担当してくれていることを伝えると安堵していました」


「そっか」


 相変わらずのルーナに、フォルモントはふっと笑ってしまう。


 自分が連れて行かれてしまうときですら彼女は星空の泉のことを気にしていた。

 仕事熱心で故郷を愛する彼女が、なぜ火刑になんかされなければならないのか。

 考えるだけで頭が痛んだ。


「隊長も心臓を診てもらってください。ニュクス女史は、本当に心配されていましたよ」


「ルゥが火刑に処されるなら、その時オレも一緒に炎に包まれる。それなら、心臓なんて大事にしてたって仕方ないだろ」


「……火刑は避けられないのでしょうか」


 勤勉な騎士であるアイゼンの発言として、その言葉はありえないものだった。


 貴族の中で働く騎士は完全なる縦社会。

 上が右と言えば、どんなに残酷な選択であっても右を選べる者が有能とされる。


 真面目なアイゼンが、上に逆らおうとしている姿にフォルモントはうつむけていた顔をあげた。


「こんな発言は許されないことだとわかっております。ですが、ステラもエーゲリアの民も、そして私自身もニュクス女史が罪に問われていることに戸惑っています。多くの人々が、ニュクス女史が今まで通りに暮らせることを望んでいることは確かです」


 騎士であるフォルモントやアイゼンは、ルーナの証言を公言できない。

 そのため、エーゲリアの人々が得られる情報はソレイユの証言のみだ。


 彼女は毎日泣きむせび、慰める人々にルーナがどれほど恐ろしい脅しをして、ソレイユに魔力増幅薬をばらまかせたかを語っているらしい。

 今までなら全員がルーナのことを悪しき魔女だと言って、石を投げたことだろう。


 だが、人々はルーナに出会ってしまった。

 命懸けで魔力暴走に立ち向かい、大勢の前で照れ笑いを浮かべながら名前を呼んで欲しいとお願いし、贈り物をすれば頬を染めて不器用に「ありがとう」と言う。

 そんな彼女が、エーゲリアを危機に陥れてまで人望を欲する人間だと思える人は少なかった。


 エーゲリアの人々は、騎士団本部に押しかけては「ルーナが本当にそんなことをしたのか」と訊ねてくる。

 ルーナは人々に愛され始めようとしていたのだ。

 そんなときに、偽りの訴えを起こしてルーナを排除しようとするソレイユには怒りしか湧かなかった。


「アイゼン。オレは隊長として、このエーゲリア防衛隊の全員を悪役にはできない。……だから、ルゥは火刑に処す」


 アイゼンがごくりと息をのむ。

 目を見開いているアイゼンに対し、フォルモントは淡々と続けた。


「急いだ方がいいだろ? 明日には街の外で執行だ。準備しといてくれ」


「……いいのか?」


「勤務時間終わったか?」


 フォルモントは言いながら時計を確認する。

 アイゼンの口調が砕けたのと同時に、彼の勤務時間は終了していた。


「なら、こっからはオレとアイゼンの秘密だな。火刑は執行する。だが、ルゥは殺させない。オレはルゥと一緒に今夜亡命する」

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