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幸福な悪しき魔女 05


「あ、あたしは症状を聞いたんだけど」


「だから、症状を答えたんだよ。媚薬? 惚れ薬? よくわからんけど、その手のやつだとは思う。ルゥに会いたくなって帰ってきた」


 言いながらフォルモントはルーナの顔を覗き込んでくる。


 なるほど、フォルモントの言うことは正しいのだろう。

 彼の群青色の瞳は濡れ、なにかを耐えるように舐めた唇は血色が良い。

 頬から耳まで蒸気している彼の顔は、切なげに歪められていた。


 匂い立つような色気をまとったフォルモントの瞳を見ていると、ルーナまで気がおかしくなりそうだ。

 慌てて視線をうつむけると、フォルモントがルーナの頬にゆっくりと触れ、その手をゆるゆると首筋に滑らせた。

 そのまま鎖骨をかすめて、彼の手はルーナの背に回る。

 

 愛撫(あいぶ)されるような手つきに、ルーナは思わず身を震わせた。


「……ソレイユは、あんたが好きだったから」


「みたいだったけど断ったよ。こんな薬盛られても、オレはルゥのことしか考えられなかった」


 話題をそらそうと思ったのに大失敗だ。

 フォルモントはルーナを抱きしめたまま、頬をすり寄せるようにして返事をしてくる。


 フォルモントの体が熱い。


 媚薬や惚れ薬の類いには解毒薬があるが、それをつくるにはかなりの時間を要することになる。

 それならば、熱に耐えて時を過ごすか発散してしまった方が早いし楽だ。


 ルーナはフォルモントの婚約者である。

 キスもした。結構何度も。

 それならば、彼のために身を捧げることもありなのではないか。


 そんなことを考えただけで恥ずかしくて、胸がちぎれそうになる。


(あたしには、まだ無理)


 フォルモントを楽にさせることが自分にはできない。

 ならば離れた方が少しでも彼のためになるのではないか。


 ルーナは自分の勇気のなさを情けなく思いながら、フォルモントの胸板を押す。

 フォルモントと体を離そうとすると、彼はかき抱くようにルーナを抱きしめた。


「ちょ、っと。どうするのよ。こうやってくっついてても、あんた辛いんじゃないの?」


「辛すぎるけど、ここに居てほしい」


「でも、あたしは……」


「大丈夫。ちゃんと我慢するから。結婚してからにする。こんな薬に流されてなんて、いやだろ? それに、今はきっと優しくできない……」


 余裕のない彼の声が鼓膜を揺らす度に、ルーナはむずがゆい気持ちになる。


 なにかできることはないのか。

 ルーナは悩みながらも、フォルモントが望むとおり彼の腕に身を預けた。


「何か、できることある?」


「苦しいかもしれないけど、ここでこうやってオレに抱かれてて」


 きつく抱きしめられながらもルーナはこくんと頷く。


 それからしばらくの間、フォルモントは耐えた。

 抱きしめたルーナの背を時折なでさすりながら、熱い息をこぼして耐えた。


 しばらくすると、熱は去ったのだろう。

 深い息を吐いたフォルモントはルーナを腕から解放して、彼女の頭をぽふぽふと撫でる。

 その表情には疲れが滲んでいた。


「はー、ありがとう。不安にさせてごめんな」


「……もう、大丈夫なの?」


「ああ。心臓も体も問題なしだ」


 へらっと笑ったフォルモントはもう一度「ありがとう」と礼を言いながら、ルーナの頬に口づけてくる。

 ちゅっと鳴ったかわいらしい音に、ルーナは頬を朱に染める。


 照れ隠しに「もう」と言ってルーナが立ち上がると、フォルモントもくすくす笑いながら腰を上げた。


「それにしても良き魔女のつくる薬にしては効果薄かった気がするんだけどな。愛の力?」


 おどけるように言うフォルモントは、ソレイユが配っている薬がルーナがつくった薬だなんて事実は知らない。


 エーゲリア防衛隊隊長であるフォルモントにその事実を告げてしまえば、ソレイユはもしかすると罪に問われる可能性もある。


 ソレイユはフォルモントが心臓代替(だいたい)術式を使用しているとは知らなかったはずだ。

 媚薬を盛られた結果、彼の心臓に大きな負担をかけてしまったということにも彼女は気がついていないだろう。

 それでも大切な人を傷つけられたことは事実だ。


 ルーナはソレイユへの怒りから、良き魔女の薬をつくっているのは自分だという事実を口にしてしまおうかと思った。

 だが、それを押しとどめたのはやはり星空の泉にある装置の管理は自分にしかできないということだった。


 星空の泉の管理に後継者が見つかれば、ルーナは国家魔術師なんていつでも辞めてしまっても構わないと思っている。

 だが、この難しい術式を理解できる人間なんてこの世に一握りしかいないだろう。


 今しばらくの間、ルーナはエーゲリアを守るために国家魔術師であり続ける必要がある。

 ソレイユに邪魔をされるわけにはいかなかったのだ。


「……ルゥ、どうした?」


 ツッコミがなかったことが不審だったのだろう。

 きょとんとするフォルモントにルーナは首を横に振った。


 やはり、良き魔女の真相は告げられない。


「フォルはあたしのことが好きだなと思っただけよ」


「今更? ずっとめちゃくちゃ好きだろ。匿名で貢いじゃうくらい」


「そうだったわね」


 ふっとルーナが笑うとフォルモントも嬉しそうに笑う。

 こういう瞬間がルーナにとって、とても幸せな瞬間だ。


 苦しげに帰ってきた彼を見て、一時(いちじ)はどうなるかと思ったが、何事も無く済んでよかった。


 ソレイユの告白をフォルモントは断ったようなことを言っていた。

 告白して玉砕したのならば、ソレイユも彼のことは諦めるしかないだろう。


 これから先は平穏無事に、この穏やかな幸福のときを過ごせる。


 そう信じていたルーナは、疲れた表情をしていたフォルモントに寝るように声をかけた。


 もう時刻は深夜を過ぎて早朝に近い。

 ルーナの言葉に従って、「おやすみ」と軽いキスをしてくれたフォルモントは大人しく2階に上がっていった。


 フォルモントの手を(わずら)わせることのないよう、少し片付けをして寝ようとしていたその時。

 ドアがコンコンと静かに鳴った。


 深夜の訪問なんて(ろく)なものではない。


 ソレイユが文句を言うついでに薬を取りに来たのだろうか。

 

 2階で寝ているフォルモントがノックに気がついている気配はない。

 ルーナはドアに付いている覗き窓から外を見る。


 そこに立っていた意外な人物に、ルーナは小さく声をあげた。


「アイゼン……?」


 ドアの向こう側。


 騎士の出で立ちをしたアイゼンは、数名の騎士を連れて神妙な表情を浮かべていた。

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