幸福な悪しき魔女 04
「できたわ」
思い出を一生忘れないように鮮明に覚えておく方法。
ルーナが思い付いたのは、その時の状況を再現できる魔術だった。
かなり集中した作業だったが、ルーナにとって難しい術式ではなく1日の間にその魔術は完成した。
試作品の魔石を起動すると、魔石から飛び出した光の粒子がルーナが魔石に手を振る姿を形取り始める。
これはさっき魔石に記録していた映像を光の粒子が再現している状況だ。
完成したそれは商品化するにあたる出来映えだったが、ルーナの脳内にはフォルモントのタキシード姿しか浮かんでいない。
ルーナは結婚式なんてものを自分が挙げることも想像したことがなかったのだが、いざ挙げるとなると純粋に楽しみだ。
フォルモントの喜ぶ姿を永遠に覚えておきたいから、きっと魔石に保存した結婚式の映像をルーナは毎日見返すことになるだろう。
想像するだけで、むふふと笑ってしまっていたルーナの背後でドアの鍵が回る音がする。
この家に存在している鍵はふたつ。
ひとつはルーナのもの。
そして、もうひとつは同居する際にフォルモントのためにつくった鍵だ。
ルーナの鍵は恐らく部屋の隅にある本の山の下に埋まっているはず。
だから、回った鍵はフォルモントのもの以外にはありえない。
研究に没頭しすぎていて、ぐちゃぐちゃになってしまっている室内を見回したルーナはあわあわと立ち上がる。
こんなに散らかしていたら、フォルモントに「もう少し片付けないと転んで怪我したらどうする」と叱られてしまうかもしれない。
とりあえず手近にあった魔術書を抱えて片付けようとしていたところでドアが開いた。
「ただいま」という優しい声がする。
そう思っていたのに、声が聞こえない。
魔術書を本棚に押し込めようとしていたルーナが不思議に思ってドアの方に顔を向けると、そこには胸を押さえて壁に寄りかかるフォルモントがいた。
「フォル……? フォル? どうしたの!?」
ドアをくぐると、フォルモントは苦しげに床に膝を突く。
ルーナは駆け寄って、彼の前開きのシャツのボタンを開けた。
彼になにがあったのか。
自分に助けられるようなものなのか。
不安で震える手は、ボタンを外すだけのことにいつもより時間がかかってしまった。
もう見慣れた彼の胸に埋まる赤い六角形の魔石。
それに触れて術式を展開したルーナは、顔色を変えた。
「なにこれ。ほんとにどうしたの? 昨日までこんな数値じゃなかったじゃない」
「ッは、なんか混ぜられたなこりゃ」
床に転がるフォルモントは赤い顔を腕で覆って、苦しげに言う。
数値を正常値に打ち込み直しながら、ルーナは険しい表情を見せた。
「薬でも混ぜられたってこと?」
「ああ、たぶん」
「誰によ」
エーゲリアには多くの魔術師が存在する。
魔術師であれば、簡単な薬はみんなつくることができるはずだ。
薬を盛った犯人がわからないとすれば、容疑者が多すぎる。
怒りを含んだルーナの声に、フォルモントはふうと息を吐いた。
「かばう必要もないか。余計な心配かけたくないしな。ソレイユ・ライト様だよ」
「ソレイユ……?」
フォルモントが掠れた声で告げたその名に、ルーナは眉をひそめる。
ソレイユは薬なんて、もう何年もつくっていなかったはずだ。
彼女はルーナのつくった薬をばらまいて、良き魔女としての地位を確立してきた。
心臓の数値を見るに、血流を増幅させる効果があったことは間違いないが、なんの薬を投与されたのかまでは判別できない。
わざわざ数年ぶりにソレイユが薬をつくったとして何の薬を盛ったというのか。
「他に症状は?」
心臓の数値は正常値に戻った。
術式を閉じて、彼のシャツのボタンに手をかける。
訊ねた質問は、ソレイユが盛った薬の正体を知りたかったからだ。
心臓代替術式の調整では、心臓にかかる負担しか取り除くことはできない。
何かしらの症状が他にあるのであれば、今すぐに何か薬を煎じる必要があるかもしれない。
心配しながら訊ねた質問の答えは得られず、ルーナがボタンを掛けていた手はフォルモントに掴まれる。
その手の力強さに驚いていると、ゆっくり起き上がったフォルモントにそのまま抱きしめられた。
前開きのシャツは開いたまま。
ルーナの頬が当たるのは、赤い魔石が埋まった素肌の胸だ。
筋肉質な胸板をその頬に感じながら、ルーナは「ひぇっ」と情けない声を漏らした。
何事なのだろう。
困惑するルーナの耳に吐息がかかる。
熱っぽいフォルモントの吐く息に、背筋がぞわりと粟立った。
びくりと肩を跳ねさせて身を固めていると、フォルモントはルーナの耳朶に唇をくっつける。
そのまま彼は、低い声で囁いた。
「ルゥが好きで好きで、苦しい」