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幸福な悪しき魔女 02


「えっ、今日飲み会だっけ?」


「半期に一度の飲み会の日を決めたのは隊長ですよ」


「ソウデシタ」


 勤務時間が終了し、意気揚々とルーナの待つ家に帰ろうとしていたフォルモントは、がっくりと肩を落とす。


 アイゼンの言うとおり、この飲み会の日程を組んだのはフォルモント自身だ。

 騎士団には半期に一度、士気を高めるための飲み会をする予算が各隊に組まれている。

 エーゲリア防衛隊もそれは例外ではなく、この飲み会は業務の一環のようなものだ。


 今までは苦でも何でもなく楽しんできた飲み会だが、ルーナと暮らし始めてからははじめての飲み会だ。

 待っていてくれる人がいるときの飲み会というものが、こんなにも面倒なものだということは初めて知った。


「嫁さんがいる連中が飲み会断る理由がわかった気がするな」


「まだ結婚もしていないのに気が早いですね」


「婚約中が一番結婚に夢見る時期なんだよ。とはいえ、オレが欠席するわけにもいかんわな」


 気合いを入れて立ち上がったフォルモントの執務机の上には、もう書類が一枚もない。

 今まではうずたかく積まれるばかりだった書類仕事だが、ルーナと暮らし始めてからはフォルモントは勤務時間内に速やかに終えている。

 

 アイゼンは伸びをするフォルモントを見て小さくため息をこぼした。


「やればできるんですから、今までも書類仕事もがんばってくださっていればよかったのに」


「仕事してないと、辛いことばっか考えちまうだろ? 今はそうじゃなくなったから、仕事早く終わらすことにしたんだよ。残業代せびったりしてないんだから、許してくれよ。な」


 「まったく」と言いながら眼鏡を押し上げるフォルモントから逃げるように部屋を出たフォルモントは軽やかな足取りで酒場へと向かう。


 騎士団行きつけの酒場には、既に騎士達が待っていた。

 フォルモントの姿を見つけて、盛り上がった騎士達はすぐに彼を輪に入れてくれる。

 騎士達は酔っ払いまみれだ。


 フォルモントが隊長になってからというもの、エーゲリア防衛隊に所属する騎士達の飲み会は無礼講だ。

 先輩に注がなければならないだとか、乾杯の音頭は全員がそろってからだとか、そんな面倒なルールはフォルモントが取っ払った。

 「飲むときは好きに楽しく、飲みたい奴だけ飲んで、帰りたいときに帰れ」というのがフォルモントの考えだ。


 だから、エーゲリア防衛隊の飲み会に基本的に主役はいつも存在しない。

 だが今回はなぜかフォルモントは輪の中心にあれよあれよと連れ込まれた。


「なんだよ、おまえら。どうした。なんかオレに言いたいことでもあんのか?」


 ビールジョッキを渡されたフォルモントは周囲を囲む赤ら顔の騎士たちを見回す。


 飲み会は無礼講。

 フォルモントは飲み会のときに言う文句は聞いてやると、部下に公言している。


 なにか文句を言われるのかと内心身構えながらも、目を眇めて首を傾げると、騎士たちは懐から何かを取りだした。


「「「婚約おめでとうございます! 隊長!!」」」


 パーンと鳴り響いたのはクラッカーの音だ。


 飛び出してきた紙吹雪と紙テープを頭から浴びたフォルモントは、くっくと喉を鳴らして肩をすくめる。


「なんだよ。おまえらにはまだ言ってないだろ?」


「副隊長におっしゃいましたよね。副隊長から聞いて、今夜は祝福を伝えようという話になっていたんです」


「アイゼン副隊長、クールな顔してすっごい嬉しそうでしたよ」


「よがっだでずね! だいぢょう!! 俺はでっきり、ルーナさんはダレカって奴がずぎなんだど……!」


 最後に鼻水を垂らしながら涙声を出したのは、フォルモントに誰かさんの情報を教えてくれた騎士だ。

 

 いつかこの想いを伝えようと思っていたことは事実だが、タイミングが難しいと意考えていたのは事実。

 告白するきっかけを与えてくれたのは、この騎士が掴んだ複雑すぎる三角関係の情報だ。

 結果的には、ルーナが誰かさんを好きだったという情報は誤りだったわけだが、きっかけになったことは事実。


「おまえのおかげだよ。ありがとな」


「だいぢょう……!!」


 フォルモントが涙する彼の肩をたたいて礼を言うと、彼は滝のように涙を流す。


 周囲がどっと笑いに包まれ、フォルモントが皆に礼を言う中、飲み会はいつも通りの和気藹々とした空気に戻っていく。


 フォルモントも飲み会を楽しみつつ酒を飲んでいたのだが、今日はどうにも酒の回りが早い。

 浮かれてペースが速かったかもしれないと反省して、水を飲んだところでふわふわと浮いたような心地は変わらなかった。


「大丈夫ですか? 顔色がよくありませんよ」


「……ライト女史?」


 水を飲み切ってしまったグラスを片手に、傍らの騎士の話に相槌を打っていたフォルモントは新しい水を差しだしてきた店員を見てギョッとする。

 

 ミルクティー色のウェーブを描くロングヘアを結い上げ、桃色のうるんだ瞳でこちらを見ている彼女はソレイユ・ライトで間違いない。

 だが彼女は国家魔術師であって、酒場のウェイトレスではなかったはずだ。


「なんでここに?」


「家がご近所ですから、時々ここのお店のお手伝いをしているんですよ。ね、店長」


 ソレイユが微笑みかけると、カウンターの向こうで店長がでれっとした笑みを浮かべる。


 ルーナを悪く言うことがあるソレイユがフォルモントは苦手だ。

 だが、彼女は国家魔術師であり、公爵令嬢。さらに、ルーナの同僚だ。

 おかしな態度をとってルーナに悪影響が及ぶことだけは避けたい。


 フォルモントは笑顔でソレイユから水を受け取った。


「なるほど。こんな夜遅くまでご苦労様です」


「先ほど聞こえたのですが、ご婚約なされたのですか? あの子と」


 微笑むソレイユにフォルモントは「ええ」と今日一番の笑みで答える。

 ソレイユがルーナの名を未だに呼ばないことは不愉快でしかなかった。


 ソレイユはフォルモントの表情を見て、渋い顔をする。

 怪訝(けげん)に思っていると、ソレイユはフォルモントの耳に唇を寄せた。


「フォルモント様。少々お話があるのです。少しお時間よろしいですか?」


 「お願いします」と切ない表情で言われると、断るわけにはいかない。

 もしかすると仕事の話をされる可能性だってあるからだ。


 フォルモントは神妙に頷くと、「お、さっそく浮気ですか?」とからかってくる騎士に「絶対ないし、ルゥが不安になるから二度と言うな」と釘を刺しながら、ソレイユとともに外に出る。


 人の少ない建物の影まで来ると、ソレイユは振り返った。


 フォルモントは頭がぐらぐらと揺れるような気分を感じていた。

 いつもの酔いとはまったく違う。

 喉の奥が渇くような妙な感覚だ。


 体調はいまいち。

 だが、それを表に出すことなくフォルモントは微笑む。


「ライト女史。お話と、は」


 言い終わる直前。

 駆け寄ってきたソレイユがフォルモントの胸に抱きついた。


「好きです。フォルモント様。どうか、抱いてください」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 抱いてください(火の玉ストレート)。わしが抱いてやるから覚悟しろぉおおおおお! [一言] まぁ、追い詰められたら女の奥の手使いますよね。
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