告げられる悪しき魔女 03
(誰かさんが、フォル?)
珍しく緊張した表情で身を固めているフォルモントを見つめるルーナの目は大きく見開かれている。
ルーナは賢い少女だ。
フォルモントが嘘を吐いていないことには気がついている。
言われたことが理解できなかったわけでもない。
処理ができなかっただけだ。
頭の中に、今まで誰かさん宛に書いた手紙の数々が駆け巡る。
手紙の中のルーナは、普段のルーナよりずっと素直な少女だった。
『寂しい日もあるから、誰かさんのお菓子が心の支え』と綴ってしまったこともある。
フォルモントと同居が決まったときなんて『嫌われないように過ごしたいと思います』と、その嫌われたくない相手に伝えていたことになる。
そんな羞恥にルーナが耐えられるはずもなかった。
「は? へ? フォルが? 誰かさん?」
「ルゥ!?」
脳が処理を完了した瞬間、ルーナは真っ赤な顔でへにゃへにゃと座り込んでしまっていた。
心配して一緒にしゃがみこんでくれたフォルモントに、顔を見られたくなくて両手で隠す。
「泣いてるのか?」というフォルモントの困惑した声に、ふるふる首を横に振った。
「な、いてない。びっくりして。どうしたらいいのか」
「……今まで黙っててごめん」
動揺しながらも、ルーナはぎこちなく首を横に振る。
バスケットに浮かれるルーナを見て、フォルモントが内心でからかうような人間だとは思っていない。
彼はきっと恥ずかしがり屋のルーナに打ち明けるタイミングを迷っていて、今回勇気を持って伝えてくれたのだ。
フォルモントは、謝るようなことはしていない。
それよりもルーナは誰かさんに会ったら、聞いてみたいことがあったのだ。
それを誰かさんである、フォルモントに聞いてみなくてはならない。
羞恥心を押し殺し、手をそっとどかして赤い顔を晒す。
恥ずかしさの限界に潤んだルーナの赤い瞳を見て、フォルモントが申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうだよな。そういう顔になっちゃうよな。ごめんな」
「違うの。本当に、謝らなくていいの。あたしのこと、気遣ってくれてたのはわかってるから。それより誰かさんに、聞きたいことがあったの」
「なに?」
フォルモントの群青色の目が、こちらを覗き込んでくる。
夜空を閉じ込めたような瞳の美しさに心がときめく。
ルーナは緊張で震える唇で、長年の疑問を問いかけた。
「どうして、あたしに優しくしてくれるの?」
誰かさんが何者なのか。
ルーナは4年間のやりとりをしている間、全く知らなかった。
だからこの人はどうして優しくしてくれているのだろうというふんわりとした疑問を抱いていたのだが、誰かさんの正体がわかった今、その疑問は深まっている。
フォルモントは、いつだってルーナに優しい。
部屋の片付けや食事などの世話を焼いてくれるだけではない。
ルーナの体調をいつも気遣い、ルーナが悪しき魔女と疎まれていることに対して心から怒ってくれていた。
だが、その優しさに感謝はしていたが疑問を抱いたことはあまりなかった。
なぜならフォルモントがエーゲリアの防衛隊隊長であり、ルーナに心臓のメンテナンスを頼んでいるからだ。
エーゲリアの防衛隊隊長だから、腐ってもエーゲリアの民であるルーナに優しくしてくれているのかもしれない。
世話をすることはルーナに心臓のメンテナンスを頼んでいる礼だとも、フォルモントは言っていた。
その2つの理由で、彼の親切に感謝しながらも納得していた。
だが4年前からのバスケットの贈り物は、その理由では納得できない。
4年前のルーナはフォルモントが心臓代替術式を使用しているだなんて知らなかった。
エーゲリアの防衛隊隊長が忙しい仕事の合間を縫って週に何度も夜の森まで菓子を入れたバスケットを置きに来るなんて、普通はできない。
なぜ、フォルモントはそこまでルーナに優しくしてくれるのか。
その疑問に、フォルモントは心配そうに下げていた眉尻を上げた。
唇を舐めて逡巡し、一瞬背けた視線をルーナに向ける。
その瞳には覚悟と緊張が滲み、賢いルーナはなんとなはなしに彼が次に言う言葉を察してしまった。
(は? そんなわけないでしょ。だって、フォルよ? あのフォルよ?)
ルーナはフォルモントへの気持ちを片思いだと、ずっと思ってきた。
だから、こんな空気になるなんて想像もしたことがなかった。
まさか告白されるなんて、そんなはずない。
そう思っていたのに、フォルモントはルーナの目をまっすぐに見て力強く告げた。
「好きだからだよ。ルゥのことが」
「ひぅっ!?」
驚いて空気を吸い込んでしまった結果、喉からおかしな音がした。
だが、フォルモントは容赦ない。
ルーナにその綺麗な顔を晒し続けながら、彼は告白を続けた。
「正直に言う。最初にルゥに会ったときは礼儀のなってない子だなと思った。あと、村が不作だったときの妹に似てるとも思った」
「村が、不作?」
「ルゥ。今よりずっと痩せてただろ。手首なんて枝みたいで驚いた。この子は、このままじゃ死んじまう。でも、オレがなにかやったところで素直に受け取る感じの子じゃない。
そう思ったから、匿名でバスケットを置いたんだ。食べてくれるかは賭けだったんだけどな」
フォルモントは、へにゃりと相貌を崩す。
ルーナはぽかんとしたままフォルモントの話に小さな相づちを打っていた。
「賭けはオレの大勝利。ルゥは食べてくれただけじゃなく、かわいい手紙まで返してくれた。会ったときの印象からは考えられないくらい可愛い手紙で驚いた。年相応な女の子らしい手紙で、天才国家魔術師もただの女の子なんだって微笑ましかった」
「う、うん」
「そこからはもう不思議なもんだったよ。ルゥの返事が来ることが楽しみになって、死んだ仲間のことばっか考える日常にルゥのことを考える時間ができた。
ルゥは何を食べたら喜ぶか。次はどんな返事が来るのか。あの子は寂しがってないか。元気にしてるか。どうやったら、エーゲリアにあるルゥへの誤解を解けるのか。
そうやってその人のことばっかり考えるのは、恋だよな?」
月色の目を柔らかく細めて、そんなことをそんな風に聞いてくるのはずるすぎる。
ルーナはなんと答えれば良いというのだろう。
会話経験すら乏しいルーナだ。
告白された経験なんてあるわけもない。
しかも片思いだと思っていた相手からの告白だ。
どう対応していいのかなんてわかるはずもない。
嬉しくて恥ずかしくて、ドキドキして。
居ても立ってもいられないような気持ちのままルーナが小さく頷くと、フォルモントは笑みを深めた。
「オレはルゥが好きだよ。好きだから優しくしてるし、甘やかしてる。ルゥがオレがいなきゃ呼吸もできないような女の子になってくれればいいのにって思ってる。その気持ちは変えようがない。困らせてごめんな」
「困る? あたしが?」
緊張で喉の奥が引き絞られたような声が出る。
フォルモントは優しく微笑んだまま、小首を傾げた。
「ルゥはオレの顔のファンなわけだろ? 同居してる男にそんな下心があるなんて、ルゥも困るだろ」
「……へ?」
「オレは下心があって、ここに来たよ。本当のことを言うとルゥと一緒にいる時間を増やしたくて、この家に来た。ルゥの嫌がることをするつもりはないし、了承がなきゃ手も出さない。
けど、ルゥが不安だってんなら出て行くよ。どうしたい?」
困ったような彼の目に、ルーナはハッと気がついた。
そうだ。言わなければ伝わるはずがない。
恥ずかしかろうがうまく言える気がしなかろうが、フォルモントが伝えてくれたようにルーナも伝えなければならない。
それは想いを伝えてくれた彼に対する誠意だろう。
ルーナは爆発しそうな心臓を胸の上から押さえつけて、ブンブン首を横に振る。
そして、覚悟を決めてフォルモントを見つめた。
「つた、伝えたい! ことがあるの!」