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告げられる悪しき魔女 01


「あ゛あ゛、夜勤嫌いだ……」


「ええっ? 隊長は仕事大好き人間だったじゃないですか! 仕事しないと生きてる資格ないだろとか言っちゃって」


「生きてる資格については考えちまう癖が抜けないんだがな。ほら。うちでかわいい子が夜更かししてるかもと思うと心配で心配で……」


「ああ、なるほど。ぼくが昨日彼女にフラれたばっかりだって話、さっきの休憩時間でしましたよね? 忘れちゃいましたか?」


 夜の見回りを行っていたフォルモントを、隣の若い騎士が睨み付ける。


 エーゲリアの真上に月がのぼる時間。

 深夜の街は静かで、時折道ばたで寝ている酔っ払いを家に送り届けることくらいしか仕事はない。


 暇であることは確かだが、騎士が暇な街はすなわち良い街である。

 この街の安全を守っているのが、自分が愛してやまないルーナ・ニュクスなのだと思うと、フォルモントは誇らしい気持ちでいっぱいになった。


 そんなルーナを夜にひとりにして、仕事をがんばりすぎていないだろうかと心配しているフォルモントの後ろ。

 フラれた騎士の他にもうひとり、夜勤の見回りに同行していたのはよく本部の門番をやっている若い騎士だ。


 よく喋る気さくな彼が今日は一言も話さない。

 フォルモントがちらりと振り返ると、慌てて視線をそらして気まずそうにする彼は今日の昼は非番だったはずだ。


 部下思いのフォルモントとしては放っておけず、歩調を緩めて背後の彼の隣に移動した。


「よお。体調でも悪いのか? 具合悪いなら休んどけ? 無理してついてきてもらうほど、英雄フォルモントの腕は鈍っちゃないぞ」


「隊長の腕は心配していません。……隊長の恋路を心配しているんです」


「オレの恋路?」


 フォルモントがルーナとひとつ屋根の下で暮らし始めたことは、先日の魔力暴走事件以来、エーゲリアでは周知の事実だ。


 英雄騎士さまは森の奥の照れ屋でかわいらしい魔女にご執心だということで、エーゲリアの人々は微笑ましくその恋の行方を見守ってくれている。


 フォルモントもそんな街の雰囲気の中で、ルーナへの恋心は一切隠していない。

 むしろ街全体が味方になってくれているのだから利用しない手はないと、「応援してださーい」という声援を求める意味としても大々的に公表している。


 だから、この若手騎士の言う隊長の恋路は、フォルモントからルーナへの恋という意味で間違いはなかった。


 ルーナに何かあったのだろうか。

 途端に堅い雰囲気をまとったフォルモントに、若手騎士は緊張でごくりと唾を飲み込む。


「この情報を聞いたら、隊長はショックを受けられると思うんです。でも、英雄である隊長が失恋だなんて、あまりにも気の毒で……」


「いや、英雄だろうと何だろうと失恋するときゃするんだからしょうがないだろ。ていうか、失恋するかはその情報を聞いてから決めっから、言ってみろ。なんだ? ルゥになんかあったか?」


 フォルモントは自身の失恋よりもなによりも、ルーナに何かあったのではないかということを心配していた。


 フォルモントの焦燥を感じ取ったのだろう。

 若手騎士は意を決したように口を開いた。


「中途半端ににおわせて、すみません。伝えるべきか迷っていたんですが、もうこうなったら伝えさせてください。

 自分めちゃくちゃ甘党で、今日はカフェでパンケーキを食べたんです。その時、たまたまルーナさんとステラ様が後ろの席に座って。聞くつもりはなかったんですけど、聞こえちゃったんですよ。……恋バナが!」


「まさか、ルゥに好きな奴がいるってのか!?」


 フォルモントの声が通りに響く。


 前を歩きつつも聞き耳を立てていたフラれたばかりの騎士が「しー!」と人差し指を立てたので、フォルモントは慌てて口を両手で押さえた。


 険しい表情をする若手騎士に「おい」と小声で詰め寄る。


「誰だ誰だ。オレのルゥを惑わしてやがるのは」


「ダレカっていう奴らしいですよ」


「ダレカ」


 フォルモントはポカンとしてしまう。


 ダレカ。……誰かさん?


 誰かさんといえば、ルーナの家のポストの下にバスケットに入れたお菓子と手紙を置いていく謎の人物だ。

 その正体は紛れもなくフォルモントである。

 この事実はアイゼン以外には知られていない事実だ。


 つまり、とてもややこしい状況だ。

 フォルモントはルーナが好きで、ルーナは誰かさんが好き。その誰かさんは、実はフォルモント。


 複雑な三角関係に気がついたフォルモントは「ふむ」と腕を組む。


 英雄騎士が神妙な表情で腕を組む姿は、若手騎士からすれば恐ろしい作戦をたてているようにしか見えなかっただろう。

 彼は「ひえっ」と情けない声をあげた。


「ダメですよ、隊長! 人殺しなんて(くわだ)てないでくださいね! ルーナさん以外にも、この世には星の数ほど女の子がいるんですから!」


「バッカ! 星の数ほど女の子はいても、ルゥはこの世でひとりしかいないだろうが!」


 大声を出すふたりに、再びフラれた騎士が振り返って怒りの表情で「しー!!」と人差し指を立てる。


 今度は若手騎士とふたりして口を両手で覆ったフォルモントは、小さくため息をこぼした。


(さて、この複雑すぎる状況をどうすれば、ルーナの羞恥心を爆発させずに伝えられんだ? どう考えても無理だろ)


 そんなフォルモントの悩みなんて当然わからない若手騎士は涙を拭う。

 優しい彼は、憧れの上司の失恋に人知れず泣いていたのだった。

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