脅しをかける悪しき魔女 03
「ステラ様は、この方とお知り合いだったのですね」
「ルーナ師匠はわたくしにお薬のつくりかたを教えてくださっているのですわ! 門外不出ではないお薬もあったそうで、今日ははじめてお薬をつくりましたのよ。ソレイユ様もぜひ見てくださいませ!」
ステラは輝く笑顔で、ルーナと一緒につくった腹痛止めの薬をソレイユに見せている。
考えてみればステラもソレイユも公爵家のご令嬢なのだ。
ふたりは親戚関係にあたるのだろうから、仲睦まじくしていることは当然なのだろう。
だが、ルーナとしては居心地が悪くてたまらなかった。
ソレイユが猫を被っている姿を見ると怖気が立つし、何よりルーナはソレイユのことが苦手なのだ。
それに友達のステラが他の人と仲良くしていると、ほんのちょっと寂しい。
ルーナはひとくちだけになってしまった残りのパンケーキを頬張り、机を睨んで時が過ぎることをひたすたに待つ。
楽しげに話していたステラとソレイユだったが、ステラが「あ! そうでしたわ!」と声をあげて鞄の中から小瓶を取りだした瞬間に和やかだった空気は終わりを告げた。
「この美容液。せっかく頂いたのですが、これを飲むとわたくし少々気持ちが悪くなってしまいますの。わたくしの体には合わなかったようですわ。申し訳ありませんが、お返しいたしますわね」
ステラが微笑みながら手にする小瓶の中で揺れたのは、虹色の液体だ。
サラサラ揺れる液体を見て、ルーナは目を見開いた。
その液体の正体をルーナは知っている。
なにせ、つくったのはルーナ本人だ。
美しい虹色の薬。
その正体は美容液なんかではない。
魔力増幅剤だ。
ルーナがステラに頼まれてつくりだしたオリジナル製品なのだから、間違えるはずもない。
だがルーナがつくった状態であれば、魔力増幅剤はもっとどろっとした状態のはずだ。
飲み心地は悪くとも、あえて水分を少なめにつくっているのである。
なぜそうするか。理由はひとつ。
水分を多く入れすぎると、魔力増幅剤の効果が高くなりすぎてしまうからだ。
水分が多ければ多いほど魔力増幅剤の効果は高まり、液体はサラサラになっていく。
魔力暴走を引き起こすことがないよう、効果を低めにするためにあえてドロドロにしていたはずの薬は、ステラの手にする小瓶の中でチャプンと揺れている。
「ステラ。その薬はソレイユからもらったの?」
「ええ。この美容液はお肌をプルプルにしますのよ! 街の方々もソレイユ様からもらっているそうで、評判もとても良いのですわよ。わたくしの体に合わなかったことが、残念で仕方ありませんわ」
心底がっかりしている様子で、ため息混じりにステラは語る。
(こんな薬を街にばらまいたっていうの?)
ルーナが愕然とした表情でソレイユを見ると、彼女は天使の微笑みを浮かべていた。
点が線になった感覚だ。
魔力増幅剤は確かにどろっとした状態でソレイユに渡したはずだ。
だというのに、液状になってしまっているということはソレイユがあとで手を加えたことは間違いない。
ソレイユはルーナの功績を我が物にして這い上がってきた国家魔術師だが、それでも薬づくりの腕を買われて国家魔術師になった人間だ。
魔力増幅薬の効果を高めることなど造作もないことだっただろう。
ソレイユは効果を意図的に高めた魔力増幅剤をエーゲリア中にばらまいた。
つまり、魔力暴走を意図的に引き起こしたのだ。
ソレイユは魔力暴走が起こることを知っていた。
だから彼女は希少なはずの魔力吸収石を、事前に用意しておくことができたのだろう。
エーゲリアで魔力暴走が増えている原因はわかった。
だがソレイユが何の目的でこんなことをしているのかが、ルーナにはさっぱりわからない。
ここで怒りにまかせて責め立ててやりたいところだが、ソレイユはエーゲリアで信頼を勝ち取っている良き魔女だ。
更に公爵令嬢であるソレイユの地位は盤石。
しかも、最悪なのがこの薬の元をつくったのは間違いなくルーナであるということだ。
ステラから渡された小瓶を受け取ったソレイユは「気になさらず大丈夫ですよ」と、ステラを気遣っている。
一頻りステラとの会話を終えたソレイユは、笑顔のままルーナに視線を向けてくる。
怒りを押し殺した無表情を顔面に貼り付けたまま、ルーナは立ち上がった。
「ソレイユ。国家魔術師として話があるわ。ちょっと店を出ましょう」
「……わかりました」
ソレイユは笑みを浮かべたまま頷く。
話があるのは、ソレイユも同じだろう。
彼女はルーナを口止めしなければならないはずだ。
魔女同士の水面下での火花にも気がつかず、純粋なステラは「まあ!」と星を宿した瞳をきらめかせた。
「国家魔術師同士の会議だなんて、かっこよすぎますわ……! ルーナ師匠。どうぞ、ごゆっくり。お仕事の邪魔はいたしませんわ。わたくしは、ここで待っておりますので、がんばってきてくださいませ」
笑顔で見送ってくれるステラが、あまりにも無邪気で少し毒気を抜かれてしまう。
ふっと微妙な笑みを浮かべてステラに「待ってて」と声をかけてから、ルーナはソレイユと店を出る。
店と店の間の暗い路地裏を笑顔で指さす彼女に頷いて、警戒しながら後を追う。
すると、突然振り返った彼女に胸ぐらをつかまれて壁に押しつけられた。
「調子に乗るんじゃないわよ。魔力暴走のからくりに気がついたからって、バラすような真似してみなさいよ? パパの力であなたなんか国家魔術師をクビにしてやるんだから」
いつも通りの脅し文句。
いつも通りの見開かれた恐ろしい目。
よくあるソレイユの脅しであったが、今回違ったのはソレイユの喉元にルーナが魔石の宿った杖を突きつけていることだった。
「口閉じなさい、ソレイユ。あんたの話を聞くために外に出たんじゃない。今日はあたしが、あんたに話があんのよ」
強い力で肩を押しつけられながらも、ルーナはソレイユを睨みあげた。