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脅しをかける悪しき魔女 02


 握手会のときの感情は一時のもので、冷静になったエーゲリアの人々はルーナのことをまた邪険にするのではないか。


 そんな不安を(いだ)く必要なんて一切なかったのだということを、ルーナはエーゲリアに到着してすぐに知ることになった。


「あ、ルーナさんだ! この間はありがとう」


「主人が突然お邪魔してすみませんでした。魔力暴走の時はうちの子を助けてくださって、本当にありがとうございました」


「いえ、仕事をしただけなので……」


「ルーナちゃん! 新商品のパンがあるんだ! よかったら持っていきな」


「わ、大きい。あ、ありがとう」


「うちはパン屋だからね。ルーナちゃんと一緒で仕事をしただけさ」


 道を歩いているだけで、いろいろなところから「ルーナ、ルーナ」と声が掛かり、持ってきていたリュックは買い物もしていないのにすぐに重くなっていく。


 隣を歩くステラは誇らしげに胸を張っていたが買い物にきたというのに、これでは落ち着かないだろう。


「ステラ。やっぱりひとりで買い物行ってもいいわよ」


「まあ! ルーナ師匠ったら、とんでもありませんわ! わたくしはルーナ師匠とご一緒におでかけしたかったんですのよ?

 でも、確かにルーナ師匠をひとりじめできないのも寂しいですわね。薬草屋さんにまずは行ってみるつもりでしたけれど、とりあえずカフェに入ってお茶しませんこと? わたくし、聞きたいことがたっくさんありますのよ!」


 目に星でも飼っているのかというくらい瞳を輝かせるステラの提案を断る理由はない。


 悪しき魔女と恐れられていた頃は入るどころか覗くこともできなかったが、ルーナはカフェでお茶という、いかにも一般的な女の子らしいことに憧れを抱いていたのだ。


 だが、そんな期待を滲ませてはみっともない。

 至ってクールに「ええ、そうしましょ」と答えて、ルーナはステラがおすすめするカフェへと入店する。


 かわいらしい丸テーブルにかかった、かわいらしいレースのテーブルクロス。

 メニュー表から店員の制服まで、全てがかわいらしいカフェはルーナの理想を体現したようなカフェだった。


「すごい。まともな女の子っぽいことしてるわ……」


「ルーナ師匠はどれにいたしますの? おすすめはパンケーキですわよ! 生クリームがたっぷりでふわふわとろとろプルプルなんですの」


 想像するだけでほっぺが落ちかけるのか、ステラは頬をおさえながらうっとりと語る。


 カフェでパンケーキなんて、まとも女子の鉄板だ。

 ルーナが速攻で「それで」と頷くと、ステラは元気よく店員に声をかけてパンケーキを頼んだ。


 そこからは、もうステラの独壇場だった。


 「恋バナをいたしましょう! こういう場所では、恋バナをするに限りますわっ」と張り切るステラは婚約者との出会いから今に至るまでの経緯、婚約者がいかに素敵で優しい男かを語りまくる。


 ルーナはステラの弾丸トークを一生懸命脳内でかみ砕きながら、途中で届けられたふわふわパンケーキを口の中でとろとろ溶かした。


「わたくしと彼の幸せな未来は、もう確定している事象ですものね。これ以上話せることは結婚式に向けて広がる想像くらいしかありませんわ。

 この辺りでルーナ師匠の恋バナを聞きたいのですが、好きな方はいらっしゃいませんの?」


 投げられるボールを必死で受け止めていたルーナは、いきなりボールを投げてみろと言われた気がして「へ!?」と素っ頓狂な声をあげる。


 ステラはその反応に、にんまりと口角をあげた。


「わかりやすい反応ですわね。ずばり、好きな方がいらっしゃいますでしょう! もしかして、フォルモント様ではありませんの?」


「ち、違う!」


 まったくもって大当たりなのだが否定してしまったのは、単に恥ずかしすぎたからだ。


 それにフォルモントには、きっとそんな気はない。

 ルーナがこんな気持ちでいることを知られてしまったら、彼は出て行ってしまうかもしれないではないか。


 真っ赤な顔で否定するルーナは、「そうです! 大当たり!」と元気よく答えてしまっているようなものだが、幸いなことにステラはあまり鋭い少女ではなかった。


「あら、そうですの? わたくしったら、てっきりそうかと思いこんでいましたわ。ごめんあそばせ。

 ですが他に想う方がいらっしゃるのであれば、フォルモント様と一緒に暮らしていて大丈夫ですの?」


「……問題ないわ」


「殿方と同じ屋根の下に暮らしていれば、あらぬ誤解をされる方もいらっしゃいますわよ?」


 ステラの心配はごもっともだが、その誤解を招くかもしれない人物のことがルーナは好きなのだから問題はない。


 だが、それを正直に話すわけにもいかず、ルーナは苦渋の決断で嘘を吐くことにした。


「あたしが好きなのは誰かさんだから。大丈夫なのよ」


「ダレカさん?」


「バスケットにお菓子と手紙を入れて届けてくれるの。もう4年も前からずっと。会ったことはないんだけど、感謝してるわ」


「ルーナ師匠もお返事をしておりますの?」


 こくんとルーナが頷くと、ステラの表情がきらめく。


「す、素敵すぎますわ! ロマンチックにもほどがあります! フォルモント様はお気の毒ですが、これはダレカさんの完勝ですわね!」


 なぜフォルモントがかわいそうなのかは、会話経験が少ないルーナには推し量ることができない部分だった。


 嘘に巻き込んでしまった誰かさんには、大変申し訳ないと思う気持ちでいっぱいだ。

 ステラに嘘を吐いてしまった罪悪感もある。

 だが、ルーナはそれでもフォルモントに好意が伝わってしまうことよりはずっとずっとましだと考えていた。


 フォルモントがルーナと一緒に暮らすことをやめてしまうことが、今のルーナにとって一番恐ろしい未来なのだ。


 「これで一本の恋愛物語が描けてしまいますわね……!」と感動しているステラの背後。

 コツコツと歩み寄ってくる人間に、ルーナはパンケーキにフォークを刺したまま動きを止める。


 その人物はステラの背後に立つと、女神のような微笑みを浮かべて小首を傾げた。


「こんなところで珍しい組み合わせですね。女子会ですか?」


「ソレイユ様!」


 振り返ったステラが楽しそうな声をあげる。


 微笑むソレイユの瞳の奥は笑っていなかった。

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