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感謝はいらない悪しき魔女 04


「申し訳なかった!」


 ルーナの家に押し寄せたエーゲリアの人々は、最前で頭を下げた男に続いて頭を下げる。


 家の前にできた人集(ひとだか)りによる突然の謝罪に、ルーナはおろおろしながら「へ?」と情けない声をあげた。


 最前で頭を下げた男の顔はよく知っている。

 ルーナがよく行く鍛冶屋の店主で、決してルーナと目を合わせることなく鬱陶しそうに鉄製トレーをぐいっと差し出してくる男だ。


 筋肉隆々のまさしく男! といった見た目の彼が、肩をしぼませて頭を下げる姿なんて想像したこともなかった。


 男は頭を下げたままルーナに話しかけてくる。


「魔力暴走が起きた日、広場の近くで子どもを助けただろう。あれは俺のせがれだ」


「あ、あの子。大丈夫だったの? お母さんも相当魔力を浴びてたでしょ……?」


「ああ、おかげさまでな! まだ少し休んでいるところだが、もう大丈夫だ。あんたのおかげだ。感謝してる!」


 おずおず訊ねるルーナに、男は大きな声で答える。

 それでも彼は頭をあげない。


「その、礼を言われるようなことじゃないわ。仕事をしただけだから」


「俺は仕事だってのに、あんたに挨拶もせずに商売してたんだ。エーゲリアの連中は大概が俺みたいな奴らだった。ほとんどの奴らが、あんたのことを理由もなく嫌って遠ざけてた。それなのに、あんたはエーゲリアを救ってくれたんだ」


「そうだよ! あたしらも、あのとき広場にいたんだ」


 男の後ろで声をあげたのは、井戸端会議中にいつもルーナを睨み付けていた主婦二人組だ。

 しおらしく頭を下げながら、ふたりは代わる代わる声を上げる。


「あたしは噂ばっかり信じて、あんたのことバカにしてた。それなのにあんたはためらいもせずに、あの魔力の渦の中に飛び込んでいったんだ。本当に驚いたよ」


「その後倒れちまったあんたを助けなきゃと思ったのに、もしかしたら触れたら腕が腐り落ちちまうんじゃないかと思うと恐ろしくて、助けることもできなかったんだ。でも、ノックス隊長がそこにいたあたしら全員を叱りつけてくれてね」


「気付いたんだよ。あんたは悪しき魔女なんかじゃない。噂はただの噂で、あんたは仕事に一生懸命なただの女の子なんだってね」


「許されることじゃないかもしれないけど、謝らせとくれよ。本当にごめんね」


 より一層頭を下げる彼女らにルーナは、もう混乱の極みに達していた。


 今まで避けられ、嫌われ、睨まれてきたというのに、今は頭を下げられ、謝られ、感謝されている。


 本当にこれは現実なのだろうか。

 なぜか誇らしげにしているステラを見て混乱を深めたルーナは、救いを求めてフォルモントを見た。


 人々を見ていたフォルモントはルーナの視線に気がついて、こちらに月色の瞳を向けてくれる。

 柔らかくその瞳は弧を描き、彼は唇を薄く開いた。


「ルゥがしたいようにすればいい。許せないなら、そう言ってやれ。どっちに転んだって、オレはルゥの味方だよ」


 フォルモントの包み込むような言葉は、ルーナの背中を押した。


 ルーナは一歩前に進み出る。

 すっと息を吸い込んで、ルーナは全員に聞こえるように息を吸い込んで声を響かせた。


「頭をあげてください!」


 ルーナの号令で、人々は恐る恐るといった調子で顔をあげる。


 ほとんどの者がルーナの顔をまっすぐに見てくれていたが、中にはまだ恐怖心が抜けきらずに視線をそらして怯えている者もいる。

 でも、それでいい。

 突然全員の目がルーナを捉えるようになったら、それこそ気味が悪い。


 ルーナをルーナとして見てくれる人が増えた。

 ルーナとして見ようとしてくれる人ができた。

 それだけで、ルーナは大満足だ。


「気持ちはわかったわ。でも、謝罪も感謝もいらない。あたしは本当に仕事を果たしただけだし、やりたいことをやってるだけ。……ただ、聞いてくれるなら、この機会にお願いがあるの」


 凜と話していたルーナの口調は、照れてしまって途端に歯切れが悪くなる。


 唇を尖らせて頬を染め、視線をちろりと横に流しながらルーナはどうにか一世一代のお願いを口にした。


「名前で、呼んで。あたしはルーナ・ニュクス。血濡れ(ちぬれ)の悪しき魔女じゃなくて、ただの国家魔術師。……なにか困ったことがあったり、どうしても体調が悪い人がいたりしたら怖がらずに相談して。エーゲリアの力になりたいって思ってるから」


 少々もじもじしてしまったが、どうにか言いたいことは言えた。

 言葉を尽くした「仲間に入れて」というお願いに、エーゲリアの人々は顔を見合わせる。


 そして彼らは笑顔で大きく頷いてくれた。

 「もちろんだ!」「よろしく、ルーナ!」という声が人々からあがると、ルーナは思わず笑みを浮かべてしまっていた。


 微笑むルーナの隣でフォルモントが唸る。


「……こりゃ失敗だ。こんな可愛い顔ドカンと披露しちまったら、ルゥのファンクラブが設立されちまう」


「あら! それなら、わたくしがファンクラブ会員ナンバー1番ですことよ」


「何言ってんだ。1番は絶対にオレの番号だろ。ステラは2番」


 隣でフォルモントとステラがくだらない言い争いをしていたが、ルーナはあまり気にしていることもできなかった。


 鍛冶屋の店主が「すまなかった、ルーナ」と涙ながらに握手をしてくると、次から次へと人々がルーナに握手を求めにきたのだ。


 気付けば夜の森にはルーナの握手待機列ができており、いつの間にか騎士服に身を包んだフォルモントがその列整理を騎士として務める事態となっていた。


 「お礼に」と渡された品を断ると、「じゃあ、お近づきの印に」と言ってその品を押しつけられてしまう。

 握手の列がなくなる頃には、ルーナの周りには贈り物があふれかえってしまっていた。


 人々の波が去った後呆然としたルーナは、初めて感じるタイプの疲労感に包まれていた。

 緊張したし、疲れた。


 でも、今日は人生で最高の日になった。

 みんなが握って「ごめんね。これからよろしくね、ルーナ」と言ってくれた手をルーナは大切に握りこむ。

 それからゆっくりと贈られた品を室内へと運び入れたのだった。

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