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感謝はいらない悪しき魔女 02


「――――ルゥ。起きられるか? 熱はどうだ?」


 視界がぼんやりする。

 聞こえる声も何を言っているのか、いまいちわからない。


 何度か瞬きをしたところで、ルーナはフォルモントが至近距離でルーナの顔を覗き込んでいることに気がついた。


「ち、近い!!」


「あだっ」


 ルーナが勢いよく体を起こした瞬間、彼女の額とフォルモントの額はゴチンといい音をたててぶつかった。


 痛みに悶絶するフォルモントを見て、ルーナは自身が石頭だったのだということを知る。

 ルーナの額は少しヒリヒリする程度で大して痛みはなかった。


「ご、ごめん。でも、近すぎるわよっ。なにしてたのよ」


「いってぇ……。勘違いさせたのは悪かった。熱測ろうとしてたんだよ」


 赤くなってしまった額をこすりながらフォルモントは答えてくれる。


 言われて自身の額に手を当てたルーナは頷いた。


「もう大丈夫みたい。手間かけさせちゃって悪かったわ」


 熱が出ていたからとはいえここまで抱えて運ばせて、その後意識を失ってしまうなんて迷惑以外の何ものでもない。

 申し訳なさ過ぎて眉を八の字にするルーナに、フォルモントは「まったくだ」と眉をつり上げて腰に手を当てた。


「オレがどんだけ心配したと思ってんだ。一晩高熱にうなされて寝込んでたんだぞ」


「一晩……。あんた今日は仕事あるんじゃないの?」


「そうだけど、今は自分の心配をしなさい」


 保護者のような口調で叱られてしまい、ルーナは唇を尖らせる。


「あれから魔力暴走は起きてないの?」


「ルーナが寝てる間に巡回の騎士が来て報告してくれたが、問題ないらしい。 改めて言うが、本当にルゥのおかげだ。エーゲリア防衛隊隊長としても礼を言う。ありがとう」


 胸に手を当てて、フォルモントは騎士の手本みたいな礼をする。

 かっこいい彼のかっこいい仕草にキュンとしながらも、ルーナは両手をパタパタ振った。


「あたしは自分の仕事をしただけなんだから。そんなのいいのよ」


 ルーナとしては当然のことをしたまでだ。

 感謝をされるいわれはない。


 しかし、フォルモントはルーナの言葉で引き下がることは無かった。


「ルゥはがんばってるよ。命の危険を冒してでも魔力暴走を止めただけでも相当がんばってる。なのに、お次は高熱がある状態で濾過装置の点検に行くって言って聞かないんだから驚いた」


「そりゃ、エーゲリアはあたしの故郷だから……」


「故郷だからって理由だけで、万人がこんなに一生懸命がんばれるわけじゃない。ルゥが悪しき魔女なんて呼ばれてるのはおかしい。絶対におかしいんだ」


 フォルモントがルーナの頭を撫でる。

 髪を混ぜるようにくしゃくしゃ撫でられると首がそれにつられてぐらぐら揺れる。

 少々乱暴ではあったが、ルーナは涙が出そうな思いがしていた。


「他の誰がなんと言おうと、ルゥは悪しき魔女なんかじゃない。ルゥは偉いよ。がんばってる。オレはルゥを尊敬してる」


 誰も考えつかなかったような術式を学会で発表して、感心されたことはある。

 「優秀だ」と褒めてもらったこともある。

 それでも、今までもらったどんな言葉よりも、フォルモントの言葉がルーナの人生で一番嬉しい言葉だった。


「な、泣いてる? どうした? どっか痛いか?」


 驚いた表情をするフォルモントに言われて、ルーナは初めて自分が涙を流していたことに気がつく。

 思わずフォルモントのシャツの胸元をぎゅっと握りしめると、彼は慎重な手つきでルーナを抱きしめてくれた。


「どうした?」


 優しい声音が鼓膜を震わせる。

 背中を撫でる手の温かさが心地良い。


 ルーナはしゃくりあげながら、首を小さく横に振った。


「嬉しくて……。わかんないけど、嬉しくて、困る」


「なんで困るんだよ」


 くっくとフォルモントが笑いながら、抱きしめる力を強める。

 彼の胸板に頬をくっつけながらルーナは「困るの」と絞り出した。


 困るに決まっている。

 こんなに嬉しい言葉をかけられたら、ルーナはフォルモントの顔ファンなんて、もうしていられない。

 彼のことを大好きなただの女の子になってしまう。


「ありがと、フォル」


「ルゥががんばってるところ、オレはずっと傍で見てるよ」


 髪を撫で梳かされていると、頭がぼんやりしてきてしまう。


 幸せってこういう感覚のことをいうのではないだろうか。

 そんなことを考えていたら、離れるタイミングを見失ってしまった。


 自分は今とても恥ずかしいことになってしまっているのではないだろうか。


 だんだん冷静になってきた頭が羞恥心に到達する直前。

 滅多に鳴らない家のドアがトントンとたたかれた。


 ルーナはフォルモントの胸板をぐっと押して距離をとる。

 彼は煩わしそうに玄関を睨んで「仕方ない」と言ってルーナを解放した。


 恥ずかしすぎるため、抱きしめ合ってしまったことには触れずに「こほん」と咳払いだけしてルーナはドアへ向かう。

 ドアノブに手をかけようとして、ルーナはフォルモントを振り返った。


「……ここにいる?」


「いるよ? 一緒に住んでることバレたって、オレはなんの問題もないから」


 平然とそう言われれば、フォルモントを2階へ追い払うこともできない。


 この家のドアをたたくのはソレイユくらいのものだ。

 魔力暴走の時の彼女は何故か入手困難な魔力吸収石を大量に持ち歩いていた。


 理由はわからないが、ソレイユは魔力暴走を予期していた可能性がある。

 そうだとすれば、今回の訪問理由は今までの中で最も悪いものである気しかしないのだが、フォルモントがいればソレイユは猫を被らざるを得ないだろう。


 最強の防具を手に入れたような気持ちで、ルーナはドアを開ける。


 ソレイユだろうと身構えていたルーナは、ドアの向こうに立つ人物を見てぽかんとしてしまった。


 プラチナブロンドの真っ直ぐすぎるほどにストレートな髪を風に揺らす少女。

 その少女は広場の中心で魔力暴走に苦しんでいた少女に間違いなかった。


 上品な佇まいは彼女が上流階級だということを、ルーナにひしひしと感じさせる。

 口を開いたまま、ルーナは呆然と知っていた名を口にした。


「ステラ……?」


「まあ! 名前を覚えてくださっておりましたのね!? そうでございますわ。わたくしステラ・ハディードと申します。先日は助けていただき、ありがとうございました。本日はお礼と図々しいお願いをしに参りましたの」


 上品そうな見た目を裏切り、ステラの会話のテンポは速過ぎる。

 会話慣れしていないルーナが理解できないままにこくこく頷いていると、ステラはプラチナの瞳に星をきらめかせてルーナの手を両手で包み込んだ。


「わたくしを弟子にしてくださいませ……!」

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