命を懸ける悪しき魔女 04
「逃げろ! 魔力暴走だ!」
「巻き込まれるぞ! 走れ走れ!」
エーゲリア市街地の中でも、最もにぎわう中央部で魔力暴走は起きていた。
走って逃げてくる人々と逆走するアイゼンとフォルモントを追っていたルーナも、空気中を漂う魔力の量に肌がビリビリするのを感じる。
これ以上近づくことは危険だろう。
同じことを考えた様子のアイゼンが足を止めた。
「我々が近づけるのはここまででしょう。ステラは広場の中心部にいるはずです」
「ルゥ、行けるか?」
「大丈夫」
フォルモントはここで避難誘導の指揮をとらなければならないのだろう。
心配そうにルーナを見る彼に力強くうなずくと、フォルモントは微笑んで答えてくれた。
「その言葉信じるぞ。裏切るなよ」
「当然よ。フォルも無理して近づきすぎちゃダメよ」
「ああ。ここはオレとアイゼンに任せろ。行ってこい、ルゥ!」
フォルモントの声に背を押されて、ルーナは広場へと駆け出す。
普段あまり運動しない体は走りっぱなしであちこちが悲鳴をあげていたが、ルーナはそれでも走った。
「助けて! 助けて! 誰か!」
叫ぶ声が聞こえて、ルーナは広場の前で足を止める。
見ると、そこにはソレイユと一組の親子がいた。
ソレイユは茫然とその親子の横に座り込んでおり、母は少年を抱えて泣き叫んでいる。
その子どもから発生する魔力の量の多さにルーナは表情をしかめた。
「ソレイユ、昨日は魔力暴走止められたんでしょ!? 今日はなんで止めてないのよ!」
このままでは母まで魔力暴走を起こしてしまう上に、少年の体がこの暴走に耐えきれない。
危険を感じたルーナが駆け寄ってソレイユを見ると、彼女の手には魔石が握られていた。
気まずそうに俯くソレイユの手には、魔石が握られていた。
赤く輝いている石は、かなりの魔力を吸ったらしくガタガタと震えている。
術式展開しなければ定かではないが、見る限り魔力吸収術式が組み込まれているのだろう。
魔力吸収術式は魔力暴走時に有効な魔石だが数が少ないため、あまり出回ってはいない。
ソレイユの傍には、その魔石がたくさん散らばっている。
彼女が貴重な魔石を持っていることは、この事態を予期していたようで不気味だが今考えている余裕はない。
役に立たないのであれば、この緊急時にソレイユがここに残っていることの方が危険だ。
「その魔石じゃ足りなかったんでしょ? 他にはないのね?」
「……ええ。使い切ってしまいました」
「それなら、あんたが魔力暴走する方が迷惑よ。さっさと逃げなさい」
ソレイユに短く告げて、ルーナは少年の胸元に触れる。
魔力の器と言われる人間の体内にある魔力を貯蔵している部分にも術式が組み込まれている。
魔力暴走はその暴走している数値を訂正することで症状が落ち着く。
自身の周囲に青白く展開した術式にルーナが目を滑らせている間、母は固唾を飲んで傍にいた。
「できたわ」
ルーナが数値を入力した瞬間、少年の体に込められていた力抜ける。
母は少年の体を抱きしめて泣き崩れた。
「ありがとう、ありがとうございます!」
「いいから行きなさい。お母さんまで魔力暴走したら、この子を介抱できる人がいないわ。ソレイユも行って!」
「でも……」
「魔力暴走を起こしてる根源をあんたが止められる? できないなら早く行って」
ルーナは立ち上がり、駆け出しながらソレイユに指示を出す。
ぐっと悔しそうに歯を食いしばったソレイユは、親子を支えるようにして去っていった。
その背を見送ったルーナはようやく広場の中心にたどり着く。
そこには、プラチナブロンドの髪を地面に散らした少女がいた。
細い息を繰り返す姿が痛々しい。
苦し気に石畳を掻く爪はボロボロになってしまっていた。
「あんたがステラね? 大丈夫よ。今助けるわ」
倒れている彼女に駆け寄り、胸元に手を当てて術式を展開する。
広場内には逃げ遅れた人々が残っている。
幸いまだ魔力暴走は起こしていないようだが、空気中のあまりの魔力量の多さに倒れ伏したまま動けない様子だ。
このままではここにいる全員が魔力暴走を起こしてしまう。
ルーナ自身も体にのしかかってくる魔力に、歯を食いしばりながら術式に目を走らせた。
「息しなさいよ、ステラ。あたしもがんばるから、あんたも踏ん張りなさい」
ひゅうひゅうとステラの浅い呼吸音が聞こえる。
あまり魔力暴走の時間が長いと、暴走を起こした人間は死んでしまう可能性がある。
魔力を取り込みすぎたせいで、ルーナの頭はひどく痛み、足元はぐらつく。
その足をダンと踏み鳴らすようにして地面に固定したルーナは、正しい数字を打ち込み続けた。
「全員助けるわ。ここは、あたしの故郷だから」
エーゲリアはルーナの故郷だ。
そして、誰かさんがおそらく住んでいる場所であり、フォルモントが守る街だ。
エーゲリアにこれ以上被害を与えるわけにはいかない。
奥歯が軋むほどに歯を食いしばり、ルーナは最後の数字を入れた。
「できた!」
轟轟と舞い上がるようにステラから湧き上がっていた魔力が、ふっと収まる。
ステラの呼吸が落ち着いたのを確認すると、ルーナは膝から崩れ落ちた。
これでルーナが魔力暴走を起こしてしまえば、それこそルーナは悪しき魔女である。
自身の胸元に手を当て、狂った数値をもとに戻したところでルーナは脱力して石畳に伏した。
周囲には逃げ遅れた人々がいる。
魔力の圧力に開放され、立ち上がっている人がほとんどだというのに誰もルーナの傍に近寄れない。
悪しき魔女に触れると腐る。
その噂を恐れて、誰も一歩を踏み出せなかったのだ。
そこに駆けてきたのは、群青色の騎士服を羽織った英雄だった。
「ルゥ! ルゥ、大丈夫か!?」
ルーナはぶれた視界でフォルモントの姿を捉える。
抱き起こされたのだとわかったのは、体があたたかいものに包まれたからだった。
「だい、じょぶ。疲れただけ」
「家まで連れて帰る。安心して寝てていい」
そっと頭を撫でられるとホッとする。
ルーナがふっと力を抜くと、フォルモントの怒声が広場に響き渡った。
「おまえらふざけるなよ!? 命懸けでエーゲリアを救ってくれたルゥが悪しき魔女なわけあるか! なんで助けない! ここまでしてくれた女の子も助けない連中を、この子は助けてくれたんだぞ!?」
人々が気まずそうに視線を落とす。
ルーナを抱え上げたフォルモントは、駆け寄ってきたアイゼンにステラを託す。
そして最後に広場に残った人々を鋭い視線でぐるりと見まわして去った。
「悪しき魔女とか言ってるが、悪いのはどっちだ。守ってもらって助けもしない、礼も言えない。そんな連中の方がよっぽど悪しき者どもだろうが」