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命を懸ける悪しき魔女 01


 おいしい音とおいしい匂いで目を覚ますと、こんなにも体をすぐに起こせるものだということをルーナは初めて知った。 

 パーテーションの向こう側から聞こえる料理の音は、聞くだけでおなかが減る。


 ベッドの上でぼんやりと座っていたルーナは、フォルモントが朝食をつくっているのだと理解した。


 フォルモントは結局昨日の夜から、この家の2階で暮らすことになった。

 ベッドも何もない部屋はフォルモントが少し掃除をしてくれていたが、埃が積もっていた

 こんな部屋に彼を放り込むわけにはいかず、ルーナもフォルモント共に昨日は掃除に励んだ。


 とりあえず綺麗そうな毛布を渡すと、彼は「これで十分」と満足げにしていたから、本当にそれで眠ったらしい。


 体を痛めていないだろうかと心配したルーナは、パーテーションの影からそぉっとキッチンを覗いてみる。


 腰にエプロンを巻いて料理をするフォルモントの背筋はまっすぐに伸びていて、後ろ姿だけでも綺麗だ。

 朝から汁物をつくってくれているらしく、鍋から取り出したお玉で味見をする横顔が見える。

 その形が理想的すぎて惚れ惚れとしてしまった。


 ふと、その横顔の視線がこちらに向く。

 ルーナが猫だったら、今頃全身の毛がぶわっと逆立ってしまっていただろう。

 ドキッとしてパーテーションの影に慌てて身を潜めると、フォルモントの笑う声が聞こえた。


「もうごはんできるぞ。一緒に食べよう」


 穏やかな声かけに、ドキドキしてしまう胸を撫でて落ち着かせる。

 起き上がろうとベッドから床へと足を下ろしたところで、ハッとした。


 よだれの痕は、ついていないだろうか。


 不安になってベッドの下に押し込んである箱をまさぐったルーナは、昨日髪を切るときに使用した手鏡を発掘する。


 手鏡の中の自分を覗き込むと、いつものボサボサの長髪ではなく、肩下で切りそろえられた整った髪のルーナが写る。


 髪を伸ばしっぱなしにしていた頃は、いかにも森の奥に棲む恐ろしい魔女といった風体だったが、今は街にいる普通の女の子に見える。

 それだけで嬉しいのにこんな姿にしてくれたのが、あの顔の綺麗なフォルモントだと思うとにまにましてしまった。


「ルーナ?」


「今行くわ」


 心配そうなフォルモントの声に答えたルーナは、手鏡をベッドに放り投げ、毛布の下に隠しこむ。

 パーテーションの影から出ると、机の上にパンとシチュー、それからめだまやきが並んでいるのが見えた。


「おいしそう……。こんなにたくさん朝から食べるのは初めてかもしれないわ」


「いつもは何食べてたんだ?」


「グミの実」


「……グミの実だけ?」


「ええ」


 何故フォルモントは、そんなに引いたような表情をしているのだろうか。

 ルーナが首を傾げると、フォルモントは「いや」と椅子に座りながらため息をこぼした。


「やっぱ、ルーナはひとりにしておけないなって」


「なんでよ。グミの実はおいしいし、栄養分だって豊富なのよ」


 グミの実をバカにされた気がして、むっとしたルーナは庭を指さしながらフォルモントの向かい側へと座る。


「あたしは庭にグミの木を育ててるくらいのグミの実ファンなんだから。バカにしないでちょうだい」


「いや。バカにしちゃないけどな。育ててたのか……」


「あのバスケットを持ってきてくれる人が最初にくれたのがグミの実だったのよ。それがあんまりおいしかったから、一粒植えて育てたの」


「へえ」


 さっきまでフォルモントは哀れむような表情をしていたのに、今度はなぜか嬉しそうにニヤついている。

 フォルモントの感情がよくわからないが、そんなことより今は目の前のごはんだ。


「食べてもいい?」


「ああ。食べよう。いただきます」


 ルーナも「いただきます」と挨拶をしてから、食事に手をつける。


 朝からシチューを食べるなんて初めてだ。

 温かい物がおなかに入ると、それだけで胸の奥がほろりとほどける感覚がする。


(ああ、今日は一日元気にがんばれそう)


 一口シチューを飲んだだけで、最上級の幸せを飲み込んだような感覚がする。

 うっとりとするルーナを、フォルモントも同じような表情で見守っていた。


「フォルは何時から仕事なの?」


「ああ、今日は非番だよ」


 てっきり仕事だと思っていたルーナは、驚いて目を瞬かせる。

 パンをちぎっていたフォルモントはじとりとルーナを見た。


「暇だと思った?」


「……隊長なのに、とは思ったわね」


「オレは非番を獲得するために、死ぬほどの努力をしてるわけよ。アイゼンにケツをたたかれながら、書類の山と大格闘」


「でも、昨日も昼から来たわよね? 休みだったんじゃないの?」


「そうなんだよ。昨日が本当は1日休みの予定だったんだけど、事件があってな。半日しか休めなかったから、アイゼンが気を遣って今日は非番にしてくれた」


「事件?」


 ルーナが住む夜の森は、エーゲリア市街からはだいぶ離れている。

 町中で何が起きているか知る機会があまりないルーナが興味を持って訊ねると、フォルモントは頷いて答えてくれた。


「魔力暴走が起きたんだ。その収拾にあたってたんだよ」


「今時? 珍しいわね」


 エーゲリアは竜群に襲われやすい上に、魔力暴走の多い街としても有名だった。


 それもこれも街の水源である星空の泉が魔力を多量に含有しすぎていることが原因だ。

 魔力が多く含まれる水を摂取すると、人体が処理できる魔力量を超えてしまうことがある。

 あふれた魔力の制御がきかず、周囲を巻き込んでしまう現象が魔力暴走だ。


 だが、星空の泉の魔力はルーナが開発した魔力濾過装置により制限されているはずだ。

 昨日の点検時にも異常は見つからなかった。


「原因はまったくの不明。魔力暴走は連鎖するからな。住民を避難させて、その後はライト女史が対応してくれた」


「ソレイユが……」


 魔力暴走に対処する人間は、魔力を許容する器が大きくなければならない。

 ソレイユは器が大きい人間であるため対処はできただろう。


 だが魔力暴走を止めるためには、魔力を抑えるための術式を理解している必要がある。

 ソレイユにそれがわかっているとは思えないが、どのように対処したのだろうか。


 疑問は残るが考えても仕方が無い。

 起きてしまったことは変えられないし、昨日の魔力暴走は解決したのだ。

 ルーナに出来ることは、星空の泉を管理することだけだ。


「ごちそうさまでした。おいしかったわ。ありがとう」


 食事を終えたルーナは、すぐに立ち上がると壁にかけてあるローブを羽織る。


「でかけるのか?」


「星空の泉に点検しに行くの。魔力暴走の原因が濾過装置にあるかもしれないわ」


 玄関のドアに手をかけて振り返る。


 椅子に座ったままのフォルモントは捨てられた犬のように寂しそうな表情をしていて、ルーナは思わず口走っていた。


「……一緒に来る?」


「いいのか!?」


 弾かれたようにフォルモントが立ち上がった衝撃で椅子がガタンと倒れる。


 その勢いに圧倒されて、ルーナは頷いていた。


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