居候希望と悪しき魔女 05
星空の泉の管理をし、薬をつくり、術式の勉強をしていれば、あっという間に一週間は過ぎてしまう。
倒れて叱られても、長年続けた生活習慣がすぐになおるわけもない。
今日も今日とて、半ば昼夜逆転の生活を送ってしまったルーナは、ごつんと頭をぶつけた衝撃で目が覚めた。
ぶつけた額をさすって、昨日も部屋の隅っこで寝てしまったことを思い出す。
やっぱり隅っこは最高だ。
寝落ちしても、横にも後ろにも寄りかかれるから倒れずに済む。
ぐーんと伸びをしてから、ルーナは壁にかけてあるカレンダーに向かう。
これはもう最近のルーナの日課となってしまった。
ローブのポケットに突っ込んであるペンを取り出して、キュッと日付に斜線を引く。
今日は星印がついた日。
フォルモントが来る日だ。
わかっていたのに大分寝てしまったから、彼は外で待ちぼうけているかもしれない。
申し訳なく思いつつドアをそろりと開けたが、外には誰も居なかった。
――こんなボッサボサ髪のブスなんて、フォルモント様が好きになるわけないわよね。
誰も居ない玄関を見て、ルーナはソレイユに言われたことを思い出す。
フォルモントは心臓のメンテナンスをするために、ここに通っているのだ。
同居を提案してきたのはルーナが死ねば彼も死ぬから。
それ以外の理由なんてないのに、好きになるわけないと言われたことが悲しいのはおかしい。
おかしい、とわかってはいるのだが、とても悲しかった。
フォルモントに嫌われたくない。
そのためにどうすればいいのか、ソレイユは教えてくれていたではないか。
そう。ボッサボサ髪が悪いのだと。
ルーナの赤髪は、切りっぱなしで腰まである。
邪魔で鬱陶しかったし、切ってしまったって問題は無いだろう。
この髪がボサボサなことで、嫌われてしまう方が大問題だ。
ルーナは大慌てで家の中に入ると机の上に投げ出してあったハサミを手に取る。
室内でジョキジョキ切ってしまったら、後片付けが大変だろう。
その辺にあった大きな布を引っ張り出して、外に敷いたルーナは布の真ん中に立つ。
それから、櫛も入れずに髪を一束むんずとつかみ、ハサミを入れた。
ジョキン。
肩口で切った髪はハラハラと布に落ちていく。
切ってから思ったのだが、ボッサボサではない髪とは一体どんな髪なのか。
どうすれば、ブスではなく可愛くなれるのだろう。
やっぱり鏡が必要だったかもしれない。
思い直したルーナは室内に駆け戻ると、物の山の中から手鏡を探り当てる。
外に飛び出して、再び布の真ん中に戻ったルーナは手鏡を地面に置いて覗き込む。
置く場所がなかった上に手鏡が小さすぎて、見にくい事この上なかったが仕方が無いだろう。
ジョキン、ともう一房切ったところで、ルーナは人の気配を感じて顔をあげた。
「なに、してんの? ルゥ」
昼時の夜の森に、そよそよと風が吹く。
ざんばらになった赤髪を揺らしたルーナがぎこちなく視線を向けた先には、唖然としているフォルモントがいた。
「……髪切ってる」
「なんで?」
(かわいくなりたかったから)
答えは頭の中ですぐにポンと出てしまったのだが、それを口にするのは恥ずかしすぎる。
それに理由を聞かれたら、なんと答えれば良いのだ。
口ごもったルーナは、ボソボソと遠回しな答えを口にした。
「ブ、ブスだから。髪くらい綺麗にしようと思ったのよ」
生まれつきのブスはどうにもならない。
ならば髪くらいはと思うくらいの乙女心は、年頃の女子であるルーナが持っていても不自然ではないだろう。
答えを聞いたフォルモントは布の真ん中で座り込んでいるルーナの前まで歩み寄る。
ゆっくりとしゃがんだ彼は、驚くほど怒った表情をしていて驚いた。
「誰かにブスって言われたの?」
言われたのだが、ソレイユだと告げて信じてもらえるとも思えない。
それにソレイユのことはこの間怒らせてしまったばかりだ。
本当に権力を振るわれて国家魔術師をクビになると困るため、ルーナは答えられない。
沈黙を肯定と捉えたらしいフォルモントがルーナの薄っぺらい肩に触れる。
「どいつだ。目が腐ってるその馬鹿野郎は」
「ブスだって思うのはその人の自由なんだし、仕方ないじゃない」
「ルゥは誰がどっからどう見たってかわいいだろうが!」
怒鳴るフォルモントにびっくりしたルーナは座ったまま飛び上がる。
不機嫌に顔を歪める彼を見上げて、ルーナは言われた言葉をかみしめる。
(かわいいい? かわいいって言った?)
徐々に理解していくと、頬がだんだん朱に染まっていってしまう。
「あうあう」と言葉にならない声を出すルーナの頬をフォルモントが両手で挟む。
頬に入っていた空気が抜けて「ぷぇっ」という間抜けな声がでた。
「赤い髪も赤い目も、夕焼け色で綺麗だ。細いのにほっぺはまろくて可愛いし、肌は太陽の存在を否定するくらい美しい。こんなにかわいらしい子捕まえて、ブスなんて言う奴は頭がおかしい!」
「ひゃ、ひゃめて」
励ますためにしろ、これ以上恥ずかしいことを言わないでくれ。
頬を挟まれたまま訴えると、フォルモントはすぐに両手を離す。
それでも不機嫌なままの彼は、ルーナが持っていたハサミを奪って立ち上がった。
「フォル……? なにすんの?」
「髪切るんだろ? どうせなら可愛く切って、見返してやれ。可愛い顔なんだから、もっとガンガン出してきゃいいんだ」
怒った口調で言いながら、フォルモントはルーナの長い髪を手櫛で梳かす。
彼の指先が耳裏を撫でると、ゾクッとした知らない感覚が体を走った。
「田舎だと妹の髪も切ってたんだ。オレに任せてくれるか?」
背中側から肩口へと顔を出して、フォルモントが訊ねてくる。
フォルモントは怒っているし、ルーナが切るよりはずっと上手に切ってくれるはずだ。
ルーナに頷く以外の選択肢は無かった。