居候希望と悪しき魔女 04
日が沈んだ後は、その名の通りより一層暗くなる夜の森を意気揚々と歩いて街に帰ったフォルモントは、街の連中にご機嫌に声をかけつつ、ゆっくり騎士団本部へと帰った。
現在のフォルモントの自宅は、本部の仮眠室だ。
家を借りろと散々言われてきたが、どうせ四六時中仕事をしているのだから良いだろうと本部に入り浸っていたのだ。
だが、来週からはもしかすると違うかもしれない。
ルーナが良しと言ってくれれば、フォルモントの家はルーナの家となる。
今まで仕事ばかりして死んだ仲間への罪悪感を誤魔化してきた日々だったが、これからは前を向いて歩けるかもしれない。
そんなウキウキ気分で、帰宅したフォルモントは執務室へ向かう。
今日はまだアイゼンが働いているはずだ。
「アイゼン! オレ、もしかしたら家ができるかもしれない!」
バーンと激しく執務室のドアを開くと、仕事モードのアイゼンが眼鏡をくいっと押し上げる。
その表情には「何言ってるんだ?」という困惑が滲み出ていた。
「……それは、家を借りると言うことでしょうか? やっとここを出ることになったんですね。酒に金を使いすぎる新人騎士じゃないんですから、仮眠室は出て欲しいと長らく思っていたのでよかったです」
「ルーナの家に住めるかもしれないんだ」
「付き合ったのか!?」
思わず仕事モードを一瞬忘れてしまった様子のアイゼンに、フォルモントは「うんにゃ」と首を横に振る。
「残念ながらまだだ。でも、オレがいなきゃ生きていけなくなるくらいオレはあの子を甘やかしてみせる。そのための同居だ」
「……無理矢理同居しようとされているのではないんですよね?」
「そんなことしないっての! ちゃんと同意を得るために待っているところですー」
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ彼女の罪悪感に訴えかけるために、心臓のためにも~なんて話をしてしまったのは秘密だ。
ルーナを手に入れるためになりふり構っていられない、ずるい大人な部分がバレては困る。
胡乱な目でこちらを見てくるアイゼンに、フォルモントは「やれやれ」と大げさにため息を吐いた。
「部下にこんなに信頼されてないとは。悲しいな」
「おまえは欲しいもの手に入れるためなら手段を選ばんだろう。手は出すなよ。付き合うまでは」
「当然。大事に大事に可愛がって、オレの腕の中でしか息ができないような女の子にしたい」
ぺろりと唇を舐めるフォルモントは、少々自分の癖が歪んでいることに気がついていない。
アイゼンがゾッとした表情を隠さずにいると、フォルモントは「あれ?」と首を傾げた。
「もう仕事モードもおしまいってことは、そろそろステラちゃんが来る時間なんじゃないの? 今日来るって言ってたよな」
「ああ。俺の退勤時刻に合わせて来ると言っていたんだがな。またふらふらしているのかもしれない」
アイゼンの仕事モードが完全に終了する。
彼の退勤時刻だ。
ステラというのはアイゼンの妹であり、ハディート公爵家のおてんば令嬢である。
幼い頃からの婚約者との婚姻を来年に控えている彼女が、今日は兄のアイゼンに会いに来る予定の日だ。
代々騎士を務めている由緒正しきハディート家の令嬢にふさわしく、元気いっぱいで体力の有り余っている彼女はとても強い。
魔力が高く、攻撃魔術の才能もばっちりだ。
女性騎士としての道を歩むのではないかと噂されたこともあったが、彼女は愛する婚約者と結婚して彼だけの騎士になることを選んだ。
「ステラちゃんって護衛つけてないんじゃなかった? 大丈夫なのか?」
「どんなに強くても女の子だからな。迎えに行ってくるよ」
「その必要は、ありませんことよ!」
バーンと再び執務室のドアがたたき開かれる。
現れたのは、プラチナブロンドのまっすぐなストレートヘアをなびかせる少女。噂のステラだ。
愛らしい顔面に反して、腰に手を当てて男らしいポーズを決めている。
髪と同じ色の瞳をキラッと輝かせる彼女の後ろで拍手をしているのは、良き魔女ソレイユだった。
「ステラ! 遅かったじゃないか、何をしていたんだ」
「迷子になっていましたのよ。そこをソレイユ様に助けていただきましたの」
「いえ。道に迷っているとのことでしたので、ご案内しただけです」
控えめな笑顔で言うソレイユに、アイゼンが「妹が申し訳ありませんでした」とぺこぺこ頭をさげる。
それを少し距離を置いて見ていたフォルモントに、ソレイユは柔らかく微笑みかけてきた。
フォルモントはビジネススマイルで彼女の期待に応える。
「……ライト女史。うちの身内がご迷惑をおかけいたしました」
嬉しそうに微笑んだソレイユの隣で、アイゼンに叱られているステラは、そんな説教どこ吹く風だ。
「そうでしたわ!」と兄を無視して声をあげたステラは、肩にかけていた鞄から瓶を取りだした。
「お兄様とフォルモント様にも見せてさしあげますわ。美しいお水でしょう? ソレイユ様がくださいましたの。お肌がぷるぷるになる飲む美容液なんですのよ。効果はソレイユ様の肌が証明してくださっていますわ」
うっとりとした表情のステラがソレイユを輝かせるように手をキラキラ動かしながら、彼女を指す。
はにかんだ様子でソレイユは「そんな」と手を小さく振った。
「たまたま多くできてしまったので、街の方に配っていただけなんです」
「健康にもいいと、街の方々がこぞって教えてくださいましたわ。お兄様とフォルモント様はもうお飲みになられました?」
ステラが無邪気な笑顔で見せつけてくる小瓶を、フォルモントはまじまじと見る。
虹色に輝く水は確かに美しい。
だが、健康になりたいのであれば、ルーナにお願いすればなにか煎じてくれるだろう。
「オレは飲んでない。アイゼンは?」
「俺もだ」
「では、もらっておけばいいではありませんの。まだたくさんありますのでしょう? ねえ?」
ステラはソレイユが心底気に入ってしまったらしい。
ステラに手を握られたソレイユは「ええ」と頷いて、腕にさげていたかごから小瓶を取りだした。
「よろしければ、どうぞ。騎士団の方々にもこれを飲むと元気が出るって好評なんですよ」
「では、ありがたく」とアイゼンが小瓶を受け取れば、フォルモントも断るわけにはいかない。
飲む気はかけらも無いのだが、フォルモントは社交辞令で受け取った。
ステラはソレイユの信者になったかのように、べらべらと美容液についての話をアイゼンにしている。
横目で兄妹の仲睦まじい姿を見ながら、フォルモントはソレイユに向き直った。
「ありがたく受け取ります。ライト女史。外はもう暗い。騎士に送らせましょう」
「今日もフォルモント様は送ってくださらないのね」
「これから仕事です。ご覧ください、あの書類の山を」
冗談めかして、フォルモントは隊長用の執務机を指さす。
山になった書類に、ソレイユはくすくす笑った。
「大変ですね。無理をなさらずに」
「ありがとうございます」
完璧な作り笑顔をソレイユに贈ってから、フォルモントは近くにいた騎士を呼び寄せる。
ソレイユを送るように命じると、騎士はやはりガッツポーズを決めて喜んだ。