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居候希望と悪しき魔女 03


「あの件、来週までには考えといてあげるわ」


 フォルモントが作っておいてくれた夕飯を食べ、彼の心臓のメンテナンスを終えたときには、もう日はとっぷりと暮れてしまっていた。

 こんな時間までフォルモントがルーナの家にいたのは初めてのことである。


 真っ暗な夜の森を見て「すっごい暗いな」と渋い表情をしているフォルモントに、ルーナは魔石を入れたランタンを差し出す。

 ぼんやりと青く光るランタンを受け取ったフォルモントは、悪戯っぽく口角をあげた。


「あの件? どの件?」


「わかってんでしょ! その、ど、同居の件よ」


「同棲じゃなくて?」


「同居よ」


 同棲と言うと、急に恋人っぽい感じがしてしまうではないか。

 ルーナが半眼になって鋭い視線を見せると、フォルモントはくすくす笑った。


「冗談だよ。同居な、同居。オレは大人なお兄さんだからな。ルーナの嫌なことはしない。嫌なら遠慮せず、はっきり言えよ」


 爽やかに笑ったフォルモントは、「これ、ありがとな」とランタンを掲げて言いつつ背を向けて去って行く。


「鍵かけろよ!」


「わかったわよ!」


 フォルモントは見えなくなる直前に、手を振りながら大きな声で言ってくる。

 ルーナも聞こえるように負けじと大きな声を出してから、ローブのポケットに突っ込んでいた鍵を取り出す。


 言われたとおりに今日は鍵を閉めようと思いつつドアを閉めようとしたとき、ドアの隙間に足を突っ込まれた。


「ちょっと、どういうこと。どういうことなのよ、あなた」


 地の底から響くような恐ろしい声だ。


 ドアの隙間から今度は指が出てくる。

 ギョッとしていると、軋むドアはゆっくりと開かれた。


 現れたのは深くフードを被った女性。

 女の子らしいふんわりとしたミルクティー色の髪を豊かな胸にかけた、桃色の瞳の美人。

 良き魔女こと、ソレイユ・ライトだった。


「……あんたか」


「なによ、その言い方。入れなさい」


 ソレイユは顎をしゃくって、室内を指す。


 ソレイユはルーナの前では、いつもこんな感じだ。

 エーゲリアの町中で彼女がおしとやかに微笑んでいる姿を見て、ルーナは仰天したくらいだ。


 渋々ルーナがドアを開くと、ソレイユは後ろ手に素早くドアを閉める。

 それから顔を隠すために被っていたフードを外すと、ルーナにぐいぐい詰め寄った。


「どういうことなのか説明してちょうだい。なぜ、彼がここにいたの?」


「彼って、フォル……モントさんのこと?」


「そうよ。どういうこと!? 彼は私のものにするって、4年前から決めていたのよ!?」


「4年も前から決めてたんなら、とっとと自分のものにしときゃよかったじゃない」


「なんですって!?」


 あっという間に壁に追い詰められながらもルーナが反論すると、ソレイユの赤い顔は真っ赤に染まる。

 怒り心頭の彼女はルーナの頭の両脇の壁に、ガンと激しく手を突いた。


「彼とどういう関係なの? 教えて」


「どういう関係……。医者と患者?」


「フォルモント様は具合が悪いの!?」


 ソレイユの高い声が頭に響く。

 ルーナは不快を顔全体に表しながら、ソレイユの肩をぐっと押した。


「今は具合は悪くない。でも放置はできない。あんたに説明したところで多分わかんないわ」


 心臓代替(だいたい)術式についての論文を発表したとき、仕組みを理解できていたのは数少ない金剛級国家魔術師の中でも、ベテランの一握りのみだった。


 金剛級よりも一つ下のランクにあたる白金級国家魔術師であるソレイユに、この術式が理解できるはずもない。

 薬の知識ならまだしも、ソレイユは白金級国家魔術師としてはあり得ないレベルで、魔術に用いる術式を理解できていなかった。


「なら、あなたが私にわかるように説明しなさいよ。それで、わたしがフォルモント様を治すわ」


「……無理よ。あんた、術式は全然わかんないじゃない」


 公爵令嬢であるソレイユの実家が納める土地は、広大な薬草園を持っている。

 幼い頃から薬草に触れて育ったソレイユは薬作りだけは得意だった。


 そんな彼女は国家魔術師になるという夢を抱いた。

 薬づくりが得意だった彼女は当時最年少記録だった9歳という年齢で、国家魔術師試験に見事合格。

 夢を叶えたのだが、彼女は魔術に使われる術式を全く理解することができず、昇進することができなかったのだ。


 そんなときソレイユが目をつけたのは、彼女が持っていた国家魔術師試験の最年少突破記録を次の日に塗り替えた少女。

 当時8歳のルーナ・ニュクスだった。


「意地悪ね。今まで通り私に、フォルモント様を救う術式をそのまま伝えればいいだけじゃないの」


「今までは、あんたはあたしが渡した論文をお偉いさんの前で朗読してればよかった。でも、今回は人の命がかかってんのよ。あんたが理解できなかったら、彼は死ぬ。そんなことは許されないわ」


 ソレイユは出世がしたかった。

 だから、家名を使ってルーナを脅した。


 国家魔術師でいたいのなら逆らうな。論文を寄越せ。

 そう言って脅してきたソレイユに、ルーナは従うしかなかった。


 国家魔術師の地位を取り上げられれば、ルーナは星空の泉の管理をできなくなってしまう。

 嫌な思い出ばかりでも故郷であるエーゲリアを守るために、ルーナはソレイユの言うことを聞いていたのだ。


 ルーナがソレイユの命令に逆らったのは、今回が初めてだ。

 ソレイユは苦々しい表情でルーナをにらみつけた。


「私のパパの地位を忘れたの? ライト公爵よ? 王の弟でもあるパパに、悪しき魔女がわたしを虐めたとでも言えば、あなたは国家魔術師ではいられなくなるわよ」


「……そうなったらあたしは、あんたが町の人に渡してた薬を作ったのは本当はあたしだって喚いて回るだけよ」


「はっ。悪しき魔女の言うことなんか誰が聞くかしらね」


 綺麗な顔を醜く歪ませて笑うソレイユの言うことはもっともだ。

 だが、そうやって騒ぎ立てれば、もしかしたら薬の出所を騎士が調べることになるかもしれない。

 そうなったら、困るのはソレイユだ。


 ずる賢いソレイユもそれがわかっている。

 今日のところは引き下がることにしたようで、ため息を吐きながらも持ってきていた袋をルーナに押しつけた。


「薬。つくってあるんでしょうね。さっさといつも通り入れて」


 ソレイユは薬作りが得意だ。

 だが、術式を理解する脳がなかったソレイユには、魔術を使用していない薬しか作れない。


 術式を組み込んだ魔石を砕き入れた薬の方が当然効き目はいい。

 薬作りが得意だったはずのソレイユは、いつしか薬作りをやめた。

 ルーナを脅して手に入れた論文で白金級国家魔術師にまで上り詰めた彼女は、ルーナが作った薬を売りさばいてエーゲリアの良き魔女と呼ばれている。


 理不尽な話だ。

 そうは思っているが、ルーナは怒りを感じていなかった。

 もうそんな感情は、大分昔に超えてしまった。 

 10年も利用され続けていれば、心は麻痺する。


 いつも通りに風邪薬や痛み止め、傷薬などを袋に詰め込んでソレイユに渡す。

 「はあ、重い」とうんざりした口調で言った彼女は、また顔を隠すためにフードを深く被った。


 ドアを開けて振り返った彼女は、ルーナをつま先から頭の先までじろじろと見る。

 それから、フッと(あざけ)るように笑った。


「こんなボッサボサ髪のブスなんて、フォルモント様が好きになるわけないわよね。焦ったけれど、問題なかったわ」


 バタンとたたきつけるように閉められたドアに、ルーナは飛びつくようにして鍵をかけた。


 ソレイユが家に来ると息が苦しくなる。

 ふうと深く息を吐いてドアを背もたれにずるずると座り込んだルーナは、平べったい胸に流れた傷んだ赤髪を一房すくいあげた。


「ボッサボサ髪のブス……」


 ひどい話だが、その言葉は否定できない気がした。


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