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居候希望と悪しき魔女 02


(あれ? 寝たんだっけ?)


 フォルモントに見守れられて眠りに就いた数時間後。

 目覚めたルーナは眠る前の記憶が曖昧だった。


 いつ寝たのかもよくわからないが、ミルクパン粥がとてもおいしかったことは覚えている。


 フォルモントに迷惑をかけてしまった罪悪感を抱きながら体を起こしたルーナは、ギョッとした。

 ルーナの寝ているベッドに、フォルモントが上半身を伏せているのだ。


 ベッドの隣に椅子を引っ張ってきて座っている彼は、ルーナのベッドに組んだ腕を枕に、すやすやと穏やかな寝息を立てている。


 そろりと覗き込む。

 彼の顔の造形美が持つ艶っぽさは、顔にかかった夜色の髪によって増していた。

 長い睫が柔らかな夕日を浴びて、陶器のような頬に影を落としている。

 少しだけ開いた桃色の唇は艶やかで、ドキドキするくらいに綺麗だ。


(寝てても綺麗なのね)


 感動したところでルーナは自分も寝顔を見られたことに、はたと気がついてしまった。


 ルーナは寝ている間に口を開けて寝る癖があり、空気が乾燥していると喉が痛いときがあるほどだ。

 しかも、時々よだれを垂らしている気がする。

 そんなだらしない寝姿を見られたかもしれないと思うと、羞恥で爆発してしまいそうだった。


 ルーナが乙女らしく悶絶していると、その気配に気がついたのだろう。

 フォルモントの月色の瞳が覗いた。


「ん、ふぁ。起きた?」


 あくび混じりに訊ねてくるフォルモントに、こくんと頷く。


 迷惑をかけてしまった上に寝顔も見られて、罪悪感と羞恥心でなんと言って良いのかわからなかった。


「よく寝てたなぁ。オレも昼寝しちゃったよ。体調は? どうだ?」


「もう、大丈夫」


「そりゃよかった」


 ぐっと伸びをしたフォルモントは、寝起きでより一層くしゃくしゃになっているルーナの赤毛を混ぜる。

 うりうりと撫でられるがままに頭を揺らしたルーナは、上目遣いでフォルモントの様子を窺った。


「お、怒ってない?」


 なんだか寝てしまう前の彼は、ちょっと怒っていたような気がする。


 幼い頃に母が亡くなったルーナは、大人に叱られるという経験はあまりしたことがない。

 怒られたら嫌われてしまうんじゃないだろうかという不安を抱えて訊ねた質問に、フォルモントは爽やかな笑顔で答えた。


「めちゃくちゃ、怒ってる」


 ガーンという音が脳内で響いた気がする。


 これは、嫌われたかもしれない。

 いや、そもそも好かれていたのだろうか。

 フォルモントは心臓のメンテナンスのためにここを訪れているだけだし、それもルーナに脅されて通っているだけだ。


 あまり人にどう思われているかも気にしたことがなかった人生ではあったが、フォルモントに嫌われたらルーナは悲しい。


 だからといってどうしたらいいのかわからずに戸惑っていると、フォルモントはルーナに視線を合わせるように背をかがめた。


「ルゥが自分を大事にしないことに、怒ってるよ。ちゃんと食べて寝ないと、体に障る。こんなに細かったら、何かあったときに体が耐えられないぞ」


「あたしを、嫌いになっても……心臓のメンテには来てよね」


「嫌いになったなんて話してないっての。心配だから、叱ってるんだ。嫌いな奴の心配なんかしないだろ?」


 表情を見るのが怖くて視線をそらしていたフォルモントの顔を見やる。

 こちらを見つめる彼の顔は、とても甘いものだった。

 すべて包み込んでくれるような彼の微笑みに、ルーナの堅くなってしまっていた心がゆっくりとほどける。


 口からは自然に、記憶の中では口にしたことが無い言葉がこぼれていた。


「……ごめん、なさい」


 ルーナは人に謝ったことがない。

 人とかかわる中で、ルーナを叱るほど真摯に向き合ってくれた人はいなかったからだ。


 ルーナの初めてに近い謝罪を受けたフォルモントは笑みを深める。


「許す。けど、ひとつ提案させて欲しい」


「な、なに?」


 叱られてしまった直後だ。

 なにか悪い話なのだろうかと身構えると、フォルモントは背筋をただして真面目な表情を見せた。


「オレがここに一緒に住むっていうのはどうだ?」


「……は?」


 突拍子もない提案に、ルーナはぽかんと口を開ける。

 しかし、フォルモントは冗談でもなさそうだ。


 ピント立てた指で2階に続く階段を指さす。


「この家、2階があるだろ? 掃除したけど、空っぽだし。ベッド運び込みゃ寝られる」


「な、なんで、フォルがあたしと一緒に暮らすのよ」


「ルゥに生活能力が無いから」


 ビシッと言われてしまうと、言葉に詰まる。

 フォルモントは追い打ちをかけるように、ルーナの失態を言葉にした。


「女の子の一人暮らしなのに何度言っても鍵はかけ忘れる。寝食も忘れて倒れる。研究に没頭したら、誰よりも賢いルゥは誰よりもポンコツだ。オレが一緒に暮らせば、ルゥが倒れてもすぐに助けられる」


「でも、あんた未婚でしょ?」


「え? まさかルゥは既婚のオレを寝取りたかった……?」


「そうじゃないわよ! あんたは英雄なんだから、お嬢様との縁談だってあるんじゃないの? あたしと暮らしてたら、そういう話もなくなるかもしれないわよ」


 フォルモントが古代竜を倒した功績を認められ、エーゲリア防衛隊隊長になった際に一代限りの伯爵位を叙爵していることは有名な話だ。


 伯爵様であるフォルモントには、いくらでも良い話があるはずだ。

 悪しき魔女となんか暮らして悪評が立つことをルーナは心配していたのだ。


 そんなルーナの心配はどこ吹く風。

 フォルモントは「ああ」と納得した様子ではあったが、なんでもないように言った。


「心配しなくていい。そういう話はぜーんぶ断ってんだよ、オレ」


「なんでよ。貴族の後ろ盾があった方があんただって……」


「出世にも興味ないし、オレの手の届く範囲を幸せにできたらいい。だから好きな人と結婚して、その子を幸せにするためだけに全力を尽くす。政略結婚じゃ、それは難しいだろ?」


「その好きな子ができたとき、やっぱりあたしが邪魔じゃない」


「その心配も無いから大丈夫」


 笑顔で言うフォルモントが、なにを根拠に大丈夫だと言っているのかが全くもってわからない。

 怪訝な表情をするルーナに、フォルモントは「ルゥ」と言い聞かせるように顔を寄せた。


「オレは腐っても騎士。ひとつ屋根の下にいても、ルゥが嫌がってんのに手出しするような真似はしないから心配いらない。それにルゥに何かあったら、オレの心臓を診てくれる人もいなくなるだろ? この提案はオレのためでもある話だ」


 そこを突かれると、ルゥは弱い。


 13年間ひとりで生きてきたが、体調を崩したときや今日のように寝食を忘れて意識を失った日は、誰か一緒に暮らしてくれればなと思ったこともある。

 このままでは死ぬんじゃないかというくらいの高熱が出たときは、孤独死を覚悟したほどだ。


 ルーナが死ねば、フォルモントも死ぬ。

 ルーナには生きる義務があることは確かだった。


「今日は結論を出さなくて良いよ。でも、良い答えを待ってるからな」


 ぽんと甘やかすように肩をたたかれて、ルーナは頷く。


 生きる義務はある。

 だが、誰かと暮らしてきた経験のないルーナはフォルモントと生活をして、彼に嫌われてしまわないかが不安で仕方が無かった。 

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