蕾開きし夢の跡 [ドーヴァー海峡防衛戦 After]
人々は忘れていく
戦争という長い歴史の1ページに私たちが存在していたことを
"いつかまた、思い出してはくれないか?
戦場で散っていった花のことを・・・"
戦争はいつまでも続いていた。如何なる理由があれど、殺し合いがまかり通っていいはずがない。それをよく知っているのにも関わらず、ちっぽけな理由、くだらない因縁で戦争の火蓋は切られる。
ひと仕事終えた少年は軍用ヘリの中にいた。黒い髪をなびかせ、紫がかった瞳で、ドーヴァー海峡に沈んでいく十数隻の軍艦を見下ろしている。ヘリにあらかじめ乗せておいたバッグの中にある、英語の単語帳を開いた。後部座席で長い足を折りたたみ寝転がりながら本国に戻るまでに何十単語かを覚えたいな、と楽観的な思考でページをめくっていくが数ページめくった所で、飽きてしまった。
「あなたはいいですよね。突然戦場に駆り出されず、ちゃんと学校に通えて、なんの不自由もなく安全に暮してきたんでしょうね。俺と違って」
2日間不眠不休のランという少年は、苛立ちの矛先をパイロットのおじさんに向けていた。
「ドーヴァー海峡での作戦、お疲れ様です。本国イタリアよりアルバーン中将から連絡を預かりました。軍の上層部が今回の作戦をとても評価して下さっております。やはりラン少尉は他の能力者と組ませると凄まじい力を発揮すると評価していました。つきましては、少尉も参加した約1年前の我が統一帝国に多大なる利益をもたらした、旧トルコ領奪還作戦の勝利に貢献した、ラン少尉含む5人の能力兵でチームを組み、作戦を行っていくそうです」
答えになってないと思いつつ、途中まで少し笑みを浮かべながら耳を傾けていたランだが"5人"という言葉を聞いた瞬間、17歳とは思えない目付きでルームミラー越しにパイロットを睨みつける。
「あの作戦で、くだらない大将の間抜けな指揮のせいでシード中尉は亡くなったはずでは?」
その低く唸る様な声を聞いたパイロットは「くだらないっ・・・!?いえ、も・・・申し訳ございませんでした。あの作戦の能力兵4人で組むそうです。それともう1人、新米の能力兵がチームに加わるとか」と低い姿勢で答える。
「そうですか。イライラをあなたにぶつけてしまいました。すみません。」
またあの4人で集まれることに嬉しさを噛み締めているうちに眠りについてしまった。単語帳はヘリの床に転がっている。雲の上からの日差しは心地よかった。
「アルバーン=ストライプ中将、失礼します」
イタリアのローマ郊外に位置する、本部に戻ってきたランはアルバーン中将の本に直行した。冷房が効いており、ラベンダーのアロマの芳香で満たされたこの部屋の中は快適すぎる。夏は蒸し暑く、冬は凍りつきそうで、火薬の匂いが漂っている戦場とは大違いで
「ラン=ワクリード少尉、今回の作戦ご苦労であった。楽にして良いぞ。」
相手は上官のアルバーン中将だが、2年前から作戦を共にしているため仲が良い。歳が五つしか離れてないことも理由の一つかもしれない。
「中将、いくつかお伺いしたいことがあるのですが、その前にちゃんと上着を着てください。だらしないですよ」とため息混じりに注意する。胸が大きいので心底目のやり場に困るのはもちろん、ツヤツヤした褐色肌の金髪ロングヘアー。エメラルドのような透き通った瞳。喋らなければ・・・
「おっと、すまない。まだお子様のランには刺激が強すぎたかな?」
「いつ頃からチームで行動を行うようになりますか?また、新米の能力兵についてもお伺いしたいのですが。」
「無視はよくないぞ。まぁそれは置いといて、チームで動くのは他の3人が作戦から帰還した後の二週間後からの作戦から行動を共にしてもらうよ。そして、新米ちゃんについては本人から直接聞くといいよ。可愛らしい15歳の女の子だ。でも、昔のランみたいにオドオドしてるらしいから先輩のランが面倒をみてあげないとね」
"昔の自分"か・・・
「分かりました。早速その新米と会いたいのですが、どこにいますか?」
「明日、会いに行かせるよ。どうせ、ランはいつもの所に行くんでしょ?」
なんて計画性のない指揮官なのだ、と苦笑いしつつ答える。
「ええ。そうですが、その新米の名前だけお聞きになってもよろしいでしょうか?」
「ああ、名前はイヴ=イストワール、伍長だ」
イタリアの夏は暑い。乾燥していて、日差しも強い。そんなイタリアは統一帝国の領土のひとつである。20XX年国際連合は崩壊した。諸説はいろいろあるが、どれが正しのかは未だにわからない。だが、その日から国同士の争いが絶えない世の中になった。倫理やモラルは消え、国そのものがなくなることだってあった。がしかし、戦争にもルールがなければ、いつかはこの世界そのものが滅んでしまう。国を解体し、六つの勢力に分け、戦争のルールを決め、領土を争って奪う。それが今の世の中だ。統一帝国、神従王国、創造組織、解放同盟、平等連盟、文化協商、世界には六つの勢力が今も世界のどこかで争っている。その物騒な世の中で特殊な能力をもつ子供が産まれてくる現象が稀に起こった。今ではウイルスや核爆弾、また国を滅ぼしかねない威力の高すぎる爆弾が禁止である戦争で、銃や爆弾は能力者にとって豆鉄砲でしか無かった。クリーンな戦争をする今、数少ない能力者は戦争で重宝される。
暑い中、ランはお気に入りのロードバイクを走らせローマのある場所に向かっていた。
統一帝国有数の安全国であるイタリアでは他の勢力からの攻撃を受けない。他の勢力の安全国には手を出さない。これも立派な戦争のルールとして存在している。
そんな安全国、いわば他からの干渉を一切受けない領土を増やすために各勢力は、どの勢力のものでもない領土を奪い合っている。奪ったその瞬間から5年間もの長い年月の間、どの勢力からの攻撃にも耐え、守りきり白旗を挙げなかった時、ようやくその領土は守り切った勢力の安全国として認定される。
言うなれば、お偉いさんたちの楽しい楽しい陣取りゲーム。能力兵、一般兵は盤上の駒に過ぎない。そんな遊びに俺たちは、命懸けで付き合わされる。
戦場には無い、穏やかな風に吹かれながらロードバイクを走らせること25分、ようやく目的地についた。
邪魔にならないように、ロードバイクを歩道の端に寄せ、チェーンロックの鍵をかける。
「2ヶ月ぶり・・・だったかな」
石でできた階段をのぼり、青臭い雑草を踏みしめ、微かに潮風が当たる"いつもの場所"に足を運んだ。
大量の花が飾られていたそこは、憧れであり、親のような存在でもあった殉職した上官の墓場だ。
手を合わせ目を閉じ、祈りを捧げながら独り言をつぶやく。
「シードさん、今回の作戦が評価され、またチームで作戦に参加出来ることになりました。もう、あの時のようなことにはさせません。天国から見守っていてください。」
少し震えた声に情けないと思いつつ、この場所をあとにする。1輪の菊を備えながら。
階段をゆっくり下り、歩道の端に置いてあるロードバイクにかかっていたチェーンロックの鍵を外すのに少々手こずっていると、「こんにちは、君がイヴ伍長なんだね。」とランは15秒後に話しかけてくるはずだった少女に尋ねる。
透明度の高い海の様な蒼い目。綺麗な白髪をシュシュで束ねているポニーテールの髪型。140センチ位の背丈。小動物のように怯えている可愛らしい少女がそこにいた。やはり、聞いていた通りだ。
「ひっ、す・・・すみません。イヴ=イストワール伍長、15歳です。次の作戦から共に行動させて頂きます。あ・・・あと、能力は回復術です。触れれば、そこまで大きくない傷や重症ではない病気が直せます。アルバーン中将から聞いた通りラン少尉の能力は・・・」
「予測、もしくは未来視、と呼ばれる能力だよ。約5億通りのパターンを予測して最適解を見つけるんだ。だからさっきの君の発言も5億回位聞いていたんだよ」
少しキョトンとしているイヴに付け足すように、「簡単に言うと、5億とおりの未来が見えてその中の一つを選べる感じ。驚かせてごめんね。俺はラン=ワクリード少尉。これからよろしくね」と優しい声で話しかける。第一印象をくじくと後々困るとアルバーンから聞いていた。
「よ・・・よろしくお願いいたします。」
「ありがとう、聞きたいことはだいたい聞けたよ。では、次の作戦で・・・」と言いきろうとしたその矢先、イヴは
「ま・・・待ってください!今日は病院までご同行させてもらえとアルバーン中将が・・・」とこの子に合わないような大きな声で話す。
そこまで話したのか、と少しアルバーンを恨んだ。
「なら一緒に病院に行こうか」
鍵はやっと開いた。




