#8 迫り来る岩蜥蜴
『結果』から言えば、俺の作った『調味料』類は文字通りの『大当たり』で、数ヶ月後にセヴォンさんが孤児院を訪ねて来た時は満面の笑みで俺に『抱擁』をして来たのには、先生やレイナ共々驚いた。
やはり『新しい味付け』に惹かれる人達が多かったらしく、セヴォンさんが懇意にしている『貴族』達もすっかり虜に成った様だった。
そして『契約』に乗っ取って、『売上の1割』を報酬として受け取ったのだが、目の前の『金貨』や『白金貨』の山に俺は先生と一緒に目を丸くした(因みに『此方』では貨幣は『ウェル』と呼ばれる)。
正直『貰い過ぎでは?』と不安に成ったが、セヴォンさんが『商会始まって以来の『嬉しい悲鳴』で寧ろリオン君に『期待以上の報酬』を渡せて嬉しい限りだ!』と言ってくれたので、有り難く頂戴する事にした。
と言っても流石に7歳の子供が持つには多過ぎる金額なので、大部分は先生に預かって貰い『月2回のお小遣い』として『1000ウェル』持たせて貰う形を取った。
其方の方が安心だし、第一俺は必要以上の『大金』を持つ事には抵抗が有ったからだ。
そうしている内に1年が過ぎ、8歳に成った俺は今も変わらず村での労働に明け暮れていた。
本来なら『調味料』の売上で『ちょっとした小金持ち』に成った俺が働くのは、『他の子達のやる気が無くなってしまうのでは?』と先生は心配していたが、寧ろ逆に『リオンに続け!』的なノリで皆も各々の仕事に一層精を出し、俺と職場が被った時は真っ先に『教え』を乞いに来たりした。
勿論、仕事の合間も『魔法』や『戦闘術』の訓練や『御神体』の手入れも欠かさず行った。
そして今日も今日とて、仕事終わりに修行をして『良い汗』をかいた後、孤児院に帰宅した。
時間的には夕飯時で、台所付近から良い匂いが漂っていた。
『今日は『ウズラ鶏のシチュー』と『オムレツ』かな?』
無論、何方も『大好物』なので俺の胃袋は既に『警報』を発しており、足早に孤児院へ入り先生へ『今日の報告』を済ませた後、水浴び場に直行して汗を流す。
冷たい井戸水が火照った身体に心地良かった。
汗を流した後は、大急ぎで食堂へ向かい夕飯に舌鼓を打ち、当番の皿洗いに精を出した。
「あ、リッ君!」
シチューが入っていた大鍋を洗っていた所へレイナが声を掛けて来た。
あれから彼女は(背は俺の方が高いけど)背も伸びて可愛らしく成長を遂げ、言葉通りの『美少女』に成っていた。
『少女』でこのレベルなのだから、将来のポテンシャルは相当高いだろう。
そして、魔法も孤児院で1番で有った。
「ん、どうした?」
「うん、明日ね、お天気が良かったら孤児院の皆や村の子達でピクニックに行く事を成ったの!
先生はお仕事で行けないから、年長さんが連れて行く事に成ったんだけど、リッ君は来れる?」
大変魅力的なお誘いでは有ったが、生憎と明日も解体作業場での作業の予定が入っていた。
「ゴメン、明日も作業場で仕事が有るから、僕も一緒に行けないなぁ……」
「え〜、リッ君も〜。
リッ君、最近お仕事ばっかりじゃん……」
不満げに頰を膨らませたレイナに、申し訳ないと思いつつも苦笑を禁じ得なかった。
「いや〜……、作業場の親方や他の皆がさ……、『リオンが居てくれたら仕事が捗る!!』って言ってくれるのが嬉しくて……。
其れでつい、色んな仕事引き受けちゃって……」
「そして、いつの間にか『騒動に巻き込まれて大変な事』に成っているんだもんね」
「うぐっ……!」
此れは『痛い所』を突かれてしまった。
「この間だって、『怪我をした猟師さんを助ける為に』ってブラウンベアと追いかけっこしたり、盗賊鴉に盗まれた宝石『取り返す!』って森中の木の上飛び回ったり、アルマが落とした靴を拾おうとして崖に飛び込んだり、えっと其れから……」
すんませんレイナさん、もう勘弁してくだしあ……。
まぁ、レイナが思い出している事以上に自分から騒動に首突っ込んでは大事に成って、その度に先生から『大目玉』を喰らって来たのだ。
でも、そのおかげか自分で言うのも何だが、村の人達からも『信頼』が厚くて、先生に怒られている時も一緒に謝ってくれたり庇ったりしてくれた。
「兎に角! リッ君は目を離したら、いっつも大変な事に成るんだから……!」
「はい……、ホント何時も御迷惑をお掛けしています……」
腰に手をやり頬を膨らませているレイナは贔屓目抜きでも可愛く、顔を『苦笑』で留めるのに苦労した。
『前』で見た友人の娘の『おませ』な態度を思い出しながら、俺はレイナの説教を聞いていた。
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「『爆ぜろ、ファイアボール』!!」
右手から撃ち出された『火球』が、目の前の岩に直撃する。
「よし、そんじゃ次は『風』だ!」
俺は、『秘密基地』にて何時もの様に『魔法』や『戦闘術』の修行に精を出していた。
本来なら作業場で働いている時間帯なのだが、何でも『ロックリザード』が出現したと言う事で急遽仕事が休みに成ったのだ。
『ロックリザード』とは、その名の通り岩の様な皮膚を持つ大型のトカゲのモンスターで、『冒険者』に取って『最初の難関』と称される程のモンスターで有る。
本当は隣町の『アヴェル』に出現したのだが、念の為に『アヴェル』周辺を猟場にしていた猟師さん達が今日の猟を中止したので、供給が滞ったので仕事も休みに成り俺も時間が空き『修練』に費やす事にした。
「『切り裂け、ウィンドカッター』!!」
そして現在、『秘密基地』の泉の直ぐ下に位置する岩場で魔法の訓練をしていて『風の刃』が『ファイアボール』で穴だらけにした岩を細切れにした。
「うん、『風』もOK! 『光』も全然使えるし、油断さえしなけりゃ大丈夫かな」
魔法も『複数持ち』になれば『得て不得手が出て来る』と教わったが、今の処俺は『火』『風』『光』属性を問題無く使用出来ていた。
まぁ、俺自身『魔力が低い』から細かな制御が要らないだけかもしれないが……。
「んじゃ、次は『体術』だな!」
別の大岩の前に立ち、自ら編み出した『魔力制御法』で魔力を身体に纏う。
アレから毎日欠かさず続けてきたおかげで、今では『呼吸』や『瞬き』と同じ感覚で魔力を纏う事が出来る様に成っていた。
目の前の岩目掛けて、拳や蹴り、手刀を繰り出し『体術』の方も申し分無く使い熟せた。
「ふい〜……。 腹減ったし休憩にするか!」
丁度いい時間に成ったので、腹拵えがてら休憩にする。
食べ頃の『ストープ』の実を3房捥いでデザートにし、弁当のサンドイッチで昼食と洒落込む。
ウズラ鶏で作った『鶏ハム』は上手く出来ていて、マスタードを多めにしたマヨネーズとも相性抜群だ。
腹を満たした後は、泉で水浴びをし汗を流す。
「さて、そろそろレイナ達と合流した方が良いかな?」
時間的に見れば、昼食後で子供達もそろそろ腹も熟れて来て遊び出す頃合いだろう。
俺は一背伸びして荷物を纏め、ピクニックの集合場所へ向かった。
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「ん?」
集合場所へ向かう途中で、『生臭い獣臭』を嗅ぎ取り足を止めた。
独特の生臭さと『前』の記憶と知識から、恐らく『爬虫類』系の臭いと当たりが付いた。
『此処ら辺って、爬虫類系のモンスターは居なかった筈だけど……?』
そう思いながらも、脳裏を過った『微かな不安感』に突き動かされる様に森の斜面を滑り降り少し進むと、そう離れていない場所で蒸せ返る様な獣臭と巨大な生物が複数通った獣道や足跡を発見した。
近づいてざっくりとだが調べてみると、その内の1つは少なくとも5mに近い大きさだと推定出来た。
「其れに、コイツらの進んでいる方角って……⁉︎」
そう考えた時には、俺はその場を駆け出していた。
「頼む……、間に合ってくれ……!
レイナ、皆、無事でいてくれよ……!」
呪文の様に、レイナ達の無事を祈りながら、出せる限りのスピードで山中を駆け抜けた。
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『⁉︎』
痕跡を辿りながら山中を走って行くと、微かにだが『子供の悲鳴』と『金切り声』が聞こえ、俺は側の木を駆け登り目と耳に『身体強化』を集中させた。
すると3体の巨大な蜥蜴の怪物が、ズラリと牙の並んだ大きな口を開けて子供達に襲い掛かろうとする場面が飛び込んで来た。
レイナ達年長組が年少組を庇いながら逃げて行くが、その内の1人の女の子が転んでしまい動かなくなった。
恐らく転んだ拍子に頭を打って気絶してしまったらしい。
「『射抜け、アイスアロー』!!」
女の子に駆け寄ったレイナが彼女を背に隠しながら得意の氷魔法を放つも、ロックリザードの頑強な皮膚には全く効果が無かった。
『冒険者の最初の難関』と言う異名は伊達では無いと言う処だろう。
ニ、三度頭を振い何事も無かった様に改めてレイナ達を喰おうと近づくロックリザードを見て、居ても立っても居られなく成った俺は両手足に魔力を集中し、木の頂上から飛び出した。
他の木の枝をトランポリン代わりに、レイナ達の元へジャンプ移動しロックリザード達の頭上を取った。
「リッ君⁉︎」
「レイナ、其処を動くな!!」
レイナに叫びながら、右手に魔力を集中させる。
「『燃やし尽くせ、螺旋の業火 スパイラルフレア』!!」
毎日欠かさず『魔力制御』の訓練をしていたおかげで魔力を無駄無く操れる様に成り、その分を魔法に振り分けられC-級の俺でも、より高度な中級魔法を放つ事が出来た。
ただ『動く的』に撃つのは『初めて』なのも有り、俺の『スパイラルフレア』はロックリザードの目の前に着弾してしまった。
しかし目の前に突然『炎の渦』が落ちて来た事でロックリザード達は動揺し後退りした事と『炎の壁』が目眩しに成ったのは『嬉しい誤算』だ。
俺はそのまま、所謂『スーパーヒーロー着地』の体制で着地し、レイナの前まで滑り込んだ。
つか、おっかねぇーーーーー⁉︎
当分は、こんな『曲芸染みた着地』なんて真っ平御免だ!!
「リッ君!」
「レイナ⁉︎ 大丈夫か? 怪我は?」
「う、うん、私は大丈夫……。
ありが……」
「お礼は後で良い!
その娘を抱えて走れるか?」
「う、うん!」
「よし、何とか時間を稼ぐから、レイナは先生達を呼んでくるんだ!!」
「えっ⁉︎ で、でもリッ君……!」
「早く!!」
本来なら野生動物に背を向けて逃げるのは絶対にしてはならない悪手だが、幸い『炎の壁』が目眩しに成っているので、この場からレイナ達を逃す事が出来る。
何度か孤児院までの道と俺に視線を向けていたレイナだったが、涙を必死に堪えて女の子をおんぶして走り出した。
そして徐々に炎の勢いが治まり、獲物を逃した事に腹を立てたロックリザード達が『元凶』で有る俺に剥き出しの牙を向けて来た。
俺は距離を保ちながら蜥蜴達をじっくりと観察する。
パッと見は、『前の世界』の『コモドオオトカゲ』そっくりで体中が岩の様な皮膚に覆われており、特に真ん中のリーダー格の大きさは『痕跡』の通り5mを有に超える巨体だった。
牙は勿論だが、鋭い爪や丸太を思わせる尻尾、岩の様な皮膚も強力な武器だろう。
俺は1度大きく深呼吸をすると、改めて蜥蜴達を睨み付ける。
「俺の大事な友達を喰おうとしたんだ!
テメェらも『喰われる』覚悟が有るんだろうな!!」
何とか先生達が来るまでは、時間を稼がなくてはならない。
俺は身体中に魔力を纏って、蜥蜴達へ飛びかかった。