#6 真夜中の語らい
「親方! 斑牛の解体、終わりました!」
「おーし、そんじゃリオン、悪いが3番の水晶鹿の解体のヘルプ入ってくれ!」
「了解です‼︎」
活気の有る威勢の良い大声が作業場に響き渡る。
此処は『フラメル村』の中央市場に有る『解体作業場』で、連日猟師が狩って来た『獲物』を肉や毛皮等に『解体・加工』する作業を行なっている。
現在、俺は件の『解体作業場』で見習いとして働いている。
6歳に成り、『念願』の『外出許可』が出たので俺は翌日には喜び勇んで村へ飛び出した。
俺が住んでいる孤児院の有る『フラメル村』は『牧畜』『狩猟』『農業』が主な産業で、パッと見た感じでは『前の世界』で言うと『フランス』の『ジェヴォーダン地方』を思わせる、牧草地帯と小高い丘が広がる『長閑な田舎町』で、街道沿いに位置しているのも有り『商人』や『旅人』が引っ切り無しに出入りし、『辺境』と言っても其れなりに栄えていた。
そして『今世』でも、俺の『巻き込まれ体質』は絶好調で、外出初日早々に『ひったくり』をお縄にした事から始まり、坂を転げ落ちるリンゴを拾い集める、『食い逃げ』をとっ捕まえたと思えば、挙句に何処からか迷い込んで来た大猪と『追いかけっこ』を演じる羽目に成ったり(大猪は俺自身を『囮』にして、村の防衛用の堀まで誘導して、堀へ落とし捕まえる事が出来た)と、外出の度に騒動に巻き込まれた。
元々『4歳で山の様な薪を背負っていた』事で村では其れなりに『有名人』だったらしいが、村の『トラブル』等の解決に尽力して行った事で住人達からは好意的に受け入れられ、『お使い』で訪れれば『オマケ』してくれたり、何らかの手伝いをしたらオヤツや『お駄賃』を貰ったりした。
そうした日々を過ごしている内に、俺は7歳に成った。
この歳に成ると、村の人々から徐々に仕事を受け行き、才覚の有る者は商人の丁稚や職人の弟子、富裕層の下男やメイド見習いとして働き、所謂『暗黙の了解』で10歳を迎えると独り立ちする事に成っている。
ただ俺の場合は、村の殆どの職場からオファーが舞い込んで来て先生が目を丸くしていた。
その後『長い協議』の末、『ひと月事に、ローテーションする』形で落ち着いた。
「先生……、大丈夫ですか……?」
「ええ……、少し驚きましたけど、心配御無用ですよ。
でもリオン君、凄いですよ!
今までも『複数の職場』から勧誘が来た事も有りましたけど、『殆どの職場』から来たのはリオン君が初めてですから!」
「僕も驚きました……。
正直『魔力が低い自分には、一件でも来てくれたら儲け物』くらいにしか考えていなかったので……。」
「フフッ、だから前にも言いましたよ。
『魔力が低くても立派に成功した子も居ます』と。
其れにリオン君は頭も良くて手先も器用、技量も要領も申し分無しですから、どんな所でも間違い無く成功しますよ!」
そう言って先生は、俺の頭を撫でながら『太鼓判』を押してくれた。
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『前世』では所謂『何でも屋』を営んでいた事も有り、割り当てられた仕事を沙汰なく熟して行ったので俺は何時しか各職場から重宝され、特に『今の職場』は性に合ったのも重なって『見習い』ながらも殆ど『現場のリーダー』的な立場に成っていた。
正直、先輩方からの『やっかみ』は覚悟していたが、逆に『俺の手際』を見て『親方』のヴェルさんを含めた先輩の方から教えを受けに来たり、何かと面倒を見てくれたりと、可愛がられ頼りにされた。
「親方ー! 水晶鹿の解体、終わりやしたー!」
「おーし、ご苦労! そんじゃ……。」
「ちょ、親方! そろそろリオ坊、上がらせないと!
もう予定の時間、2時間も過ぎてますよ!」
「何ぃ⁉︎ いっけねぇ、また残業させちまったか⁉︎」
「大丈夫ですよ、親方。 先生にも『遅くなる』って言って来ましたから……。」
「馬鹿野郎、そう言う訳にも行かねぇだろ⁉︎
『規則』は『規則』だ、守らねぇとな。」
「そう言うこっただぜ、悪かったなぁリオン。
今日は獲物が多くて、全然捌き切れなくてなぁ……。」
「いえ、そんな……。」
「っし、『残業代』にゃ足りねぇが……、『切れ端』や『筋』、何時もより多目に包んだからな!」
「わぁ〜! 何時もすみません!」
「なぁ〜に、悪いのは何時も『残業』させてる俺らの方だからな!
すまねぇが、先生にゃ『よしな』にな。」
「了解です、お疲れ様でした!」
「おう、お疲れ!」
と、俺自身も楽しいのも有って『残業』も良くしており、『残業代変わり』として貰っている『肉の切れ端や筋』も実はかなり美味しい部位で、孤児院の皆は密かに『俺の残業代』を楽しみにしているので有る。
『流石に今日は間に合わないけど、明日には『コンソメスープ』や『肉入りピラフ』が作れるぞ!』
かつて『撈餅』を作って以来、調理の手伝いも任せられる様に成った俺は『明日の夕飯』のメニューを考えながらホクホク顔で家路に着いた。
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「ただいま〜!」
「あ! リッ君、お帰り〜!」
孤児院に帰り着くと、レイナが真っ先に迎えてくれた。
レイナは『魔法の訓練』も兼ねて魔法薬の専門店で働いていて、俺の方が『残業』が多いのでレイナが先に帰っている。
「リッ君、お疲れ様〜。
遅かったけど、また『ざんきょう?』して来たの?」
「うん、仕事が楽しくて『つい』ね……。
あ、コレ『何時も』の。」
「わ〜、お肉だ〜‼︎」
「悪いけど、また倉に入れといて。
僕は先生に報告してくるから。」
「うん!」
此処の処、残業が続いている事を心配されたが、理由を話すと先生は少し呆れた様に苦笑しつつも俺が皆の役に立っている事をとても喜んでくれた。
夕食後、当番の後片付けをレイナと行なっている処へ先生が声を掛けて来た。
「リオン君、今大丈夫ですか?」
「あ、はい。 先生どうされましたか?」
「リオン君、明日はお仕事はお休みでしたよね?」
「ええ、そうですけど……?」
「実は、リオン君に会いたいと言う方がいらっしゃって。
明日の朝一で応接間に来て貰えますか?」
「分かりました。
……あの、『僕に会いたい方』って、もしかして『僕の両親』ですか?」
「……っ⁉︎」
俺の質問に、先生は一瞬顔を強張らし気不味そうに目を伏せ、何故か隣のレイナも今にも泣きそうな顔をしていて、正直2人の反応に戸惑ってしまった。
冷めた言い方に成ってしまうが、俺は別に『此方』の『産みの親』に会いたいとは少しも思っていない。
過ごした7年の間で『此方』では『普通』に生きて行く事すら難しいのは身に染みていたし、決して『裕福』では無いもののノルン先生のお陰で何不自由無く暮らせている俺達は『幸運』と言う他無い。
だとすれば『両親』にも何らかの事情が有ったと言う事は想像に難くなく、特に『恨み』等は覚えなかった。
転生した『此方の世界』で、俺に『会いたい』と言う人間はそれぐらいしか思い当たらなかったので、何気なく尋ねただけなのだが……。
そんな中、先生が逸早く立ち直り口を開いた。
「ごめんなさい、リオン君。
貴方の御両親や親戚の方が来た訳では無いの。
誤解を与える言い方をして本当にごめんなさい。」
「いえ、大丈夫ですよ。
少し気になっただけですから。
別に今更、『会いたい』なんて思ってませんですし。」
「………!」
隣でレイナは更に表情を暗くし、『チャームポイント』の耳や尻尾も垂れ下がっていた。
「本当にごめんなさい。
実は先生の知り合いの方が、リオン君の話を聞いて『会ってみたい』と言う事に成ったの。」
成る程……、どうやら俺の預かり知らぬ所で『俺の評判』は他の場所にも聞こえているらしい。
「分かりました。
では明日は宜しくお願いします。」
「ええ、此方こそ。」
其処で話も終わり、俺達は片付けに戻った。
ただ、その間もレイナの表情は沈んだままだった……。
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片付けも終わり、俺は男子部屋で布団に包まって寝息を立てていた。
(……ん、…ッ…ん。)
「んぁ?」
ふむ、誰かが俺の顔をペチペチと叩いたり小声で呼びかけたりしている。
妙にリアルな夢だなぁ……。
(リ……ん、リ…君、リッ君!)
「ん……? レイナ……、っ⁉︎」
(わぁ⁉︎ 大きな声出さないで! 皆起きちゃうから‼︎)
夢では無く、目を開けたらレイナの顔が目の前に有り、彼女の手が俺の口を押さえていて、流石に目が覚めた。
孤児院の規則で、1番重い違反に成るのが男子・女子が夜に互いの部屋に忍び込む事で、破った者は罰として1日食事抜きと1週間の掃除当番を全て肩代わりする事に成る。
実際、一度違反した奴が居たが端から見ていて気の毒だった(しかし、違反は違反なので同情は出来ない)。
だからこそ、孤児院でも1番の優等生のレイナが規則を破った事に驚きを禁じ得なかった。
(ごめんね、こんな時間に……。)
(あ、いや、大丈夫だけど……、どしたい?)
(うん……。 あのね、どうしてもリッ君に聞きたい事が有って……。)
(ん〜……、じゃあ、場所変えよっか……。)
俺とレイナは静かに部屋を抜け出し、食堂へ向かった。
食堂へ続く廊下の暗闇を見て、改めて『此方』には電気・水道・ガス等の『インフラ』が無い事を思い知った。
成るべく音を立てない様に歩き、食堂に着くと明かりを求めて窓際に向かう。
今夜は新月だが星明かりでも互いの顔が分かる程度には明るく、特に寒くも無くて過ごしやすい気候だった。
俺達は話をしやすい様に、互いに向かい合って座った。
「んで、どうした? 話って?」
「うん……。」
部屋で寝ている人達が起きない様に話し声も成るべく低くする。
やがて、意を決した様にレイナが口を開いた。
「あのね……、リッ君はお父さんとお母さんに会いたいって思う?」
「ん?」
「だから、『自分を捨てたお父さんとお母さんに会いたいか』って事……。」
う〜む……、此れは中々ハードな話だ……。
正直、こんなシリアスな展開は予想して居なかった……。
「レイナ、何でそんな事訊くんだ……?」
「……夕方、リッ君、先生に『両親に別に今更会いたく無い』って言ったでしょ?」
レイナは寝間着の裾を握り締め、絞り出す様に言葉を紡ぐ。
「私はお父さんとお母さんに会いたい……!
『どうして私を捨てちゃったのか』をちゃんと聴きたいし、もし叶うんだったら一緒に暮らしたい。
そう思うのって、変なのかなぁ……?」
成る程、そう言う事か……。
俺とレイナは境遇が似ている。
1日違いでは有るが、孤児院の前に捨てられていた。
本来7歳くらいの子なら『両親に会いたい』と思うのは何らおかしくない。
其れを俺が『会いたくない』なんて言ったモンだから、『会いたい』『出来れば一緒に暮らしたい』と思うのは『おかしいのか?』と思い悩んでしまったんだな。
俺は、本来なら『50歳』を超えているから気持ちの整理も直ぐに付く。
しかし自分の『何気ない発言』が、女の子を傷付け悲しめた事は猛省しないとなぁ……。
俺はレイナに近づくと落ち着かせる為に心臓の音が聞こえる様に抱きしめた。
レイナは一瞬驚くも、直ぐ安心しきった様に身体を預けた。
「ごめんな、レイナに悲しい思いをさせて。」
「リッ君……?」
「レイナの『お父さんとお母さんに会いたい!』って思う気持ちは変じゃないし、寧ろ『当たり前』だよ。」
「本当?」
「うん。 僕が『会いたくない』って言ったのは、『会いたくない』って言うよりも『会う方法が無い』って事だから……。」
6種族の中では人族の人口が1番多い。
ぶっちゃけ、俺がその中から両親を見つけ出すなんて、何度転生すれば良いか分からなく成る。
唯一、手掛かりが有るとすれば右肩のドラゴンの様な形をした『痣』くらいな物だ。
『此方の世界』では、珍しい形をした『痣』には不思議な力が宿ると信じられていて、特にはっきりとした形に成れば成るほど強い力を持つとされている。
実際、歴史上に於いても『6大英雄』も含めた名の有る人物に『痣』が多かった事も有り『魔力』と並んで尊ぶ風習が存在しているが、仮に『此方の世界』での俺の『産みの親』が所謂『有力な貴族』だとしたら幾ら『痣』持ちでも『魔力』が低ければ『世間体』等を理由に切り捨てるなんて事は、(反吐が出るが)十分に考えられる。
「其れに、僕には『魔導士』の才能が無い。
だからこそ、捨てられたんだと思うし捨てた両親が迎えに来るなんて、正直有り得ないって思う。
だから、ある意味割り切る為に『自分に言い聞かせ』ているんだ。」
俺はレイナを撫でながら話を続け、レイナも心音と撫でられる感触が心地良いのか、静かに耳を傾けてくれた。
「でもレイナは、孤児院でも1番魔法が上手いし、才能だってピカイチだ。
何より『ナインテイル』族は獣人族の中でも特に希少な種族の一角だから、寧ろ僕よりもずっと可能性が有るんだ!
……ごめんな、『無神経』な事言って……。」
俺も含めてだが、子供が黙って捨てられるのは珍しい。
特にレイナの様な、高い『魔力』を持ち『魔導士』の才能に溢れている子なら尚更だ。
嫌らしい話、『魔導士』に成れば勿論『リスク』は伴うが『富』も『名声』も思いのままだ。
仮に貧しくとも、そんな『金の卵』を手放す理由が無い。
もし手放す理由が有ったとしても、大抵は『有力貴族』もしくは『著名な魔導士』へ養子に出すだろう。
考えられるケースとして、両親が亡くなり親戚同士での『責任の押し付け合い』か『奪い合い』、権力争い又は『一族の当主』として祭り上げられ『人間扱い』とは程遠い古い風習塗れの生活を強いられる事から逃す為で有る。
何れにしろ、考えるだけでも胸糞悪い話だが……。
実際、孤児院にもそう言った『柵』から良心の有る親や親戚から助けられ、ノルン先生に預けられた子も何人か居る。
「ううん、私もリッ君の事、全然考えないで無神経な事言ってごめんなさい。
リッ君も一杯一杯考えて、そう思う様にしたのに……。」
「おっと、これ以上は『ごめんなさい』合戦に成るから此処まで。
『おあいこ』にしよう。」
「うん、『おあいこ』だね♪」
そう言い合って、俺達は静かに笑い合った。
「私ね、大きく成ったら『魔導士』に成る!
沢山頑張って、立派な魔導士に成ってお父さん達を探すの!
捨てた理由もちゃんと聞きたいし、一緒に暮らすのが『夢』なんだ!」
「良い夢だね。
大丈夫、レイナなら必ず叶えられるよ!」
「フフッ、ありがとう♪
リッ君が言ってくれたら、必ず叶う気がして来た!」
そう夢を語るレイナの笑顔を見て、俺も何だか元気が出て来た。
「あ、早く戻らないと先生に見つかっちゃう!」
「だな!」
夜も更けて来た。
流石に戻らないと、先生にドヤされる。
育ち盛りに『1日飯抜き』なんて、考えるだけでも背筋が凍る……。
互いに『お休み』を言って、俺達は急いで部屋に戻った。
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部屋に戻った俺は、部屋の隅に有る姿見鏡の前に立った。
改めて見る、『此方の世界』での『俺』の姿。
有る意味、『俺』が『横取り』してしまった様な物だ……。
例え、想像を絶する過酷な人生だろうと、その人生は『その人』の物だ。
最初は『転生』出来た事が嬉しくて仕方なかったが、最近では『『本来の人の人生』を奪ってしまったのでは』と罪悪感を覚える時が有る。
赦しを乞おうとも、俺には『手段』も無く叶わない。
だが、『だから』と言って『命を絶とう』なんて考えるのは『生命への冒涜』でしか無いし、仮に『人生を譲ってくれた『その人』』に失礼極まりない。
改めて姿見鏡に写る自分を見つめ直し、無意識にだが右肩の『痣』を服の上から握り締め、
「『死にたく無い』と言う、俺の我儘を聞き届けて下さり、本当にありがとうございます。
『この身体』を譲って頂いた以上、『この身体』に恥じない様に新たな人生を精一杯生きて全うする事を誓います。
そして、『其方に赴く』日が来た時には必ずお礼に伺います。」
と、固く誓いを立てたのだった。
その際、まるで『エール』を送ってくれているかの様に『痣』が暖かく成るのを感じた……。