お渡り、阻止させて頂きます
お読み頂き有り難う御座います。
色々ゆるいのでお部屋と御気分を明るくされた上広い御心でお読みくださいませ。
絶対王政の国ではなく、地方分権が進んだ国の設定で御座います。
国中から美しい娘を集めよ。
次代の王の側室とする。
そんな立札が各地に立って、如何ばかり経っただろうか。
各地から様々な年齢の女性が王都に集められた。
その中のひとり、集められた娘の中でも少しばかり棘のある美しさを持ったその娘がいた。
磨かれた鏡のような銀髪に、温かみのある柔らかい黄色の目。だが、少しきつめの顔立ちをしていた。
王宮に着いた彼女は見た目に反してとても大人しく、下を向いたままである。
慣れない場所で緊張しているのだろうと、侍従は全く気にしていなかった。
「二年間お渡りがないと、郷里にお帰り頂くことに」
「……全力を尽くします」
赤い唇から出た声は、とても甘く、可憐である。
顔は好みじゃないが声は美しいな、と侍従は心中で勝手なことを呟く。
「自信がおありのようですね」
「ええ、田舎育ちですので死力を尽くします」
「………やる気ですね」
側室の集まる離宮の説明をしていた王子の侍従は、やる気のある力強い返事に眉を寄せた。
田舎から出て来た割に、随分と野望に満ちた返事である。
確か、彼女の実家は強欲な家風ではないと聞いていたが、本人は違うのだろうか。
並々ならぬ気迫に押され、侍従は気を引き締めた。
だが、彼女はとんでもないことを言い放つ。
「何がなんでもお渡りを阻止し、二年の歳月を清らかに過ごした暁に、晴れて郷里に大金持って帰ります」
「は?何ですって!!」
侍従は耳を疑い、俯いたままの彼女をガン見したが、彼女のボソボソした声の割にとんでもない勢いは止まらない。
「心血を注いでこの側室からの脱却を致します。それでは罠の準備が有りますのでごきげんよう」
「え、罠!?罠!?」
磨いた鏡のような美しい銀髪を緩く結って生花を美しく飾った娘は、優雅とは程遠い仕草で走り去ってしまった。
全力疾走と言った方が正しいだろうか。
よくあのドレスと靴で走れるものだ。どんな身体能力だ。
色々ツッコミたい所は有ったが……。
「…………またやべえの来ちまった」
若葉が萌え出る春の爽やかな日差しが降り注ぐ中、侍従はこのお召しが失敗したのを悟った。
人口よりも家畜の方が多い、そんなド田舎と言っても過言ではない、とある領地。
そんな領地を預かる男爵に美しい娘がいた。
その名前はヴァーミリア。
短い単純な名前が主流な田舎なのに、場違いとも言える凝った名前を付けたのは彼女の祖母である。
彼女が若い頃に、王都の劇場で見た当て馬で殺される悲劇で美貌の令嬢の役名を気に入り、滅茶苦茶子供に名付けたかったらしい。
だが自分が産んだのは6人もの息子。
涙を飲んで諦めて幾星霜。最早芝居のネタも忘れそうなその時に、長男に娘が授かる。
彼女は大喜びし、息子の嫁がそんな古い芝居の登場人物しかも当て馬……?と渋るのに目もくれずゴリ押ししたという………実に聞いた者が反応に困る理由であった。
だが、名は体を表したか、どんな神の奇跡が働いたのかは分からない。
地味な顔立ちが多い家族の中、上手い具合に良いところを拾い上げたらしいヴァーミリアは田舎では稀な美少女に育ったのだった。
そのあまりの美しさに、年頃の彼女の評判は何故か結構遠い王都まで響いたと言う。
だが、評判はその性格までは伝えきれなかったようだった。
「ヴァーミリア、お前に側室にならないかと中央から……」
「まあ、とんでもない色魔ですわね。分かりました、このヴァーミリア、色魔を退治してお金を分捕って参りますわ」
「……いや、退治しちゃいけないし、お金を分捕らなくて良いんだよ。2年大人しくいればいいだけだからね。頼むから中央と揉めるんじゃないよ?地方分権とは言え、中央は未だ力を持っているんだからね」
そして、両親を不安に追い込んだ娘は旅立ち……冒頭へ戻る。
王の住まう王宮のとある一角。
ずべっ!ぐてっ!!と廊下に音が響き、黄色い悲鳴が上がった。
「誰だ!!廊下を湿った落ち葉とドングリだらけにしたのは!!靴が汚れるだろうが!!
此処の当番は誰だ!!ちゃんと掃除しろお!!」
悲鳴を上げたのは御年いい年齢の成人男性。
自慢のつややかな黒髪には落ち葉とドングリが乗っかっており、若干間抜けな様である。
残念ながら、いや、幸いな事に怪我はないようだった。
「…………恐れながら殿下、つい先日いらしたヴァーミリア第十七妃のご命令で……」
「何ィ!?我が国にもついに!後宮で陰湿ないがみ合いが発生中なのか!?
この、私を巡って!?」
朗々とした声で碌でもないことを言い出す主に、侍従は冷たく返答した。
「いえ、それは特に起こっておりません」
「何でだよ!!」
「大人しい気質の令嬢がおられるようで、妃がた同士の交流も有りませんし」
「其処は、まあ、内気な子は可愛いし許す」
「後、殿下に興味が無いと公言される妃がたも多く」
「それは報告せんでいい!私は愛されて伸びる派だから!!」
侍従は鼻と額に皺を寄せて自分の主を見た。
彼は何時ものように堂々としており、全く自らの発言に恥じるところは無いようだ。
「え?愛され?」
「何だよ」
「無関心は愛では無いじゃないですか。分かっておられるんですか?」
「分かっとるわ!」
「あー、だからいがみ合いが発生したかと誤解して喜んでいたんですね……?何て寒い思考だ……」
「何か言ったか?」
「聞こえてるのに聞き返さないでください。時間の無駄です」
「其処はお前、申し訳なさそうにへりくだる所だろ!?臣下なら我慢の瞬間だったよな!?」
「後宮の予算って逼迫してますよね。早く閉じたいです」
わざとらしく関係ない書類をヒラヒラさせる侍従に、王子は耳を塞ぐ。
都合が悪い事は聞きたくない。それが彼の信条だった。
「あーあー聞こえなーいー」
「昨日シェーロイナ第六妃の所へお渡りになったのに、逃げられたんでしたよね」
「照れてたんだろう。めっちゃ枕投げてきたからな」
実際投げられたのは枕だけでなく、ご令嬢が持てそうな範囲でのありとあらゆる調度品だった。
きちんと被害報告が上がっていたのに、少なく誤魔化した申告に改竄して失敗した王子の話は城の誰もが知っている。
良くも悪くもこの城は風通しが良いのであった。
「他に罵倒と燭台とかが飛んできたと聞きましたけど」
「………キャー人拐い!!ってキツめに言われただけだ」
それはキツめどころでは無い。完全に嫌がられて心底嫌われている。
そんな乙女心を解さない現実逃避する野太い主君の物真似へ、侍従は冷たい目を向けた。
「やはり、無理矢理後宮を作るからですね」
「何で皆私に冷たいの!?私、あと数日で即位するんだぞ!?普通、権力狙いの親が娘を送り込むだろ!?」
「常識的な親心を持つ貴族ばかりで我が国は安泰ですね」
王子が怒鳴り返そうとしたとき、門の辺りで大声と馬の嘶きが聞こえた。
随分と大騒ぎになっているようだ。
「何の騒ぎだアレは?」
「第九妃のお渡り無しが二年経ったので、迎えに来られたそうです」
「ナバナだろ!?昨日行ったけど!?入れなかったけど!!」
「ええ、先日大掛かりな罠を嬉々として作っていらっしゃいましたのをお見掛けしました」
「止めろよ!!偶には妃と妃で私をサンドイッチして捕まえて欲しいだけなんだーーー!!」
「………殿下どちらへ!?」
いきなり駆けだした王子を侍従は追い掛けざるを得ない。
それが彼の職務だからだ。
「くそっ!中年に足処か頭ズッポリ突っ込んでる癖に足が早い!」
「聞こえてるぞ馬鹿者!!私は中年ではない!小僧から脱却したての思慮深いイケメン王子だ!!」
「思慮深いなら、女性に囲まれてモテたいなんて叶わぬ夢を諦めてください!!」
耳を塞ぎながら走る王子に、追い掛ける侍従。
異国では目を見張り目を逸らす光景も、この国では日常である。王宮を守る騎士も仕える使用人も、全く気にせず通常業務を粛々と行っていた。
そんな他人事を決め込む彼らに「偶には替われ!!辞めたい!!昨日分割で買った外套代払い終えたら辞めてやる!!」と叫びそうになった時、可憐な声が響き渡った。
しかも複数、かなりの人数である。
「皆様、私が殿を務めます!どうか先に御逃げになって!!」
「ヴァーミリア様!!いけないわ!!御自分が犠牲になるなんて!!」
「何て雄々しい方なの!!どうかご無事で!!」
「嗚呼、必ず生きてくださいまし!!またお逢いしましょう!!」
「私、侍従の君の方が好みでしたわ!後に文をお出ししても!?」
敵を目前にした前線みたいな叫びが交わされているのは、離宮の門。何時も静かな其処が、今やそれこそ戦場のように馬車がバタバタ行き交う現場であった。
集団夜逃げならぬ、集団昼逃げって有るんだな、と侍従はあまりの光景に他人事のように眺めていた。
因みに、彼に止める気はない。超人ではない彼は己の非力さを自覚していたのである。
「ああ!!私のたんまり居る側室達がーーー!!」
だが、現実を受け入れたくない王子は止めようとドタドタ走り寄る。
だが、所詮は多勢に無勢。瞬く間に馬車がどんどん離宮から出ていく。
無駄な足掻きであった。
「お間違え下さいますな殿下。側室候補者の方でしょ。大体あんなに居られるのに………たったおひとりとも情を交わされてないのに側室って……」
「バラすなーーーー!!」
王宮の門前と言う公衆の面前で侍従にトドメを刺され、王子は躊躇いもなく膝を着く。そして泣いた。泣き喚いた。
あまりに無惨な光景、いや悲しみにくれる王子が少々気の毒になったのか、遠巻きに見ていた王宮の使用人がヒソヒソと同情の声を上げていた。
「流石に気の毒に……」
「でも意に添わない縁談もなあ」
「殿下も1人にしときゃいいのに……」
その声で、王子は余計絶望に打ちひしがれた。
そろそろ野次馬がこれ以上集まる前に退かしたいな、と侍従が思ったその時、奇跡が起きる。
何と、そんな彼の目の前に手が差し出されたのだ。
それはとても美しい手だった。
まるでさっき出ていった側室候補の令嬢の手の様な。
「……そうでしたのね」
「……………!?」
王子が涙を流したまま顔を上げると、其処には柔らかく微笑む美女。
ヴァーミリアであった。
「私、勘違いしておりましたわ。さぞかし不埒な色狂いの方だと思っていましたのよ。だから、ギタンギタンに伸してその根性をへし折って差し上げようと他の候補者様方に色々お教えしましたの」
「ちょ、アンタが原因か!?」
思わず礼儀もへったくれも投げ捨てて侍従が目を剥き、食って掛かる。
因みに涙は止まったが、王子の顔色は青を通り越し、最早白っぽくなっていた。
「ですが、殿下がこんなにモテないなんて」
続けられた言葉にトドメを刺され、今にも死にそうな王子を、ヴァーミリアは何と片手で引っ張りあげた。
その力強さに、男2人は目を剥き、え、何この令嬢?強い?と同じ感想を頭に浮かべていた。
「私、打たれ弱い殿方が好きですの」
「…………は?」
「誤解なさらないで、嗜虐趣味は御座いませんので」
ヴァーミリアは呆然とする王子にうっとりとした微笑みを向けた。
無意識に何かを感じ取ったのか、王子は手が繋がれているにも関わらず後ずさる。
「可哀想な殿下。私が居れば宜しいでしょう?」
「え、あの、その!?」
「私の顔はお気に召しません?」
「い、いや、とても美しいと思うが私、美女に囲まれたい」
あくまで場の空気を読まない主に、侍従は目を剥いて叫んだ。
「殿下!!こ、この期に及んで何を!!初めてモテたのに!ヴァーミリア妃を逃したら後が!!」
「承りました」
だが、ヴァーミリアは溢れんばかりの笑顔で王子に微笑む。
美女から微笑みを向けられたことがない王子は真っ赤になっていた。側室をたくさん作ると息巻いていた割に、根性が無いなあ流石モテない王子だ、と侍従は思った。
だが、ヴァーミリアの発言は理解出来ない。彼女は私が居ればいいでしょうと先程言った。しかし、王子の希望なら側室を認めるのだろうか?
「え、どういう事だ?」
「殿下のお顔も麗しいので、きっと美しい子が出来るでしょう。仮に見目が良くなくとも美しい心に育てましょう。王女を沢山産みますわ。きっと他国から羨まれる美女達にしてみせますわ」
「え、あ!?え!?えーと!!」
「…………」
どうやらヴァーミリア妃は田舎育ちで腕力が強いらしい。半ば引き摺るように王子を連れていってしまった。
王子も混乱とスケベ心のお陰で全く抵抗しない。
「ちょっ待って!心の準備がーーーーー!!」
やがて、王子の大声だけが響き渡っていたが、ついに声が聞こえなくなった。
野次馬は首を傾げつつも去り、使用人が轍を掃き戻し……静寂が戻ったその時、侍従は固く拳を天へ突き上げた。
「……ヴァーミリア妃、素晴らしいやべぇのだった……」
残された侍従は王子が引っ張られて行った方へ一礼し、踵を返した。
彼には切羽詰まった使命が待っている。
「確かあの声はド・レモ家のレミ元妃だったよな、俺が好みだって言ったの……。今から文通したら俺の春も近い……。いや、決して俺の私事だけではない。王子が即位してお子様が産まれた時、乳母が必要だからな!!うん!!」
問題は山積されていたが、思わぬ春の到来に侍従は懐の辞表を破いた。
そして……。
「……いいか、側室なんてとんでもない。父上は母上だけを愛しているんだ」
「父上すごーい。あいさいかー」
「ハハハ、そうだとも愛妻家だとも!!お前は賢いな!!流石愛される私と愛するヴァーミリアの愛すべき息子だ!!」
月日は流れ、ドヤ顔で息子に諭す国王を侍従は妻と共に生温い顔で眺めるのが常となった。
お読み頂き有り難う御座います。
王子&侍従の名前が最後まで出てませんでしたね……。




