現代版天国
天国などという不定形かつ無説明の概念について夢想するのではなく、異世界という存在を天国に取って代わるものとする新しい宗教形態の確立がなろう小説の本願であり、現代における天命である。
ありとあらゆる複雑な異世界概念を結合させることで地球人の死後の世界、もしくはそれに準ずる後半生の生き方の革命的提案がなろう小説が生み出すことに成功した新たな宗教形態なのである。
不定形かつ無説明な天国という概念の夢想が既存宗教の前時代的な終着点だったが、天国がどんな場所かということが酒池肉林という説明しかなされなかったのが今までの天国概念の限界でもある。
それが人類の頭脳で理解できる限界だったことは極めて嘆かわしい事態である。天国=酒池肉林程度の娯楽世界だという認識で死後を迎えようとしていた今までの人類の貧困な想像力とも言える。
結局のところ酒池肉林程度の起伏のない娯楽、説明量の少ない天国について提示されたところで人は満足しないのだ。
どれだけキリストが人を説き伏せたとしても結局のところ至高性のある天国概念さえ現世に作り出せればそれで人は満足できる。
人が作り出した言語で持って、自らを騙し、夢想できることは人類に許された最後の行き場でもあったが、商業的に、欲望の箍を外して突き詰めた現在のなろう小説を見ていると異世界という超常世界を死後に定めることが人間の究極的な理想であったことが自然に導き出されることが分かる。
アフリカ人が呪術で人を生贄にするように、人間は誰しも内なる異世界を心に抱えている。
アフリカ人ですら呪術を用いるのだから、なろう小説と揶揄されるこれであっても、最終的に井の中の蛙としてひっそりと末路を終えるのではなく、人類が秘めたる欲望をかつてないほどの規模と質で定型化した天国的概念の集合体として後世に語り継がれる可能性を秘めている。
故に異世界系概念について検討することは人類の娯楽の究極化についての検討である。
最終的に人類の宗教はかつてないほどの説明と理論化の元に集約される。このエッセイの目的は現在それの最も筆頭に位置するであろう異世界系概念を宗教化するための作業である。