31話 正体
31話です。
「ごめん・・・こっちを選んだのは失敗だったわ。・・・引き返しましょう」
後ろを振り返りながらエスティは肺から絞り出すように告げた。悔やむ気持ちが溢れているが、それは無理もない。キマイラをやり過ごした後に幾つかの分岐を越えていたが、先導役の彼女が選んだ通路は袋小路となっていたからだ。更に、もしかしたら隠し扉や通路があるのではとマイラと交代で念入りに調べても、それらを発見することは遂に叶わなかった。
「・・・そうしよう」
エスティの苦渋の選択にレイガルが代表して答える。追っ手が迫っている状況で引き返すのは辛い行為だったが、それで彼女を責めるのは酷だろう。さすがのエスティも遥先の行き止まりまでは感知出来ないはずがないのだ。パーティーの仲間達は隊列を素直に入れ替えると、足早に元来た通路を引き返して行った。
やがて、ちょっとした広間となった十字の分岐点まで戻ると、エスティは石床に片耳を押し付けて伝わる音を拾う。彼女の表情が強張ったことでレイガルは覚悟を決める。どうやらこれまで稼いだ時間をこの袋小路で全て使い尽くしてしまったようだ。
「残念だけど、とうとう追いつかれたみたい・・・。迎え撃つ体制を整えましょう!」
エスティの言葉にコリンを除く全員が頷いた。
先頭に立つレイガルの目に、魔法の光で浮かび上がった人影の群が映る。おそらくはあちら側にも同じような光景に見えたのだろう。彼らは通路の先に待ち構えるレイガル達の存在気付くと歩調を緩めた。それでも彼我の距離は少しずつ埋まり、やがてお互いの顔が確認出来るまでに至った。
「・・・こんな奥深くまで逃げるとはな」
「アシュマード。あんたこそ、クズだとは思っていたけど殺し屋までやるとはね」
先頭の男が呆れたような声を出し、それにエスティが辛辣な言葉で答えた。二人のやり取りを聞きながらレイガルはどこか醒めた様子で追っ手の戦力と状況を値踏みする。戦いは避けられないことはわかっており、昂揚感と緊張そして恐怖がせめぎ合っている状態だ。その中で彼は自分がやるべきことを見極めようとしていた。
敵の総数は十人。アシュマードと彼の仲間と思われる冒険者が五人に、完全武装の衛兵が四人。そしてその衛兵に守られる場違いな人物が一人存在していた。黒貂と思われる滑らかな毛皮のマントで身を包んだ若い女性だ。やや上を向いた鼻は高慢さを感じされるが、整えられた眉に上品に結った金色の髪、更にさりげなく身につけた耳飾りの宝石の質と大きさから身分の高さが伺えた。おそらく、この女性は〝山羊〟のギルドマスターでコリンの姉であるリシアに違いない。彼女の存在に驚きながらもレイガルは分析を続ける。戦力の数では倍近い差があったが、地の利はこちらにあった。レイガル達は十字路側を陣取って狭い通路側にいるリシア達を抑えている形である。戦いになればお互いに正面からぶつかるしかなく、包囲される危険はない。最も警戒すべきは敵の根源魔術士による〝火球〟だろう。レイガルは閉鎖空間における〝火球〟の恐ろしさをメルシアから充分に教えられていた。最悪の場合、自分が標的となって魔法を受ける必要があるだろう。
「相変わらず、人を罵ることには長けているな。・・・一応、警告するが攫ったコリン様を素直に解放すれば命だけは助けてやるぞ!」
「解放?!・・・子供を殺しに来ながら、あたし達を誘拐犯呼ばわりとは本当に呆れた奴ね!」
「アシュマード!敵と戯れるのはおやめなさい。それにあなた達!コリンを攫って何をしようとしているの?遺跡深部を発見したのは私の手の内にある冒険者、そこのアシュマード達なのよ!こんなことをしても意味はないわ!見たところ弟は無事のようだし、大人しく投降するなら、寛大な処置を与えてもやってもいいわよ!」
レイガルが敵側の魔術士らしき敵の動きに注意を払っている間にもエスティとアシュマードはやり取りを続けるが、若い貴婦人リシアがやや苛ついた様子で声を挟んだ。
「・・・どういうこと?あんた達はコリンを殺しに来たんじゃないの?」
「はあ?!なんで私が弟をころ・・・そんな恐ろしい行為をしなきゃいけないの?!私はお父様に攫われたコリンを直接連れ戻すよう命を受けただけよ。家督を譲る最後の条件としてね。そうでなければ遺跡の中にまで来たりしないわ。元々、コリンは家を継ぐことを望んでいなかった。・・・難癖を付けて自分達を正当化しようとしないで、早く弟を返しなさい!」
「な・・・なんですって!・・・」
怒りの声を上げようとしたエスティだが、お互いの齟齬に気付いたのだろう。彼女は途中で言葉を飲み込むと、後ろに控えているマイラを振り返った。
「マイラ、これはどういう・・・」
「申し訳ありませんが、こういうことです」
エスティと同じように、後ろを振り向いたレイガルの目にコリンの背後から口元を塞ぎ喉に短剣を押し付けるマイラが映った。これまでの献身的な態度からは信じられない光景だったが、彼女はレイガルと視線を合わせることなく、コリンを連れてリシアを守る衛兵達の背後に移動する。レイガル達はただ、それを見守るしかなかった。
「・・・コリンが狙われているというのは狂言だったのね!」
「あ、あなた達!何をするの!血迷ったの、アシュマード!!」
エスティの怒りの声に被せるようにリシアの悲鳴が上がる。何事かとレイガルが再び彼女に向き直ると、アシュマードに拘束されるリシアの姿が映った。同時に起った二つの展開にレイガルが戸惑っていると、ただ一人悠然と立っていた衛兵の一人が無骨な兜を脱ぎなから宣言するように告げた。
「マイラは裏切ってなどいない。彼女もアシュマードも私の配下にあるからだ」
「お、お父様!そんな・・・まさか今まで・・・」
後ろ手に縛られたリシアがそれまでの怒りを忘れたように驚きの悲鳴を上げた。その声によってレイガルは改めて男を見つめる。中年を過ぎたその男の顔には年齢に相応しい皺が刻まれてはいたが、精力的な目元には自信と威厳が感じられた。これまで直接の面識はないが、リシアの発言から彼がゴルジアの領主ネゴルス・エクザート本人だと思われた。
「・・・説明してくれるんでしょうね?!」
いち早く当惑から回復したエスティが苛立ちを隠さずにネゴルスに詰め寄る。領主に向けるべき言葉使いや態度ではなかったが、それでも彼女をよく知るレイガルからすれば、まだ怒りを抑制している方だと思った。
「・・・君達にはマイラが約束していた報酬に加えて更に倍を支払うつもりではいるが、それで納得してこれまでのことを忘れる気はないかね?」
「無理な相談ね」
「・・・十倍出しても良い」
「・・・世の中には金だけでは動かない人間もいるのよ!」
「なるほど・・・」
エスティの返答にネゴルスは苦笑を浮かべながらも理解を示す。おそらくは厄介な女だと思っているに違いなかった。
ご愛読ありがとうございました。
そろそろ佳境を迎えます。
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