11話 撤収
11話です。
「大丈夫?ミノタウルスは倒したから、安心していいわよ」
意識を取り戻した女性にエスティは語り掛けるが、ショック状態にあるのか彼女は驚いた顔を浮かべるだけだ。
「・・・私はエスティ、そこの彼はレイガル。あなたの名前を教えてくれるかしら?」
落ち着かせるためだろう。しばらく間を置くとエスティは改めて噛んで含めるように自己紹介を行う。
「わ、私は・・・ごめんなさい名前が出てこない。・・・でも・・・あなた達が私を助けてくれたのですね。ありがとう・・・」
女性はしばらく思い悩んだ表情を浮かべると呻くように答えるが、それでも礼を口にするのは忘れなかった。
「とりあえず、どういたしまして。・・・肉体的な損傷は治したはずだけど、殴られたショックで記憶が混乱しているのかもしれないわね。・・・良かったら登録証を見せてくれる?そこにあなたの名前や詳しい情報が書かれているはずだから」
「・・登録証?」
「ええ、冒険者ギルドの登録証の木札よ。そこに名前やどっちのギルドに加盟しているとか、実績等が記されているからね」
戸惑う女性にエスティは間髪を入れずに要求する。ややせっかちな展開ではあるが、頭を強く打つことで一時的な記憶障害が出ることはレイガルも知っていたので、そのままリーダーに任せることにした。記憶はふとしたことがきっかけで一気に改善することがある。自分の名前とともに全てを思い出すかもしれなかった。
「それなら・・・」
女性は腰に身に付けたベルトポーチから登録証を取り出すと、エスティに手渡す。彼女は短めのローブの下にズボンとブーツを身に付けており、根源魔術士としては活動的な姿だった。防寒用のマントや背負い袋等の探索用の装備は持っていないが、ミノタウルスに追われていたらしいので捨てて逃げて来たのだろう。
「あなたの名前はメルシアのようね。私達と同じ古井戸の冒険者で第二段階の評価をされているわ。何か思い出さない?」
登録証を確認したエスティは記載されていた情報を諭すように告げる。
「私の名はメルシア・・・いえ・・・特には何も・・・ごめんなさい・・・」
「そう、急がせたみたいで悪いわね。焦ることはないから気にしないで!・・・少し席を外すから気持ちを落ち着かせてちょうだい。周囲の警戒は私達に任せてね!」
「・・・ありがとうございます。エスティさん・・・それにそちらの方も・・・」
エスティはレイガルに目配せをすると、礼を伝えるメルシアを建物の中に置いて外に連れ出した。
「レイガル、悪いけど今回の探索はこれまでにしましょう。切り札を使っちゃったし、彼女をこのままに出来ないから地上まで送ってあげようと思うの」
「ああ、それで構わない。俺もその判断が最適だと思う」
二人きりになったレイガル達は小声で今後の展開を確認し合う。
「ええ、納得してくれて助かるわ。・・・けど、なんだかレイガルはうれしそうね?あの娘のことが気に入ったのかしら?」
レイガルとしては意識していなかったが、エスティは賛成を示した彼の表情から何かを読み取ったのか、厳しい調子で問い掛ける。
「・・・いや、俺はエスティのことが・・・表現の仕方は直情的だが、心根は優しい女性であることが改めて確認出来てうれしかっただけだよ。まあ、最近は美人達に縁があるなとも思ったけどさ」
「ふふふ・・・相変わらずお世辞がうまいわね。とりあえず、あなたが撤退に賛成してくれるなら問題ないわね。他に敵が出ない内に戻りましょう」
レイガルは含み笑いを漏らすエスティの反応から、自分の解答が正解だったことを知って安堵する。どうやら彼女の関心を惹くには、多少は褒めつつも本心を誤魔化さずに伝えるのが良いらしい。
「メルシア、あなたがよければ帰るついでに地上まで送って行くけど、どうする?」
「・・・ありがとうございます。ご一緒させて下さい」
おそらくは、恩着せがましくないように気を使っているだろう。エスティは提案という形で保護を持ち掛け、メルシアもそれを理解した形で承諾を示した。
「ええ、じゃあ地上に帰りましょう。レイガルは殿を頼むわね!」
「ああ!」
本人の承諾を得たことでエスティは床に座っていたメルシアに手を差し出して立ち上がる手助けをすると、レイガルに新たな指示を与える。金額的には成果を上げられなかったが、レイガルとエスティは一人の冒険者の救出という形で初探索を終えて地上への帰還を開始したのだった。
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