10話 接敵
10話です。
建物から出ようとしたレイガルだが、エスティが手の甲をこちらに向けたので出入口付近で脚を止める。彼女は一人先行して偵察に出るつもりなのだろう。しばらく外の建物に沿って周囲の様子を窺っていたエスティだが、レイガルからは死角となる通路の先を見つめると、焦ったように彼を呼ぶサインを送る。何かしらの脅威を捉えたに違いない。彼は全力で駆け出した。
「敵か?!」
「ええ!とんでもないのがいるわ!」
合流したレイガルはエスティの答えに、これまで建物群の陰になっていた側に目を向ける。彼の視線にまず飛び込んで来たのは、牛の頭を持った屈強な男の姿だ。そして、そいつは狂ったように腕を振り回して、こちらにマントの後ろ側を向けている小柄な人影に襲いかかろうとしていた。
稚拙ではあるが恐ろしい力を込められた攻撃を、人影は後ろに下がることで辛うじて避ける。そしてすれ違い様に怪物に向けて片手を突き出した。次の瞬間、突如として発現した火球が怪物の前で爆ぜて先程と同じ炸裂音が響き渡る。攻撃魔法で反撃を行なったのだ。
その爆発は決して小さくはなかったが、牛男〝ミノタウルス〟は倒れることなく距離を詰めると、丸太のように太い腕を横になぎ払う。今回は魔法を放ったことで隙があったのか、人影は避けることが出来ずに大きく吹き飛ばされてしまう。俯せに地面に倒れるが起き上がる気配が見られないことから、かなり危険な状態だと思われた。
「どうする?!」
駆け出そうとする衝動を抑えて、レイガルはエスティに問い掛ける。遺跡の中では同じ冒険者相手でも無条件に信用はすることは出来なかったが、怪物から攻撃を受けている者を見過ごすのは人の道に外れているだろう。
「助けるしかないじゃない!」
「それを聞いて安心した!うおお!」
リーダーの許可を得たレイガルは雄叫びを上げて倒れた人影に駆け寄る。目論見どおり怪物はレイガルに関心を向け、俯せに倒れる人物から離れた。
接敵したレイガルは体格を優に頭一分は上回る敵に臆することなく剣撃を浴びせる。単純な腕力なら勝ち目はないであろうが、彼には剣とそれを操る技があった。袈裟斬りに振るった剣の先端がミノタウルスの左肩を見事に切り裂く。残っている右腕がレイガルを押し潰そうと頭上から迫るが、彼は素早く後ろに退いてそれを避けた。
敵を翻弄する動きを見せるレイガルは勝ちを急ぐことなく改めて仕切り直そうとするが、次の瞬間、ミノタウルスの右目に短剣が刺さったことを知ると、追撃に切り替え死角の右脇腹を剣で深く抉る。相次ぐ攻撃に敵は絶叫を上げた。
「おみごと!レイガルの剣の腕は本物ね。・・・けど、それはまた後で!」
「ああ!ところで・・・彼は生きているか?」
ミノタウルスに止めを刺したレイガルは、倒れた人物の様子を確認しているエスティに問い掛ける。本来なら強敵と言えるミノタウルスだが、以前に敵が負っていた魔法ダメージの蓄積とエスティの適切な援護攻撃によって危なく勝利することが出来た。二人にとってはこれが初の戦闘となったが、接近戦を担当するレイガルと投擲による攻撃を得意とするエスティとでは相性が良いことも判明した。もっとも、今は勝利の余韻を味わっている場合ではなかった。
「なんとか息があるわ・・・それと彼じゃないわ、彼女ね・・・とりあえず、少し離れた建物内に運び込みましょう」
「わかった!」
エスティに指示に賛同しながらレイガルは、ミノタウルスに殴られて昏倒している女性を建物の中に運び込む。フードを被っていたので気付かなかったが、彼女は長い金色の髪を持った若い女性で、顔付きは苦痛で歪んでいたが造形は悪くない。いやむしろ、エスティと比べても見劣りはしなかった。先程の戦闘からして女性は〝根源魔法〟を操る魔術士だと思われた。
「まずいわね」
一先ずの安全を確保したことで女性の介抱を始めるエスティだが、絶句するように言葉を漏らす。
「そんなに、やばいのか?!」
「ええ、頭部を強打している。命に関わるかも・・・仕方ない、とっておきを使いましょう!」
そう告げるとエスティは女性の胸に手を当てて何かを囁き始める。レイガルには聞き取れなかったが、普段の良く通る彼女の声とは異質な声質であったので、それが魔法の呪文であることがわかった。効果は絶大で一瞬で青白かった女魔術士の顔色が赤味を取り戻していた。
「あたしは精霊達の力を少しは借りられるって言ったでしょ?今、人の身体に宿る精霊に頼んで〝癒し〟を施したの。だから外傷は完治したはずよ」
「・・・本当にエスティは優秀だな」
彼女が精霊や祖霊に働きかける魔法〝祈祷魔法〟を扱えることは既に聞かされていたが、実際に目にしたことでレイガルは傷を癒す魔法の偉大さを実感した。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、今のあたしの実力じゃ一日に一回使うのがやっとだからね。今日はもう打ち止め。これ以上の戦闘は可能な限り回避しましょう!」
「・・・ああ、出来ればそうしたいな・・・」
「う・・うう・・・」
二人のやり取りの側で回復した女性が呻き声を上げ、長い睫毛で閉じられていた瞼を開いた。
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