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呼ぶ声

数時間の短い睡眠から目を覚ますと時計の表示が6時を過ぎていた。

やったね、今月は今日で超勤200時間突破だ、3ヶ月連続記録更新中!。

カラ元気を出してみる、最近は若い時と比べて回復しなくなっている、しかし今日はフワフワとしたハイな気分だった。

脱ぎ捨ててあるシャツを拾って着直す、今週も洗濯する暇がなかったのだ。

しょうがない、クリーニングに出すか、深夜にやってるとこを探しておこう。。


顔を洗って外に出る、いつもの通勤路には春らしい陽気が満ち溢れて小さな草に黄色とピンクの花が蕾をつけ桜の花が満開を過ぎて散り始め路面に花吹雪が舞っている。

不思議と眠さは感じなかった。

何気無く振り向くとそこにいた中年に差し掛かった疲れた男と目線が合った、それは商店のガラスに映った自分の姿だった、まだ37歳と自分では思っていた、しかしその姿はまだ、ではなくもう、である事を思い出さた。

それにしても、過労は老化を進めるって言ってたな、なんだか友人達よりも一段と老けている様に感じた。

電車を乗り継ぎ職場に向かいながらふと空を見上げると晴れた空に一瞬黒い渦巻きが見え消えた、目が霞んでるなと思うと、その時いつものように左手首に鈍痛が走る、これもいつからだろうか、手を引きずられるような感覚がある。

昼でも変な声が「て・・・」とか言っているのが聞こえるし、まずいな。

駅から会社までの途中行きつけのいつものコンビニで購入したいつものコーヒーでいつもの握りを一つ胃の中に流し込みながら職場の部署の扉を開けた。

「ハキさんお早うございます。」

「よう、お早う。」

木村は大きなガタイで元気がいい、おまけに明るい。

「経理は元気がいいな。」

「ありがとうございます。」

どこまでも明るい、悩みなんてあるのか。

課の奥の方から水鳥管理課長が、「はぎ君ちょっといいかな。」手招きをしている。

「おはようございますハキ!です。課長、悪い予感しかしないんですが。」自分でも判るほど不機嫌に応対する。

課長はそんなことは全く気にしていないのか、

「おはよう、いいね、その勘の鋭さ、今日も冴えてるね。」、右手の人差し指を変風に指している、なんかのギャグか?。

「いや、眠いし冴えてませんから、課長が俺を褒めてる時はいつも怪しいですから判りますよ。」

「うん、そうっか、ところで君は健康に気をつけて休まないようにね。」

「そんなの係長に言ってください、あれ?まだ来ていない?それとも先に点検に出たかな。」

「それなんだが。」

「どれですか。」

「診断書が出ていてね、長期休暇だそうだ。」

「俺がですか。」

「いやいや、那須田係長の奥さんから病休にしたいと連絡があってね。」

ああそんなことか。

「君も大変だろうが独身だから問題ないと思うが、皆んなでバックアップはするからさ。」

「そうですか?」(どんな風にする気ですかと言う言葉を飲み込む)

「で、現場を廻る前にこの書類を片付けてくれ、悪いが午前中締め切りと今連絡があってね急ぎで頼む、本当は係長の仕事なんだが今は君しか頼れないのでね。」

「はあ、いいですよ。」

溜息もでない、結局書類作成に昼まで掛かり通常業務の機器点検の巡回は昼からになった。

このままだと点検終了は夜中だよ、一人での夜間点検は危険なので避けたかったんだが。

いいさ、めげない、飽きない、諦めない、そうやって今までやってきた、負けるものか。

昼食時間が終わり他に社員がいない社食で、売れ残りで昼食を済ませ、点検に出る前に緑茶を一口飲んで今までの事が急に思い出してきた。

今年主任に昇任した時はもしかして残業が減るかと淡い期待をしてしまった、しかし現実は想像の下をいくほど悪化した。係長は病休で長期休暇へ突入したし先月採用した新人は昨日から連絡もよこさず休んでいる、たぶん辞めていくのだろう。この職場自体は悪くないのだろうが人が足りない、定員6名に対して実稼働2名の緊急事態が続いている、結局はきついから辞めていくの悪循環、おかげでここ数か月はろくに寝ていない。

課長と何を話しても状況は変わらない、働き方改革って何?。


おかげで婚約までしていたのに残業続きで彼女と別れたのは結構なダメージだったな、もう会えないのか。

あの顔、あの髪、あの胸、あの・・・あれ?、俺は彼女のどこが好きだったんだろう?。

それでも両親も楽しみにしていたのに、なんて連絡しようか。

疲れてるな、うだうだ言っても仕方ない、気を取り直してヘルメットを着用する。


研究テナントと実験施設の6棟連結の複合型ビル群が俺の職場で管理範囲は面積にして約12万m2になる、多いよな一人で点検なんてやるには。

これでも色々と工夫はした、中央監視装置とタブレットを駆使し、眼と耳をフル回転して異常無いか、余裕があれば更なる省エネが出来ないかを点検していく、サーバーとタブレットを連結して移動中も図面閲覧や各種の機器運転数値、履歴をトレースできるようしてもらった。

中央監視室で真田室長と打ち合わせ、指示系統としてはこの室長の上に俺の居る管理課があるので、主任でも立場上は俺の方が上にはなる、まあ実力では勝てないけど、俺の入社時から主任でいて来年定年、真田さんにはだいぶ面倒を見てもらったな、面倒も掛けたな、かなり失敗の後始末もしてもらった。

ハキ主任、ニュース見ましたか?

横目で机の上の新聞の表紙をなぞった、事故にリコール、コンビニ強盗にオレオレ詐欺

いいニュースなんか無いさ、天気に・・。

「そうそうあのDV男が死刑になりましたね」

監視室の飯塚主任が話しかけてくるが

ちらと新聞の写真を見るが覚えてないな

エリートの優男らしい

「主任、忙しいだろうが後輩の面倒も見なきゃな、それと結婚式にも呼んでくれよ、新婦は妊婦だったりしてな、がはは、新郎 杷木 佑 新婦 真央見 子供は、父親がタスクだから男だと・・俺が名づけていいかい?」。

これは、お、オヤジギャグなのか?笑う所なのか?今の俺はどっちも笑えないぞ

「あ・あ・はい、その時はお願いします。」、曖昧に答える、室長は話し出すと1時間は止まらないので早々に退散して通路に出る。


移動しつつ警報履歴を確認して異常値の出ている機器に向かう、連絡通路を通って全6棟の最遠にある生物実験棟13階機械室の送風機が目標地点となる、これは高所にあるので嫌なんだよな、複数のセキュリティゲートを通過し現場に着くと機械室の床には案の定ファンのVベルトが切れて落ちている、やはり先月取替えておけばよかったな、判断が甘いとこういう事になる。

場合によっては緊急の修理をしなきゃいけない、施工したゼネコンの担当者にタブレットで仮発注メールを送る、これで俺に何かトラブルがあっても修理は来る、そのまま急いで2層分のタラップを上がる、上がりきるとさらに細いキャットウオークを安全帯(命綱)を掛けて移動する、フックを掛け直してもう少し移動するがまたも左手首に鈍痛が走る、まずいなこんな場所で。

突然タブレットの音声安全確認アプリに警告された

「安全帯未確認、確認してください。」

確認してるよ?さっき答えただろ

しょうがない、はいはい「安全帯確認。」

再度警告が発声する

「確認してください。」

ノイズのように他の声が混じる

「転生者よ。」

転生者ってなんだよ、アプリがバグった?

だがそこに見えたのは、俺の声が黒い渦を巻く空間に吸い込まれ消えて、タブレットに届いていない光景だった、さらに左手が思い切り引かれ、閃光と共に幾つかの自分が自由落下しているのをゆっくりと感じていた、視界の隅にはフックをかけていたはずの手摺が共に12m下にあるコンクリートの床に向かって落下していた。

何故か安心感があった、なんだバグっていないじゃないか、俺の作ったアプリは正常だった。

全身に衝撃が走り世界は闇に沈んだ。


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