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札差と獺の江戸ぐうたら。  作者: 安東捨一
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第三幕(後編) 年の瀬に摘ままれた頬

 トントン。


 井坂の屋敷に着いた風路は公家の忠告通り弟子を名乗り、捜し物をしてると悟られぬように、先ほど聞いたばかりの知識を披露しつつ屋敷の中を隅々まで探してみたが紙入れは見つからなかった。


「いやぁ、素晴らしい。持明院様のお弟子さんだけあって造詣が深く大変勉強になったよ、お陰様で良い正月が迎えられそうだよ。これは持明院様には黙っておくから餅でも買いなさい」

 紙入れは見つからなかったが、何故か大層感謝された上に小遣いまで握らせてくれた。

 渡された銭を持って蕎麦でも食いたい気持ちをぐっとこらえて風路は公家の屋敷へと戻った。


「おい、井坂の屋敷には紙入れはなかったぞ」

 そう伝えると公家はぽんと手を叩いて告げる。

「そうか、勘違いしていたようだ、寛永寺近くの鳴瀬様の屋敷だったよ、すまぬがもう一度頼まれてくれるか」


「なんだよ、もう、しょうがねーなー」

 口ではそう言いつつも、感謝されたことと小遣いまで貰ったことに気を良くした風路は再び別の屋敷へと向かう。


「何軒廻らせる気なんだい」

 良膳がうっすらと笑みを浮かべながら公家に問う。

「あとほんの七、八軒ですよ」

 同じくうっすらと笑みを浮かべながら答える公家。


 そう、それから風路が戻る度に、誰々の屋敷だった、いやあっちだったかと風路の紙入れの捜索は夕暮れまで続いた。

 その頃には風路の袂はもらった小遣いでだいぶ重くなっていた。

 そして、またもや紙入れを見つけられずに公家の屋敷に戻る途中に良膳とすれ違う。


「おい良膳、公家の家に居たはずだろどこへ行くんだい」

「いや、公家様が腹が減ったと言って出掛けちまってな、仕方ねーから俺もどっかで飯でも食おうかと思ってな」


「なに? まだ紙入れは見つかってねーのになんてのんきな……ってあの野郎もしかして、紙入れを無くしたとか逃げるための方便だったのか?」

 風路は怒ってはいたが袂に溜めた銭で幾らかツケが払えるならまぁそれでも良いかと考えを改め、高田屋へと二人で向かう事にした。


 高田屋に着くと、風路はまず女将に詫びを入れた。

「女将、すまねぇ、公家から取り立ては出来なかったよ……オレのツケも今払えるのはこれだけしか」


 風路は懐からお駄賃としてもらった銭、計二分を女将に渡す。

「お公家様? なんの話か分からないが、とにかく自分からツケを払いに来るなんて殊勝じゃないか、じゃ、きっちり二分だね、これであんたも綺麗な身で正月を迎えられるね」


「え?残りの一両は?」

「なんだいその残りの一両ってのは?」

「い、いや、いいんだ気にしねーでくれ」


 風路がなんかよく分からないが儲けたと思ってると、背後からついさっき紙入れを探しに行った屋敷の御家人と公家の話し声が聞こえた。


「持妙院様、良い弟子をお持ちで、お陰様で良い年を迎えられそうです」

「うむ、まだまだあやつは修行中の身だが、お主らの役に立てたようで何よりだ」

 町民は懐から幾ばくかの銭を取り出し、公家に渡す。

 既に公家の傍らには小さな銭の山が出来ていた。


 ツケがあるのに堂々と高田屋に来て、さらには何故か銭まで受け取ってるその公家に混乱しつつも怒りがこみ上げる風路。

「てめぇ、これはどういった了見だ!」


「おお化け狸、今日は助かったよ、いやな、わたくしも仕事とやらをしてみようと占いや風水をちょっと教え始めたら、あれよあれよと噂が広まってしまってな多方から教えを請われて困っていたんだよ、まぁ今回は少しばかり手前に手伝ってもらったということだ」


「は?」


「町民に幸せを招いて、お前はツケを払えて、わたくしは年をまたぐこと無く仕事を終えた、一挙両得どころか一挙で三方ほど得をしたな」


「ん? 十両のツケは? 失くした紙入れは?」

 文字通り狐につままれたような顔をする風路。


「ま、いいように使われたが、いいじゃねーか、お公家様の言う通り誰も損しちゃいねぇし」

「は!?もしかして良膳てめぇは気付いてたのか! いつからだ?」


「いつからも何も、高田屋の女将はオレや風路がどこに住んでるかなんてしらねーしなぁ……」


「え? 初っ端から……うちに来た女将もあいつが化けてたのか?」

「ってぇ事になるのかな」

 意地悪な笑みを浮かべる良膳。


「待て待てオレは相手が妖かしかどうかなんて分かるんだぞ、訪ねてきた女将にがそんな感じはなかった」

「どーせツケから逃げることばっか考えててそれどころじゃなかったんだろうねぇ」


「……ぐっ、ありえる」

「しかし、こうも見事に化かされるとは、ほんとあのお公家様の下で修行でもしたほうがいいんじゃねぇか?」


 けらけらと笑いながら酒を呑む良膳に風路は真顔で答える。

「良膳、札差の仕事真面目に手伝うから、傍に置いておくれよ、あいつの近くに居るとずっと狐につままれてるようで、そのうち頬が千切れちまう」


「馬鹿、それはそっちの摘まむじゃねーよ」

「え?」


「まぁいい、今日は奢ってやるから好きなもん食えよ」


 今日の働きを労うように良膳がそう言うと風路は良膳の頬を摘まむ。


「なにやってんだ?」

「ほんとにてめぇ良膳か? 今日はもう化かされるのはご免だからな」


「……ばれちゃしょうがねぇ」

 良膳がそう言うと風路は驚いて手を引っ込める。


 腹を抱えて笑う良膳。

「冗談だよ」


 謀られた悔しさと同時に笑いも込み上げてくる風路、この二人の笑う門にもきっと良い正月が訪れたに違いない、そんな年の瀬が暮れてゆく。

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