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札差と獺の江戸ぐうたら。  作者: 安東捨一
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第三幕(前編) 年の瀬に摘ままれた頬

 ドンドンドンっ!

「良膳さん、居るんでしょ」


 人里から少し離れた林の奥、ボロボロの戸を叩く女性。


「い、居ません!」


「おかしな事を、そいじゃ答えてくれてるあなたはどこの誰だい」


「しまった、ええと、誰でもないです、けど良膳は居ません」

「あらあら、これは何問答のつもり? 妖かしにでも化かされてるのかしら」


「そ、それだけは絶対にありません!」


 ゴンッ。

 鈍い音がした後にボロボロの戸が開く。


「ありゃ、高田屋の女将さんじゃねーか、こんな年の暮れにどうしたい」


 応対する良膳の後ろでは頭に両手を当てて痛みにのた打ち回る人の格好をした風路。


「居るんじゃないか良膳さん」

「すまねぇ、うちの居候はちょっと悪戯好きでな、で何の用だい」


「年の暮れに料理屋の者が来るって事は決まってるだろう、ツケの回収だよ」

「ツケだぁ? いっつもちゃんと払って帰ってるだろ」


「良膳さんはね、でもその後ろの悪戯好きさんは良膳にツケといてくれぇって言っていつも帰っちゃうんですもの」


 ギロっ!

 風路を睨む良膳。


「違うんだ良膳、これには深いわけが……」

「ねぇと思うが?」

「……確かにねぇ」

 良膳の剣幕に早々に言い訳を諦める風路。


 良膳は風路をぐいぐいっと戸の外へと押し出す。

「ちょ、やめ、何しやがんだ」

「女将、こいつの借金は誰が何と言おうとこいつの借金だ、連れてって煮るなり焼くなり好きにしてやってくれよ」


「おい、良膳、オレとお前の仲じゃねーか、な、ほんのちっとばかり立て替えてくれよ」


 まぁ確かに風路が居ないと札差の仕事にも影響が出るのは確かだなと考える良膳。


「女将、ちなみにいくらだい」

「そうだね、細かいのはまけてやるとして、一両二分でいいよ」


『一両二分!』

 良膳と一緒に驚く風路。


「てめぇ、どうやったら煮売り屋で一両も飲み食いできんだよ!」

「高田屋の料理がうますぎるのが問題なんじゃねぇかな!」

 ちらっ。

 風路はおべんちゃら戦法に出て女将の顔色を横目でうかがう。


「あら嬉しい、けどこれ以上一銭もまからないよ」

 策破れる。


「ただ、ちょっとした用事を手伝ってくれるならこのツケを帳消しにしてもいいんだが」

「やるやる、やらせてください!」

 

 深く考えず即答する風路を慌てて止める良膳。

「待て待て風路、一両以上が帳消しなんてちょっとした用事な訳ないだろっ」


 なに?騙したのかと言いたげなちょいと間抜けな顔で女将を見る風路。


「いや、札差も借金取りみたいなもんだろ?」

「それは聞き捨てならねぇな、飽くまで困ってる札旦那に米を担保に幾らか貸してるだけでそれが商いってわけじゃねーよ」


「まぁまぁそう言わずに最後まで聞いておくれよ、うちみたいな煮売り屋にね、あるお公家様が来るようになったんだが」

「公家……」

 渋い顔をする風路。


「そのお公家様がまぁ銭払いが悪くてね、気付けばもう十両近くツケが溜まってる、このままじゃうちも潰れちまうからと何度も払いをお願いしてるんだけどねぇ」

「払わねぇのか」

「そうなんだよ、そっちの悪戯好きもうちの店を気に入ってくれてるなら潰れちゃ困るだろ? 何とか取り立ててくれないかねぇ」


「仕方ねぇなぁ……」


 本当に困ってる様子の女将の顔を見かねて良膳がその話に乗ろうとすると。

「断ろう、オレ、頑張って一両二分稼いでくるから、な、良膳」

「何だよ急に、さっきまでやる気だったじゃねーか」


「いや、たぶんその公家って奴は……」

 風路が良膳に耳打ちをする。

「……」


「あーっはっは、その公家か! そいつは手強そうだな」

「だろ? 悪いことは言わねぇ、やめとこう」


 良膳は顎に手を当てて暫し考える。

「いや、やろう、お前を化かした妖かしに興味があるしな」

「いや、だから妖かしと呼んで良いのかすらわからんような存在だぞ」


「何の話だい、こそこそと、やるのかいやらねぇのかい?」

 良膳の返事を待っていた女将さんが痺れを切らして二人の内緒話に割って入る。


「あぁ悪い女将、やるよ、その公家からきっちり十両取り立ててきてやるよ」

「そいつぁ助かるよ、お公家様のお屋敷は寛永寺の近くに立派なのが立ってるからすぐ分かるよ」


 そのまま廃寺を出て公家の屋敷へと向かう二人。


「……気が進まねぇなぁ、あいつは妖かしとかそういう類いを超越してる妖狐だぜ?」

「元はと言えばてめぇがツケで呑み食いなんてするからだろ、一両も!」

「一両二分だ」


 したり顔で訂正する風路の両頬を摘んだ上に捻りを加えながら下方向へと引っ張る良膳。

「いてぇ、良膳、これめっちゃ痛ぇ!」

「だろ、師匠直伝のお仕置き指南其の二十四・頬よさらばという技だ」


 などとじゃれているうちに公家の屋敷へと到着した。


「十両? そうかそんなにも溜めていたか、そりゃ高田屋には悪いことしたねぇ」

 門戸から出てきた公家は申し訳なさそうな顔で言う。


「だろ、てめぇ、あ、お公家様の借金は誰が何と言おうとお公家様の借金ですから是非にお支払いを」

 風路がどこかで聞いたような台詞で支払いを促す。


「ただねぇ……」

「なんだよ、やっぱり払わねぇとでも言うのかよ」


「ほう、三流の妖かしがこのわたくしに文句の一つでも言う気かい?」

 一瞬公家の目が人間のそれとは掛け離れた恐ろしさを纏って風路を睨む。

「い、いえ……めっそうもない」


「それがねぇ、家の中で紙入れをなくしてしまってね、見つけてくれたらすぐにでもそのツケを払うんだが」

「はんっ、そんな事かい、オレは捜し物が得意なんだ、そんなのすぐに見つけてやるよ!」


「それは助かる、ではお願いするとしよう」

「おうよっ」


 屋敷の中へ入ろうと門戸をくぐろうとする風路に公家が慌てた様子で告げる。

「こら、化け狸、家の門には悪い気を払う|天石門別神«あまのいわとわけのかみ»がいらっしゃるのだから、悪い気に捜し物を邪魔されないようにまずは門戸をきれいにしてから入るのがよかろう」


「はっ?ただの捜し物だろ、そんな事しなくても」

「急がば回れと言うであろう、失せ物が見つかるように最善を尽くして探し始めればあっという間に見つかるであろう」


「はぁ、そういうもんなのかねぇ」

 釈然としないまま桶に入った水と木綿を渡され促されるまま門を拭き始める風路。


 その間に公家と良膳は縁側に座りお茶なぞを飲み始めた。


「よーし、終わったぞ! これであっという間に紙入れを見つけてやるぜ!」

 屋敷の中に入り早速台所を探し出す風路。


「ああ、これこれ化け狸、台所には|火之迦具土神≪ひのかぐつちのかみ≫と|三宝荒神≪さんぽうこうじん≫が居られる、特に三宝荒神は不浄を嫌うでな、これらを使い清めて願えばこそ失せ物も見つかるというもの」

 公家は風路に荒神ほうきを渡す。


「いや、だから、オレは紙入れさえ見つかれば……」

「どちらも火の神ぞ、この年の瀬に廃寺が燃えて寒空に投げ出されたくはなかろう」

「まぁ確かにな……」

 ほうきを使い丹念にかまどの掃除を始める風路。


「お公家様楽しんでらっしゃるね」

 良膳がお茶を啜りながら公家の真意を探ろうとする。

「さぁねぇ」

 とぼけてみせる公家。


「ところでお公家様があの玉藻前だっていう話は本当かい?」

「さぁどうだろうねぇ」

 はぐらかしはするが否定はしない。


「よーしっ、今度こそ終わったぜ! 探して良いよな?」

「いや、化け狸よ、」

 それから風路がひとつ掃除が終える度に柱や戸棚には大黒が、厠には弁才天が、風呂には|天之水分神≪あめのみくまりのかみ≫がと次々と神の名前を挙げられると同時に掃除の仕方を教え込まれる。


「待て待て! 八百万の神様全員のご機嫌はさすがに取れねーぞ!」

 そう言い出す風路に公家は困った表情を浮かべながら告げる。


「おかしいですねぇ、これだけ屋敷の中を探しても見つからないということはもしかしたら先日お邪魔した浅草寺近くの御家人、井坂様の家で落としたのかもしれませんねぇ」


「おう、もう諦めるかい風路」

「馬鹿言ってんじゃねーよ良膳、一両二分を帳消しに出来るんだぜ、諦められるかいっ」


 その言葉を聞いて公家は笑みを浮かべ告げる。

「では、ちょっと頼まれてもらえるだろうか、ただ、紙入れを探しに来たとか物騒なこと言ったら盗人だと思われ兼ねないからね、わたくしの弟子だと言ってお宅の様子を見に来たと言うと良い」


「分かった、ちゃちゃっと行ってくるぜ、おっと、公家様のお名前はなんて言うんだい?」

「持明院と告げれば分かる、紙入れには狐の根付けが付いてるからね、あと探す時は神々に失礼の無いように先ほどの手順を忘れるんじゃないよ」

「あいよ、すぐ戻る!」

 そういうと風路は公家のお付きに居そうな小僧に化けて颯爽と井坂の屋敷へと向かった。


「お公家様は一体何を企んでいるんだい?」


「さぁねぇ」

 良膳の問いはまたもや公家にはぐらかされて答えを得なかった。

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