恋をした研修医
汝は裏切り者なりや?2の過去編です。これを見てからの方が、より本作を楽しめると思います。
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俺は子供の頃、実の父ばかり見ていた。
両親が共働きで、遊んでもらった時間など無かったが、父ばかり見ていたのを覚えている。
俺は父を尊敬していた。
俺が大好きな医療漫画を買ってくれていたし、父が勤務している病院で、いつも父の傍にいさせてくれた。
一番好きなだった所は・・・・・・、手術している所。
手術室の外から、看護婦と一緒に父が手術している様子を見ていた。
父が治せなかった患者など、いなかったと記憶している。
だが。ある日の事。
現実は、容赦なく俺からそれを奪った。
神の腕を持っていると信じていた父は、ある日突然心臓発作で命を落としたのだ。
原因は、働き過ぎだったらしい。
亡くなる寸前に、父は俺に言ったそうだ。
「父さんの手術を、いつも見ていたお前なら立派な医者になれる」と。
俺は、その言葉を“あの瞬間”まで忘れずに生きてきた。
そして、これが俺の七歳の時。
◇◇◇
対して世話もしてくれていない母と共にやってきたのは、新しい父がいるという家だ。
母は楽しそうにしていたが、俺は父の死が頭の中から消えず俯いていた。
ああ。そうか。
あの日、父が死んだ時もそうだった。
母は、顔掛けされた父を見ても涙すら流さず、むしろ俺にはその死を喜んでいるように見えた。
確かに亡き父は、病院中ではかなりの人気者で、憧れている看護婦も沢山いた。
それだからか、父に似てそれなりに整った顔をしていた俺も、一部の看護婦のおもちゃとなっていた。
白くツンツンした髪に、赤い奥二重の瞳。顔つきは父に似ているが、髪の色と目は母に似たらしい。
その家に入り、新しい父に挨拶する俺。
まだ落ち込んでいる気持ちが抜けず、半目で義父に挨拶した。
「なんだ? 新しいお父さんに対してその態度は」
「・・・・・・」
俺は口を開かなかった。
ズカズカと大きな足音を立てながら、俺の近くに歩み寄り、もう一度大きい声で義父は言う。
「お父さんに対して、その態度は何だと訊いている。答えろッ!」
「・・・・・・」
俺はまだ口を開かない。
まだ喋るようではダメだ。最終的に、相手に俺の胸の内を察してもらう為には。
俺にとって、義父は下等な存在であると教え込む為には。
隣にいた俺の母も困り顔で俺を見た。
それを視線で刺し、何も言わずに黙れと伝える。
次の瞬間、義父は俺の胸倉を掴み上げて怒鳴った。
「おい、何とか言えよガキ!」
――言えよ・・・・・・か。
仕方ない。教えてやろう。
「俺はお前を父とは思っていない」
――。
すぐに拳が顔面に飛んだ。ふすまに頭をぶつけたが、痛みは大したことない。
よろりと立ち上がり、よろりと近づいてから、義父の腹に右拳を叩きつける。
義父は真っすぐに吹き飛ばされ、俺がぶつかった方とは反対のふすまに衝突した。
俺と同じく立ち上がろうとする父に、素早く接近し、義父を見下ろしながら口を開く。
「これで分かっただろ?
俺はお前なんざ怖くねえんだよ。それ以上余計な事を言ってみろ、ただじゃおかないからな?」
義父は痙攣しながら、怯えた顔をしていた。
だがいくら義父を父として認めないと子供が言おうが、法には逆らえない。
俺はその日、義父の苗字で生きていくことになった。
『藍田白世』という名で。
◇◇◇
そんな俺も、どんどん大人になっていった。
その日から十年が過ぎ、高校の詰襟を着て、義父と母との間に生まれた弟達を見つめてから、外に出ていく。
俺、シロヨは十七歳になっていた。
亡き父の遺言通り、立派な外科医になる為に、俺は必死に勉強している。
成績は学年十位を取れるくらいになり、最近の悩みは彼女が欲しいくらいのものだ。だが俺はその欲求が、普通の男子高校生よりも強いらしい。
母曰く、亡き父はかなり女好きと言っていたが、母の言葉は信じていない。
俺の父さんは、誰よりも人の命を尊ぶ人で、誰よりも人が大好きで、誰よりも俺を大事にしてくれていた。
確かに俺は父の死によってあの病院にいられなくなり、もう女っ気があまりない日常を過ごしているが、そこまで強くないと自分でも思っている。
リア充達の会話をシャットアウトする為に、イヤホンを捻じ込み、自転車のペダルを漕ぐ。
その途中の事。
「遅刻だ~!」
交差点で、慌てながらパンを咥え走る女子生徒が一人。黒いセーラー服を着ている。俺の学校の制服だ。
その女子生徒に衝突しそうになり、俺は慌てて自転車を止めた。
だが女子生徒は、止めた自転車に跨っている俺に衝突し、自転車ごと俺は押し倒される。
◇◇◇
「イタタ・・・・・・。大丈夫?」
女子生徒の方は、大したことはないらしいが、俺は凄く痛かった。
義父に殴られた時もそこまで痛くなかったので、ここまで凄まじい痛みを感じたのは生まれて初めてである。
「ああ。大丈夫だ」
「それにしても、随分妙な髪と目だねぇ。白髪に、赤眼」
「ほ、ほっとけよ。気にしてんだからさ」
やべえ・・・・・・。見ないようにしていたのに、顔チラチラと見ちまうよ。
「ふふ。私はカッコいいと思うよ?
あとキミのその反応・・・・・・。多分童貞でしょ?」
「わ、悪いかよ? お前は大丈夫なんだな」
「実は私経験豊富」
「その歳にしてか?」
「嘘だよ~? 処女でーす」
なんか腹立つなあ。
「何かの縁だと思うし、自己紹介するね。私は、結城彩花。
キミは?」
「シロヨ・・・・・・。藍田白世」
この名前だけは、意外と気に入っている。父の名とは似ても似つかないが、某医療漫画の主人公に似ているからだ。
「シロヨ君・・・・・・。カッコイイ名前じゃない?」
俺は赤面しながら、頭を掻いた。
◇◇◇
それからまた数年の時が流れた。
俺はその日から、彩花と恋人同士ではなかったが、それなりに仲良く話していた。
同じ大学の、医学部に入り。
同じ時期に卒業して、研修医になった。
ある日の事。
俺は、彩花を静かな場所に呼び出した。
告白しよう、そう思って。
「あ、あのさ彩花。俺、お前の事が好きだ。
付き合ってくれないか?」
隠し事などせず、男らしく堂々とそう言い放った。
すると彩花が、どこか寂しそうな顔を浮かべながら、口を開く。
「ごめんね・・・・・・」
眼を大きく開け、小さく開いた口のまま、俺は後ずさった。
彩花の顔は、フろうとしているような態度ではない。好きではあるが、理由があって付き合えないという顔だ。
「実は最近知ったんだ。私とキミがどういう関係なのか」
彩花は空を見上げながら、俺に告げる。
「キミと私は、お父さんが一緒なんだって。だから、異母兄妹なの」
それを聞いて、俺の精神は二重のショックを受けた。
憧れていた実父が、浮気をして子供を作っていたこと。そして、愛していた彩花と俺は付き合うことが出来ないということ。
俺は、その場から逃げ出した。
◇◇◇
何もかもが嫌になった。
誰もいない夕方の道を、行く宛も無く俺は駆けている。
その、途中。
三人のチンピラ集団に激突してしまう。
「いてて・・・・・・。おいてめえ、何しやがるッ!」
俺は淡々とした声で、それに言い返す。
「悪いな。俺は今お前らと遊んでいるような時間は無いんだ」
三人は声を上げながら、俺に突撃した。
一人は拳、二人はナイフ。だが、俺にとって驚くようなものではない。
ナイフや刃物なら、義父に何度も向けられた。それでも腕一本たりとも落とすことなく、ここまで生きてきた。
彼らの攻撃など、脅威ではない。
拳で掛かってきた一番下っ端と思われる男の顔面を掴み、地面に叩き伏せ。
ナイフ二人の攻撃も、相手の視線を見て予測し、躱していく。
持っていた手術道具などを入れている鞄を振り回し、二人のチンピラに当てる。
二人は同じ方向に飛んでいき、すぐに意識を失った。
そのまま再び駆け出そうとする。
しかし不意に、後から拍手する音が聞こえて立ち止まった。
「やりますねえ。研修医にしては」
男の声に振り返る。
その男は、優しい顔をしているが、何となく只者に見えず。
警戒心剥き出しで、そいつに問う。
「何者だ、お前」
その男の後ろから、もう一人少年が現れる。
茶髪に、中性的な青い瞳の少年。茶色の詰襟を纏い、右腕には囚と黒文字で書かれたオレンジの腕輪。
その少年が口を開く。
「君、ここにいる人にその口の利き方はどうかと思うよ?」
「良いではないですか天夜君。この人はこれから、私達の仲間になる人なのですから」
仲間・・・・・・?
「それもそうだね。じゃあ、始めようか」
天夜という名らしい茶髪の少年は、ポケットから携帯端末を取り出す。
激しく点滅する画面を見た時、俺の中で何かが消えていくような気がした。
早くそこから目を逸らし、正気を取り戻さなければ大変なことになると、自分の本能がそう告げている。
だが。眼を逸らせない。
その内、自分の中で何かがこう言ったように聞こえた。
『これはお前を救うもの。見ればお前の苦しみは消える』
救う・・・・・・? なら良いか。このまま精神が無くなるのを待って。
自分の中にある、自分にとって不必要なものが消えていく感覚。それが途轍もなく気持ちよく、もうどうにかなってしまいそうだった。
そして、その快楽が絶頂に達し。
意識を失った。
・・・・・・。
◇◇◇
「聞こえるかな? 藍田白世君」
ああ。聞こえるさ。
「これから、貴方は私達の仲間として動いてもらいますよ?」
ああ。動くさ。
「では手始めに、貴方が倒し損ねた三人を殺しなさい」
ああ。殺すさ。
俺は眼を開けた。不必要なものが消え去った脳は、俺にこう告げていた。
そこにいる男に従えば、もう苦しまないと。
俺の鞄から手術用のメスを取り出し、俺に投げて渡す天夜。
目の前にいる、排除すべき敵を見て、俺は口を開く。
「潰す」
先の攻撃で気絶していた三人がよろよろと立ち上がり、もう一度突撃する。
殺しても良いのか? という問いは自分の中にはない。
問いを通してからの動作ではない。問いを通さない動作。
即ち。何の躊躇いもなく、俺は三人を殺す為にメスを振るう。
洗脳前よりも速く手は動き、急所に刃が突き刺さり、今度こそ絶命した。
◇◇◇
それから俺達は、天夜達と共に松田信繁と名乗る男と共に、全国各地でテロ活動を開始した。
沢山の死者を出し、捕まった仲間も多くいたが、俺達はそれでも破壊をやめなかった。