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それはよくある昔の話2

そんな僕の毎日は、ある日突然変わります。

変わって、しまいます。

その日朝起きると、お母さんの嬉しそうな声が僕の耳に届きました。

今まで聞いたことの無い、とても明るい声です。

お父さんも、なにやら興奮している様子でいつもの落ち着いた声色ではありません。

何か良いことがあったのかと、僕は二人の居るリビングへ向かいます。

お母さんは言います。


「今まで、どれほど待ち望んでいたか」


 お父さんはいいます、


「やっと、僕達の子供が……」


 僕は、問います。


「お父さん、お母さん、何か良い事があったの?」


 この時の事を、僕はきっと一生忘れません。忘れられません。

お母さんはゆっくり僕の方を向いて、こう言いました。

表情の消えた顔で、およそ息子に向けるべきでは無い眼で、言います。


「あなたの役目が終わったのよ」


 意味がわかりませんでした。

僕は困って、お父さんに助けを求めます。

けれど、いつもにっこり笑顔を向けてくれるお父さんは、もうそこには居ませんでした。


「あぁ、そうだな、どうしようか」


 見たことの無い表情で、僕を見ながらそう呟いたお父さんを見て、僕は何故だかとても怖くなりました。

いえ、怖いとはまた違った、何とも言えない感覚です。

僕に、まるで使い終わったティッシュを見るような目を向けるお父さんが、ひどく恐ろしく感じたのです。

部屋の電気はついているのに、それで無くとも朝日が差し込んでいるのに、部屋がとても暗く感じました。

気がつけば、僕の目からは涙が流れていました。

それは恐ろしかったからなのか、寝起きの欠伸のせいだったのか、わかりません。

でも今にして思えば、きっと気がついていたんだと思います。

これから僕がどうなるのかと言うことに。

 だから、悲しくて、悔しくて、泣いたのだと。

その日、僕の家族は無くなりました。自身の生い立ちを知りました。

そして僕は、家族では無くなりました。

新たに生まれる子供と三人家族、僕はそこに紛れる異分子。

そういう事に、なりました。

それからの毎日は、想像を絶する物でした。

お父さんはお父さんでは無くなり、旦那様になりました。

今までの態度が嘘のように変わり、間違えば怒鳴られ、ミスをすれば殴られるようになりました。

お母さんはお母さんでは無くなり、奥様になりました。

これまで教えてくれていた作法の代わりに、使用人としての仕事を教え込まれました。

 覚えが悪いと、ご飯を抜かれ、物置での就寝を余儀なくされました。

毎日が、地獄のような日々でした。

僕は恨みました。

生まれてきた子供を憎みました。

お前が生まれてこなければ、僕は二人の子供のままでいられたのに、と。

二人は僕が見たことの無いような顔を、赤ん坊に向けていました。

笑えば喜び、泣けばあやし、朝も夜もつきっきりです。

ある日、僕は赤ん坊の世話を任されました。

たまたま二人が外せ無い用事で出かける事になったからです。

二人は酷く不安げな顔でしたが、それでも背に腹は帰れなかったのでしょう。

翡翠に何かあったらただじゃおかない、と言い残して出かけていきました。

元とは言え、息子に向ける言葉ではありません。

僕はと言えば、チャンスだと思いました。

この赤ん坊さえ居なくなれば、僕はまた二人に愛して貰えるのではないかと。

だから僕は赤ん坊を、翡翠を殺すつもりでいました。


――その顔を間近で見るまでは。


「あっぶっぶぅ」

「……何、笑ってるのさ」


 翡翠は、僕の顔を見て笑っていました。

今まさに、自らを殺めようとしている相手に向かって笑っているのです。

わかっています、もちろん翡翠にはそんなことはわからないでしょう。

目の前の男が、自分を殺そうと考えているかどうかなんて。

そもそも、何故僕に憎まれているのかさえわからないでしょう。

わかるはずが、ありません。

だってこの感情は、僕からの一方的な物に過ぎないのですから。

赤ん坊の翡翠に分かれというのは、酷でしょう。

そもそも、僕はどうしてこの子を殺そうだなんて考えてのでしょう。

こんなに純真で、愛らしい子を。

この子は何も、悪くは無いのに。

なら悪いのは、あの二人? ……きっとそれも違います。

誰も悪くは無いのでしょう。

そもそもからして、何も悪くは無いのです。

僕は元々ここの子供では無く、なのに二人は僕をここまで育ててくれた。

ならば感謝こそすれ、恨むなんてお門違いも良い所でしょう。

そっと、指で翡翠の頬を撫でます。

翡翠はその指を力強く握りました。

僕の頬から、涙がこぼれ落ちます。

悲しくはありません。

悔しくもありません。

辛くも無ければ、苦しくもありません。

けれど涙は流れ続けます。

自分がどうして泣いているのか、僕はまったくわかりません。

でも不思議と、胸のモヤモヤが晴れて行くようでした。

その僕の様子を見て、翡翠はなおも笑っています。

僕は、必死に笑顔を作り笑い返します。




両親が事故で亡くなったと聞かされたのは、それから数日後の事でした。

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