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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人類が俺以外全員美少女で、なおかつ俺に対して全員ヤンデレな世界。

作者: 尾黒 時男

今、俺はここ日本で、地下シェルターの中に隠れて生活している。シェルターといっても、戦時中に家の庭に作られた防空壕ぐらいの小さなものだ。

ここは暗くて、汚くて、さらに臭い。環境は最悪だ。

おまけに飯も不味いときた。これは問題だ。と言っても、その不味い飯を作ったのは他ならぬ俺なわけだから、誰に文句を言うわけにもいかない。飯に関してはだが。

そもそも、俺がこんな地下シェルター暮らしを強要されるきっかけを作ったやつらには、大いに、かつ盛大に、文句を言う権利はあると言えるだろう。

何故、俺が地下でもぐら暮らしをさせられてるのかというと、簡潔に説明するなら身の安全のためだ。

しかし、別に日本が戦争に巻き込まれたとか、ヤクザの高利貸しに手を出して追われてるとか、ゴ〇ゴ13に命を狙われてるとか、そんな話じゃない。では、何から身を守っているのか?

答えは簡単。

俺以外の全人類だ。

さて、ちなみに今の時間は朝の7時だ。俺は今から朝飯にパンを焼き紅茶を入れ、埃にまみれたテーブルと、青カビの生えた椅子に座り優雅に朝食とシャレこむところだ。

「朝はやっぱりね、ニュースを見ないと。」

朝のニュースを見なければ俺の一日は始まらない。というか始まれない。

飯を準備して、リモコンを手に取りテレビをつけながら青カビチェアーに華麗に着地する。

とりあえず、つけたのは4チャンだ。

ニュースを見ると、どっかの国の大統領が日本に対して声明を発表してるところだった。

「これで警告は4度目です。速やかに雅人くんの身柄を渡しなさい。」

でなければ、とどこかの大統領は一呼吸置いて言った。

「日本に核攻撃を仕掛け、雅人くんごと全て吹き飛ばします!」

ギョッとして、とっさにテレビを次のチャンネルに渡す。5チャンでは、こちらは日本のニュースで警察がある失踪事件の調査の経過を話していた。

「47の都道府県のうち、44の都道府県は調べ終わりました。あとは、神奈川と、滋賀と、栃木だけです。そこを調べて桜木さんが発見できなければ、捜査はやり直さざるを得ないでしょう。」

それを聞いて、かなり近付いて来てるなと焦りを感じ、俺はそっとテレビの電源を消した。

さっきの話に出てきた雅人くん、桜木さんとは俺のことだ。

桜木 雅人。19才。

Fランの大学に通うドロップアウト。2年生。

背丈は176cm,体重74kg.

顔は、悪くはない程度。

大学ではボクシング部に所属する。得意技は飛び膝蹴り。

俺のステータスはだいたいこんなもんだ。

そんな俺が、身柄の引き渡しを大統領に要求されたり、警察官に大々的に捜索されたりする理由は、驚くべきことだ。

それは、人類が俺以外全員美少女で、なおかつ俺に対して全員ヤンデレだからなのだ!


最初に異変が起きたのは、いや、異変に気付いたのは、大学の入学式を終えて時間が経ち、だんだんクラスにも馴染めてきた頃のことだ。

俺には小さい頃から仲が良くて、家が隣で、ベランダからお互いの部屋に出入りする存在。所謂、幼なじみの女の子がいたのだが、その子に監禁されかけた。


その日、自販機でブドウジュースを買って帰路を歩いていた。

しばらく1人で歩いていると、後ろから、とたとたと可愛らしい足音がした。足音は小走りで近付いて来る。それは聞きなれた幼なじみの足音だった。

その幼なじみ、(アララギ) 真由(マユ)とは別々の大学で、帰り道で一緒になることは大学に入ってから初めてだった。

因みに、真由は、日本でもトップレベルの大学で、薬学を専攻している。

最近は大学が忙しいようで顔を見ていなかった。メールで多少話はしていたが、直接顔を見るのは久し振りだ。

「ああ、この足音は、真由(マユ)だな。」

そう思い、爽やかな好青年風な振り向きで足音の方を向く。

「よ!真由!ブドウジュース飲むかい?」そして爽やかな好青年風に振り向き、ブドウジュースをかざしながら問いかける。

「ブドウジュース…?それ雅人のブドウジュース…?雅人の…、雅人の…。」真由は聞き取れるか聞き取れないかぐらいの大きさの声で、下を向きながらぶつぶつぶつぶつと何かを言っている。

様子が変だった。真由は普段明るく元気いっぱいのしゃべり方をするし、表情もいつも笑顔だ。

しかし、今の真由は暗く沈んだ表情で、声にも普段の元気はない。

俺な何かあったのかと思い、軽く肩を掴んで顔を覗き込み「どうした?なにかあったか?大丈夫?」と聞く。

すると真由は、顔を赤らめ、肩を掴んだ俺の右の方の手を両手の平で包むと、俺の手を自分の額の前に持っていき、ピッタリとおでこをつけた。

そして、しばらくの沈黙の後で、真由はぽつりぽつりと話し出した。「うん。ちょっと…、ね…。」 さっきの「なにかあった?」に対する時間を置いての返答だ。真由は続ける。「ごめん。雅人これから時間あったらちょっとだけ私の家に寄っていってくれない?話したいこと、あるからさ。」神妙な面持ちをしている。

幼なじみが悩んでいるのにここで断るという選択肢はあり得ないだろう。

「ああ、大丈夫だよ。行こう。」そう言って真由の家に向かうことになった。


真由の家の前に着く。電気はついてない。どうやらお母さんたちは不在のようだ。

真由は俺の前を歩いていき、ガチャリと家の鍵を開ける。

「さあ、入って?ちょっとやることあるから、私の部屋で待っててよ。」

真由はそういって俺を家にあげた。真由に言われた通り真由の部屋へ行く。

待っている間、暇なので、了承も取らず勝手にテレビをつけた。ちょうど、「バケットモンスター」通称、バケモンが放送されていたのでそれを見ることにする。

しばらくテレビを見ていると、部屋の扉が開いて真由が入ってきた。

真由は俺の好きなオレンジジュースが入ったコップを2つ、トレイに乗せて持っていた。

トレイの上には他に、のり塩味のポテトチップスも、わざわざ皿に移されて乗せられていた。

「とりあえず、お菓子でも食べながら話、しよう?」

そういうと真由は部屋の真ん中にある小さなテーブルにトレイをおいて、その横にいた俺の隣に座った。

「ああ、わかった。」

そう答え、遠慮もせずにポテトチップスを食べ、そしてオレンジジュースを飲んだ。

一息ついて、「それで、話ってなんなんだ?」と真由に問いかける。

「うん、あのね…。」とだけ言うと、少し顔を赤らめながらうつむいて黙り混む。

そんな様子を見て、本当に心配になってくる。どうしたのだろうか?

「どうしたんだ?」

無言。

「なにかあったのか?」

無言。

「大丈夫か?」

無言。

真由は黙り続ける。かなり時間がたち、さっきから流れていたバケモンが終わった。

ようやく真由が「あのね。」と口を開いた。


「雅人、私のモノになって?」


真由はそう言うや否や、パチンと拍手するように手を鳴らす。

すると、とたんに俺は体から力が抜け、強い睡魔に襲われた。

俺は「…どういうこと?」と、私のモノになって?という言葉の意味についてと、体から力が抜けている状態について、2つの意味で真由に問いかける。

「どうもこうもないよ?私は雅人が欲しい。私のモノになって欲しい。そう言ってるの。ちょっと恥ずかしいけど、もっと分かりやすい言い方をしてあげるね?」そう言って、一瞬の間をおいて、顔を赤くしながら言う。


「君の事が大好き。」


そう言いながら真由は、正面から俺に覆い被さってくる。

そしてそのまま、無理矢理唇を奪われた。

さらに、真由はそれじゃ飽きたらないとばかりに、俺のシャツのボタンを一つ一つ外し始めた。

「おい、真由!やめっ…。」

やめてくれ!そう言い終えるよりさきに、また真由に唇を塞がれる。

「……〜〜〜っ!」

必死で真由を引き剥がそうと、力の入らない体で必死にもがく。真由はそんな俺の様子を見ると、唇をはがし、微笑みながら言った。「無・駄・だ・よ・♪」

パチン。また、真由が手を鳴らすと、さっき以上に、さらに体に力が入らなくなる。

「ね♪」

真由はとても楽しそうな表情だ。「なんだ……、これ……?」そう真由に聞くと、真由は話し出した。「私、大学で薬学専攻してるの知っているでしょ?作ったの。こう手のひらを鳴らすことによって、体から力を奪う薬をね♪」パチン。パチン。パチン。

さらに三度、真由は手を鳴らした。さらに力がなくなり、もう俺の体は、指の一本一本すらまともに動かせない。

「さっきのオレンジジュースに混ぜたんだ!雅人ってば無防備だよね!」

喋りながら、また、俺の服を脱がし始めた。

「よし!これで上着は全部脱げたから、次は下だね!」

そう言って、今度は俺のズボンのベルトに手をかける。

俺は必死で言葉を紡ごうとする「…駄……。」

パチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチッパチンッ。

「嫌がっちゃダメだよ!」

「……。……。……。」

最早、声すらも出せなくなった。

ズボンのベルトを外し終えた真由が宣言する。

「それじゃ、下も全部脱がしちゃいま〜〜す♪」

そして、勢いよくズボンとパンツをおろした。

いや、ちょっと待ってくれよ!

やだやだやだ!

心の中で幾度となくやだと繰り返すが、真由は止まらない。

服が剥ぎ取られ、全裸になった俺を見て、真由はくすくすと笑った。

「うん!これでいいよ!さて、それじゃお楽しみの始まりだね!」

楽しそうに彼女は宣言し、俺の上に跨がった。


そして…。


ここから先は性的な描写が存在するため省略します。続きは、番外編「上等!近親相姦!〜お兄ちゃん大好き!私が孕むまでお外に出さないんだからね!〜」篇にてお楽しみください。


カーテンから光が差し込み、眩しくて目を開けた。

体がだるい、頭がぼーっとする。どうやら、真由としている最中に失神したらしい。

その真由の姿はこの部屋にはない。

焦点の定まらない目で、真っ白い天井を見上げながら呟いた。

「さようなら童貞、初めまして新しい世界。遠い空の向こう、元気にしていますかおじいちゃん…。ここ日本からオランダまでは距離にしてどのくらい離れているのでしょうか…。私はそんなことを思いながらも、小さな世界の中、籠の中の鳥のように、永遠に幽閉されています。」

幼なじみに逆レイプされた喪失感やら、それでも多少嬉しくもあったりやら、よくわからない気持で、よくわからないことを口ずさんだ。

現実逃避していると、とたとたと足音が聞こえてきた。

ガチャリ、と扉が開き真由が現れる。

そして、俺の姿を見るなり、「ミュヒュヒュヒュヒュー♪」と、今まで全人類で誰も聞いたことがないであろう擬音で笑い声を上げた。

「あっ!雅人ぉ!起きてたんだ!ふふっ!昨夜はお楽しみでしたね!」

いや、お楽しみだったのは俺じゃないだろ。

おもに君だよ、真由ちゃん。

はあー。と溜め息が出る。

「もういい。帰るぞ!」

そう言って立ち上がろうとする。すると、ガチャンと言う音がして、首に圧力がかかる。そして、「ぐぇ!」と、苦虫に噛み潰された蛙のような声を出しながら、ベッドに倒れた。

そして、ようやく気がついた。

自分に首輪がつけられていることに。

そんな俺の様子を見て、真由は低く、くぐもった声で言った。

「…帰さないよ。もう…、帰さない。雅人はこれからずっとこの部屋で、私の隣で、永遠に…、生きていくの…。」

あの後、なんやらかんやらがあって俺は真由の家から逃げ出すことができた。

そう。これが最初の異変だ。

幼なじみの突然の変化、そして、無理矢理の行為に俺は困惑した。しかし、異変はこれだけではなかった。真由の家から逃げ出して家に帰ったとき、次の事件は起こった。


真由の家から逃げ出すと、もう次の日の朝になっていた。俺は急いで家に帰る。

「ただいま。」と小さく声に出し、俺は家に入った。

すると、玄関で正座をしている女の子に気がついた。

「美里?なにやってんだこんなとこで。」

俺の妹の桜木 美里(みさと)だ。年齢は俺の2つ下で、小学生と間違われるぐらいに小さい。全体的に小柄だ。

特技は料理で、特技料理は厚焼きタマゴと八宝菜だ。

それが、目に大きな大きな、のっぽの古時計のような隈を作って玄関にいた。

美里は俺の姿を見ると、「あっ、お兄ちゃん。お帰りなさい。遅かったね?あれ?お兄ちゃん?なんかね、私の勘違いだとは思うけど、なんかね、女の臭いするよ?どうしたの?どこにいたの?誰といたの?ねぇ?ねぇ??ねぇ!?お兄ちゃんさ、女と、私以外の女と遊んだり、出掛けたり、出掛けないで家にいたり、していいと思ってるの!?ねぇ、私、待ってたよ?お兄ちゃん待ってた。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと!!ねぇねぇねぇ!!お兄ちゃんがお兄ちゃんなら妹心配さしちゃダメだよね?ねぇ、ならなんでこんなに帰りが遅いの?おかしいよね?おかしいよ…。…おかしいんだよッッ…!!どうして昨日帰ってこなかった?どうして私を待たせた?どうして私を不安にさせた?どうして他の女の臭いをつけた?どうして!?どうして!?どうして!?」

と、まくし立ててきた。

俺は強烈なデジャブと、これから放たれるだろう強烈なジャブを感じとり、慌てて家から撤退した。あっ、放たれるのはストレートか。


町を走りながら俺はとにかく必死に頭を働かせた。「いったいぜんたいなんでなにがどうでこうでなんなんだよ?わけがわからないよ。」

しかし、あまり思考はまとまらなかった。

幼なじみも、妹も様子が変だ。ダブルで変だ。ツインで変だ。ツヴァイで変だ。あっ、ツヴァイって響きがカッコいいよね。小さい頃、カードゲームのカードを自作して、意味もなくツヴァイを使いまくってた記憶が思いかえされる。アルティメット・ツヴァイ・ドラゴンとか、エタニティ・ランサー・ツヴァイとか、閻魔皇太子・真紅牢・ツヴァイとかね。

それで、なれてくると、ツヴァイがきちんとドイツ語のスペルでのツヴァイ(zwei)になるんだよね。死霊の奇腐神・maly(マリア)zwei(ツヴァイ)とかさ。

あと、あれだね。

冥福をさまよう二人の亡者(デスワールド・ツヴァイ・アンデッド)とか。

文法もなにもあったもんじゃない…。

とそんな脱線した無意味な思考をしていると、横から人が飛び出してきて人身事故が発生した。

え〜。ただいまこの車両にて人身事故が発生しました。状況の確認を行っておりますので、そのままお待ちください。


飛び出してきて来たのは、スライムでも、野生のピ〇チュウでもなく、まったく知らない女の人だ。

「あっ、すみません。大丈夫ですか?」

ぶつかってしまった相手に頭を下げながら訊ねる。

「あっ、はい。大丈夫です。……あれ、桜木さんじゃないですか!こんにちは!」

笑顔で挨拶をしてきた。

なので「こんにちは。」と挨拶を返す。

どうやら知り合いらしいが、まったくわからない。

まずい。わからない。誰だろう?これ、わからなかったら気まずいパターンのやつだ。

相手はかなり綺麗な子だ。そして、背丈は女性としては長身だろう。

こんな子なら印象に残らないはずはない。思い出せ。

大学……?NON.大体の女子のランク付けは済ませた。

バイト先……?NON.引っ越し屋。女の子はいなかった。むさかった。

すると、どこだろう。

と、なると昔の知り合いか…?

高校……?NON.全ての女子のランク付けは済ませた。

中学……?unknown.まだ、ランク付けシステムは導入してなかった。わからない。

中学か……?

少しかまをかけてみよう。

「えっと……、確かあれですよね。ちゅぅ……、の?」

コールド・リーディング。この際手段は選んでられない。冷たく読んでやるぜ。

「あっ、いえ。中学じゃないですよ。と、いうか。桜木さんは私のこと、わからないはずです。」

わからないはずとはどういうことか意味がわからない。

顎に手を当てて、首をかしげる。すると、女性の方から口を開いた。

「あっ、私は、雨宮 友理(ゆうり)っていいます。実は………。」

ゆっくりと間を置いて、そして、満面の笑顔で続きを口にした。

「半年ほど前から桜木さんをストーキングさせていただいています。」

どうやら、この女性は、友理さんは、大学の、高校の、中学の知り合いでもなく。俺のストーカーさんということらしい。

俺は青い空を見上げながら、そっと呟いた。

「頭が痛いよ。神様。」

空は青々とすみわたっていた。


さて、それでは桜木さん?と、ストーカー女、友理は口を開いた。「今から、桜木さんを監禁させていただきます。」

そして、友理は、同時に着ているコートのポケットのチャックも開いた。

中から顔を出したのは、刑事ドラマの誘拐シーンでよく出てくるあれ。サンダー・ボルト・ツヴァイ・スペシャルという通称でお馴染み、スタンガンだ!

俺は逃げた。走った。まるで、〇ロスのように。

今、伏せ字に「エ」入れて読んだやつ、後で職員室に来い。

友理も、全力疾走といったような様相で追いかけてくる。走りながら、「あっ、待ってください。大丈夫ですよ。大丈夫です。監禁するだけですから。だから大丈夫」と叫んでいる。

俺も大きな声で返す。

「良いことを教えてやる!世間一般ではそれを「大丈夫」とは言わない。覚えておけ!」

そう諭してやると、友理は「大丈夫ですよ。私は世間一般なんてものに捕らわれるような人間じゃないんです。ワールドでグローバルな人間なんです。だから大丈夫です。」などと宣っている。

相手してられるか。

俺は走りながら、道に落ちてたビニール傘を拾いあげると、即座に友理の足めがけて投げつけた。

ドシン。

友理はバランスを崩して転んだ。アスファルトに頭からダイブした。

「痛い…。桜木さん…。痛いです。」

痛みで泣きそうな声が聞こえてきて罪悪感にかられる。

しかし、俺は振り向かず友理を振り切った。


あのとき、友理から逃げ切った後、俺は回りの人間全てがおかしくなっていることに気がついた。

同じように何人もの女性に声をかけられた。そして、全員が全員、俺に迫ってきて、それを拒んだ俺を無理矢理捕らえようとしてきた。

そのたび、必死に逃げ続けた。

そして、この騒ぎはみるみるうちに大きくなっていった。市から県へ、県から地方へ、地方から国へ、国から世界へ。圧倒的なまでに鮮やかで非生産的な負の連鎖は、濁流のように世界に浸透していった。そして、気がつけば、全人類で男は俺一人になっていた。

最初は、市役所から行方不明の放送がされるようになった。

すぐに、警察が行方を大々的に調査するようになった。

すぐにテレビでは、俺の行方を追う様が流されるようになった。

そして、やがて、国同士での会談が行われるようになった。

今や、全人類が俺を欲している。羨ましい?ふざけるな。当事者としては恐怖しかないんだ。

全人類が最凶の敵であり、全人類が最狂の味方なのだから。

さて、これから俺がすべきことはひとつ。こうなった原因を究明して、全人類を元に戻すことだ。


朝食を食べ終えると携帯がなった。携帯を確認すると未読メールが99+という表示になっていた。(俺の携帯は、100以上メールがたまると、そこからはどんなにたまろうとも99+という表示になる。)しかし、これはいつものことなので気にしない。

俺は通常のフォルダを開いて中身を全消去したあと、「重要」と分けられたフォルダを確認する。

件名:重要なことがわかった。

差出人は蘭 真由だ。

真由はとある方法で味方につけた。

内容は、「今、シェルターの東の出口の前にいる。この事件を解決できるかもしれない。これからある人のところまで同行して欲しい。」というもの。

「すぐにいく。近くのコンビニの裏で待ち合わせな。」と短く返信し準備を整える。俺はシェルターの東側から外へと出た。


外へ出た俺は、帽子を深くかぶり、その上からパーカーのフードをかぶり完璧に顔を隠す。そうしなければ、歩く度に拉致のリスクがつきまとうのだ。少しでも顔を見られてはいけない。

しかし、これだけではまだ完璧とは言えない。

次に、俺は全身に大量の消臭剤と香水を振り撒く。こうしなければ「あっ、雅人くんの臭いだぁ〜。」と簡単に正体がバレてしまうのだ。

しかし、まだまだ完璧ではない。

次に、俺は靴の底に取り付けた鉄板を別の鉄板に変える。鉄板は、足音で正体がバレる可能性をなくすために取り付けたのだが、これもずっと同じものを使っていたのでは「あっ、桜木さんの鉄板だ。」となってしまう。なので、定期的に別の鉄板に変えるのだ。

しかし、これでも完璧には程遠いだろう。

ここまでしてようやく、俺は正体がバレるのではないかとびくびくしながら、回りを警戒しつつ町を歩くことが許されるのだ。


俺が準備を終えると、待ちくたびれたのか、正面から真由が歩いてきた。

魔蛇穴(マサラギ)、おはよう。」魔蛇穴というのは、外での俺の偽名だ。因みに、魔蛇穴は名字で、下の名前は朔斗(サクト)だ。

桜木と雅人を足して二で割ったらこうなった。

サクラギ マサト

マサラギ サクト

単純なアナグラムだ。

正直、この名前では身バレしそうですごく不安だ。俺としては太郎でも二郎でも篤郎でも十兵でも権兵でもいいから、とにかく元の名前とはまったく無関係なものにしたかった。なのだが、真由曰く、「灯台下暗しって言うでしょ?こっちの方がバレないよ。」というので、仕方無く従っている。

「おはよう真由。今日も綺麗だよ。」真由に対し、キザったらしい台詞を交えつつ、おはようを返す。そう、真由を味方につける為に行ったのがこれだ。

この事件を解決するのに一人では無理だと思った俺は、真由が俺に強すぎる好意を抱いていることを利用して「手を貸してくれたら、可愛がってやるよ。」と、吐き気がして、ヘドやらゲロやら嘔吐やらが自分で言ってて出そうな台詞を吐いて真由を味方につけた。

「それじゃあ、行こうか。案内して?」

その俺の言葉を聞いて、真由は歩き出した。

真由に先導され、たどり着いたところは病院だった。

都会にある大きな病院ではなく、田舎町にある小さな診療所だ。病院の看板には、麻生医院と書かれている。

病院の扉はボロボロになっていて、そこには本日休診と、プラカードが吊るされている。

病院のボロボロになった扉に真由は手をかけ、無遠慮に中に入っていく。俺は黙って真由について中に入った。

中は外の古ぼけた感じに反して、かなり綺麗だった。真っ白な壁、真っ白な床、真っ白な天井。いかにも病院といった様相だ。

中に入ると真由は「麻生先生!雅人連れてきたよ!」と言って大きな声で言った。

すると、慌ただしい足音が聞こえてきて、廊下の奥の扉がガラリと空いた。

「おお!連れてきてくれたか!では彼にはあの話をしないといかんな。」

現れたらのは60代ぐらいに見えるおじいちゃんだった。

「美少女じゃない……!?しかも、男……!?」

俺は驚愕の声を出した。嬉しい。美少女じゃないなんて…!少し涙まで零れてきた。

「おお、そうか、わしがおじいちゃんで嬉しいか。そうだろうなぁ…。まずは奥へ行こうか。」


俺と真由と麻生先生と三人で奥の部屋に入りテーブルにつく。先生は部屋に入ると棚から資料などを用意する。真由は、「じゃあ、先生、私お茶入れます。」といい。先生の「おお。頼む。」の言葉を合図に席をたって用意を始めた。

何だか一人だけ手持ちぶさたになり気まずい。

しばらくして、二人は準備を終えて席についた。そして、「では話そう。」と麻生先生が話をし出した。

「今回この騒動を起こしたのは「原初のヤンデレ」という存在だ。長いから原初と省略させてもらうぞ。この原初はとあるウィルスに感染している。その感染しているウィルスは「精神拡散ウィルス」といって、感染者の一番大きな感情をエネルギーにして増殖するんだ。ここまではいいかな?」

先生が確認をしてきたので、「はい。」と短く返事をして続きを促す。

「続けるぞ。この精神拡散ウィルスは感染者の感情をエネルギーとして充分に増殖すると、今度は新たな宿主に対して感染する。そして、このとき、新たな感染者に対して、前の宿主の一番大きな感情を植え付ける働きをするんだ。」…なるほど、つまり…。

「つまり、一番最初の感染者が持っていた一番大きな感情が、雅人くんへの病的なまでの好意だったというわけだな。」

「そして、次の感染者も一番大きな感情が、植え付けられた雅人くんへの異常なまでの好意に変化するから、雅人くんへの好意が連鎖するようにして世界中に広がっていったのだ。」

それで、俺は口を挟んだ。

「結局、どうすれば事件は解決するんですか?」

先生は答えた。

「ああ、このウィルスはわしの調べたところでは、第一の感染者の一番強い感情で望む願いを叶えてやると消滅すると考えている。第一の感染者から得た感情がもたらすエネルギーを連鎖的に他のウィルスにも供給しているためだ。」

「例えば、水道代を払わなければ元を止められて、蛇口をいくら捻っても水は出てこないだろう?そういうことだ。」

「つまり、雅人くん。君が原初と結ばれれば良いのだよ。」

ふむ、まるでわからない…。

しかし、解決の方法はわかったあとは…。

「それで、原初のヤンデレっていうのは、誰なんです?」

それは、そして先生は、指差した。


真由を。


いや、流れ的にわかっちゃいたさ。ここで、まったく知らない野崎 純子さんですとか言われても困るしね。そもそも、俺、女の子の友達なんて真由しかいないし。病的なまでの好意→それなりに親交がある→真由。となるわけだ。

じゃあ、真由にプロポーズしてやれば世界は救われるわけだな。

でも、思うんだよ。

それって、なにか違くないかとね。

真由が求めてるのは、世界を救う為にするプロポーズなのかとね。そうなってくると、俺は本当に真由が好きなのか問題が発生するわけだ。大量発生。自慢の裏庭。裏庭には2羽鶏がいる。

俺は一言だけ、声を出した。

「少し考えさせてください。」

先生は答えた。

「それを言う相手は、わしではないよ。」

俺は真由に向き直った。

「ごめん。真由、少し考えさせてくれ。」

「うん。いいよ。待ってるよ。」と真由は笑顔で言ってくれた。

「ありがとう。」

俺は黙ってシェルターに帰り、その日はすぐに眠りについた。


そして、桜木の預かり知らぬところで「考えさせてってなに?そんなの許さない。貴方は私のもの…。」そんなことを考えながら眠りについた少女もいた。


「ちくわ大明神。」

ベッドの上で寝転がりながら呟いた。ずっと真由のことを考えて考えて考えて考えて、考え続けて頭がパンクしそうになって出た台詞だった。頭がこんがらがってわけがわからなくなったのだ。

考え煮詰めて、ベッドで前転した。考え煮詰めて、ベッドで後転した。考え煮詰めて、側転はギリいけた。考え煮詰めて、ハンド・スプリングしたら、ベッドの底が抜けた。

「考えてみりゃ、真由とはCまでいっちゃってるんだよな…。」無理矢理だったとはいえ、責任は取らなくちゃいけないよな。とか思ったりする。

しかし、基本的に俺はヘタレなのだ。どうしても、別れたあとのことなんかが頭をよぎる。

保守的ともいうな。現状維持こそ至高であり、あまり前に進みたいとは思わない。

「どうするかな〜…。」そう呟いて頭を悩ませていると、不意に携帯が着信音を鳴らした。

「あれ、これ、電話……。」

俺の携帯は世界中から着信があるため、電話帳に番号がなければかからない設定になっている。

発信者は蘭 真由。

真由には、逆探知のリスクがあるからメールにしてくれと言ってあるのだが…。或いはメールだとダメな本当に緊急の用なのかもしれない。

出るべきか、出ないべきか。悩んだすえ、一瞬なら大丈夫か。と楽観的に考えて通話ボタンを押した。

「あっ、もしもし真由?」

「じゃないですよ。えへへっ!桜木さん!久し振りにお話しできましたね!」

電話の相手は真由ではなかった。「…誰だ?」電話の相手に問う。

「あはっ♪忘れちゃったんですか?私です。雨宮 友理ですよ!」

友理って……、ああ。あいつか。ストーカー女の。

心の中でそう思っていると「そうそう。そのストーカー女の友理です。」と心を読まれた。

「なんでそのストーカー女が真由の携帯を持ってる?」

少し威圧するように友理に問う。「だって…、桜木さん、この女にプロポーズするつもりなんでしょ?そんなの、許せない…。」

そういう友理の声は今まで生きてきて聞いたことがないような…、電話越しでも竦み上がるような怒気を孕んでいた。

「ねぇ、桜木さん。蘭さん……、でしたっけ?」

俺にそう訊ねそして、今度は全ての感情が冷えきったような声で呟いた。

「殺しますね?」

は…?お前は何を言ってるんだ…。

「どういうことだよ…。」

「わからないですか?桜木さんがこの女なんかに取られるのはがまんならない。聞いちゃったんです。あの病院での話。」

そう言って友理は話を続ける。

「気がつかなかったですよね?私、今までずっとストーカーしてきたのに、桜木さんまったく気がついてなかったですもんね。あの日も私はずっと貴方の後ろにいた。そして、桜木さんが蘭さんと付き合うかどうか考えさせてくれって言ったのを聞いたんです。頭がおかしくなりそうでした。だって、桜木さんは私のものですもん。他の女と付き合う可能性があるとかおかしいです。」

だから…、と友理は同じ言葉を繰り返した。

「蘭さん、殺しますね…?」

待ってくれ!

「おい!待ってくれ!」

「あはははははハハハハハハヒハハハハハハハハハハハハハハハはは!」

「蘭さんのこと、殺されたくないですか?なら、3時間以内に隣町の廃ビルのアイアンハートまで来てください。そこで話しましょ?くれぐれも、一人で、誰にも見つからないように来てくださいね?」そう言って友理は電話を切った。

ああ…、真由。すぐ助けにいくからな。


なんとか誰にも見つからないでアイアンハートまで着いた。

16階立てのとても大きなビルだ。しかし、もう使われなくなって何年も経つのだろう。回りはフェンスで被われて、窓ガラスは砕けている。

どこから入るのかとフェンスで囲まれたビルの周りを回っていると、一ヶ所のフェンスにご丁寧にも「ここから入ってください。」と書いてある紙が貼られていた。友理が書いたのだろう。どうでもいいが、めちゃくちゃ達筆だ。そして、そこだけ、フェンス同士を結びつけるチェーンが切られていた。押して中に入る。

ビルには沢山の入り口がある。どの扉が開くのか困っていると、「ここの扉にはカギかかってません。」と書かれた紙が張ってある扉を見つけた。どうでもいいが、めちゃくちゃ達筆だ。

そして、中に入るとすぐの壁に道順が書かれた紙が張ってあった。どうでもいいが、めちゃくちゃ……。

紙に書いてあった道順通りに進み最上階についた。

一番奥の部屋の前につく。鉄でできた重そうな扉には「私の愛しい桜木さん。中へどうぞ。」と書かれた紙が張ってある。

ゲームだったらここで、これより先に進むと戻れません。セーブしますか?とか訊かれるんだよな。とか考えながら、少し迷ったが、時間がない。意を決して扉を開けた。


扉を開けて中に入ると、真由を見つけた。猿轡を噛まされ、椅子に荒縄でぐるぐるに縛り付けられている。

おれはすぐに真由に近づこうと駆け出した。しかし、俺は友理に行方を阻まれた。

「あは♪桜木さん、来てくれたんですね!私達がこれから一緒に暮らす愛の巣へ!」

手にはナイフを持っている。そして、ナイフを持ったまま友理は両手を広げて俺にゆっくり近付いてくる。

「やめろよ。なあ、病院での話聞いたならわかってるんだろ。お前が俺を好きなのは、お前の本当の気持ちじゃないんだ。」

諭すように友理に言う。

「知りません。そんなこと…。私は桜木さんが好き。だから一緒にいたい。だから私のものになって欲しい。だから私を選んで欲しい。それだけでいいじゃないですか。」

いいや。よくない。

「お前の本当の気持ちじゃないならお互いに傷つくだけだろ。」

それに俺は……。

「真由が好きなんだ。今、わかったんだよ。なんで真由がお前に囚われたとき、迷わず助けにこれたんだろう。」

俺は助けにいくことになんの疑問も抱かなかった。

「正義感が強いから?違う。前に、高校生ぐらいの不良にカツアゲされてる男の子見たことがあってさ。俺はボクシングやってて腕には自信があったけど、そのときは助けにいかなかったよ。」

そうだ。

「リスクを考えるんだ。もし、自分が傷つくことになったら…、とか。」

俺はヘタレなわけなのだよ。

「だけど、今回は違ったんだ。相手が殺意持って、殺すなんて言葉を吐いてるのに、まるで当たり前みたいに助けにこれた。」

これってつまり…。

「真由のことが好きだからだろうなぁ…。」

愛の力は無限大さ。

「許さない。」何度も何度もそういいながら、俺にナイフを振りかざしてくる。

「なんで、私じゃダメなの!?あの女と何が違うの!?同じだよ!」

友理は目からボロボロと涙をこぼしている。

「私、なんでもしてあげるよ!?毎日ご飯作ってあげるよ!?毎日背中流してあげるよ!?君が望むなら…、人だって刺せるよ!?」

むしろ今は刺さないでくれってお願いしてる。

「どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?どうして!?どうしてッッ!!?」

ナイフをかわし続ける。

やがて、壊れたようにその場に膝をつき、友理は動かなくなった。「うぅあああぁぁううぅ〜〜〜。」大きな泣き声をあげる。

不意に泣き声が止まり、そして、友理は呟いた。

「そうだ…。あの女がいなくなればいいんだ…。」

そういって、ナイフを構えたまま、縛られたままの真由に向かって駆け出した。

「ヤバいッッ!」

友理を追って駆ける。そして、友理の刃が真由に刺さる直前に、自分の腕を犠牲にして庇うことに成功した。

「あっ……、いたい……。」

激しい痛みに襲われるが、いや、ちょっと寝違えちゃって、といった程度の反応に抑える。

友理は俺の腕から刃を引き抜き、再び真由に降り下ろす。

「くぅっ!死ね!死ねぇ!死ねぇぇえ!死ねぇ!蘭真由ぅっ!!」

憎々しげに真由の名前を呼ぶ。

更に二度三度、俺の腕を盾にして真由をナイフから守る。

刺されながら、どうするかな…。流石に女の子は殴れないからな…。と、どうするかを考える。

あっ!思い付いた。いや、思い出した。そう言えば、俺の得意技は……。

きちんと威力をセーブして、ガコンと友理の顎を撃ち抜く。

「真 空 飛 び 膝 蹴 り 。」

殴ってないからセ〜フ!みたいな?

友理はその場に倒れた。

そして、友理を見おろすと床にできた血溜まりも目に入る。

あらら、今更ながら出血がえらいことになってるよ。

そんで…。

「アアアアアあああぁっッ!!がああっッ!!」

痛ぇぇぇえッッ!

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!

「血ぃ止まらんッッ!どうすんだコレ??」

心臓より上に上げたら良かったんだったか?

なんか縛るもんとかないと…。っていうか縛って止まるのかこの傷が……!?

真由そっちのけであたふたしていると、真由が足をバンバンと踏み鳴らしてなにかを訴えてきた。

そうだ。とりあえず…。

「荒縄切ってやるからな。」

そういって友理が振り回していたナイフを取り上げて荒縄を切断する。

なかなか切れないな。しかも、力入れると腕痛いし…。

しばらく格闘して、ようやく荒縄が切断できる。すると、真由があわてて立ち上がり、自分で猿轡を外して自分のポケットを漁る。

何だと思って見ていると、ポケットから薬を出してきた。

「すぐコレ飲んで!!」

そのすさまじい剣幕に押され、俺は薬を口にする。すると、どうだろう。傷口が煙を上げながら瞬間的に再生し始めた。

「なんだこれ…。」

驚いてその様相を見ていると、真由は笑顔で言った。

「知ってるよね?薬学専攻してるの。作ったの。自然治癒力を活性化させて、外傷を一瞬で治癒させる薬をね!」

……まじですか。普通にノーベル医学賞モンだよそれ……。

「ありがとう。真由。」

そう俺が言うと真由も、「ううん。お礼を言うのは私でしょ?助けにきてくれてありがとう。」

さて、傷もふさがったことだし、ムードもへったくれもないが、今、言ってしまおう。

「なあ、真由。」

ここで言わなきゃ、このヘタレ、これからもタイミング逃し続けるからね。

「結婚しよう。」

うん。言った。完璧だ。

「えっ?」

そう言って真由はおかしな顔をした。

えっ?俺、なにか間違ったか?

「普通こういうのは、付き合ってください!からだよね。」

ああ、そうだったか?

「まあ、いいけどね。よろしくね。」

そう言って、真由は笑ってくれた。

そんで、仕上げはアレですよ。

折檻?切腹?斥候?なんだっけ?「接吻だよね?」

キスをした。

いや、まあ、上位のことやってる訳だし今更感はあるけどね。

…キスをすると、真由の体から、何だか白い湯気みたいなのがあがった…。

「それ、なんだ?」

と真由に聞く。

「ああ……、これ、多分…。」

先生から聞いたんだけど……。と話を始めた。

「ウィルスが死ぬとこうなるんだってさ…。」

なるほど、じゃあ、この件は…。「一件落着ってわけか。」

なんだか、安心した。

そうだ。試してみるか。

電話帳を開いて、登録されてる数少ない女性の一人に電話をかける。

「もしもし?」

「こんにちは、マイ・プリティー・ビューティフル・ハートフル・ハードボイルド・ハードディスク・シスター。」

あきれ声が返ってくる。

「なんだ。兄貴か。どうしたのさ?」

さて、一つ質問しよう。

「質問、兄貴のことは好きかい?」あくびをしながら、美里は答える。

「家族としてはね。それだけ?」

ああ、良かった元に戻ってる。

「あっ、あと!あのさ、兄貴、あの、私、こないだ変なことしたけど、違うからね!あれは違うから!」

できるだけ優しく「わかってるよ。」と言う。

ん〜。と美里は唸って言う。

「そう?ならいんだけど。……ああ〜……!もうっ!バイバイッッ!」

ガチャ。電話が切られた。

「どうだった?」と真由が聞いてくる。

「ああ、ちゃんと元に戻ってたよ。」そう俺が言うと、安心した表情で、真由は「良かった。」と言った。

そんな話をしていると、友理が目を覚ました。

「あっれ、さっきのなに?」

困惑した顔をしている。そして、俺達のことを見て、狼狽えた顔をする。「あっ、あのっ、ごめんなさい!ごめんなさい!」必死な表情を作って謝り続ける。

俺は「いいんですよ。あれは貴女のせいじゃないんですから。」と言って、友理を諭す。

真由も「そうですよ。貴女はなにもわるくないです。私のほうこそ…、ごめんなさい。」そう言って頭を下げた。

尚も暗い顔をする友理に「さあ、もう帰りましょう?」と言って部屋を後にしようとする。俺に続いて真由が、そして、その後ろを友理が歩く。

だから、俺も真由も気がつかなかった。友理が、薄気味悪い笑顔で床に置いたままのナイフを再び拾っていたことに。


ドスッ。

なんの音かわからなかった。サイフでも落としたのかと思った。

後ろを振り返ると、真由が、背中から血を流して倒れていた。

「なんで………!?」困惑してそう呟く俺に笑顔を見せながら友理が語り始める。

「ふふふっ…。桜木さん…。やっぱり気づいてなかったんですねぇ!」

動揺で、心拍が激しくなりすぎて、言葉を紡げない。

真由が、真由が刺された。真由。真由…。真由………。


「桜木さん、おかしいと思わなかったですか?良いことを教えてあげます。」

友理は言葉を紡げる。

「あの日、私が言ったこと、覚えてます?桜木さんが蘭さんに監禁されかけた翌日、そして、妹さんにもウィルスが感染したその日、私はこう言ったんです。私は「半年」ほど桜木さんをストーキングさせていただいています。と。」俺はようやく気がついた。

「私と桜木さんが直接出会った日の前日からウィルスが広がり始めたとするなら、私が「半年」桜木さんをストーキングしているハズがないんです!」

つまりお前は…。

「はい!私はウィルスの影響を受けていません。もともと、桜木さんのこと、殺したいくらいだぁーい好きなんです。」

体から力が抜ける。俺は膝をついて座り込んだ。

友理は甘えたような声を出しながらこっちにすりよってきた。

「桜木さん、私は今まで、桜木さんを見ているだけで満足だった。影から見守ってあげているだけで、私は満たされた。けれど、桜木さんと始めて言葉を交わしたあの日から、違ってしまったんです。もっと、桜木さんと言葉を交わしたい。桜木さんにたくさん触れてみたい。二人で暮らしたい。そして、愛するだけじゃもの足りない…。私も桜木さんに愛されたい…。そう思うようになったんです。」

俺の頬に手を添えてきた。

体が動かない。

「ですが、私が桜木さんを自分のものにしようと動き始めたとき、すでにあの精神拡散ウィルスが世界中に広まっていた。世界中の人に桜木さんが求められていては、桜木さんを私の、私だけのものにすることは不可能。そして、それを収束させる為に動いていたのは、桜木さんとあの女だけ……。」言葉を紡ぎながら俺にもたれかかって身体中を撫で回してくる。「あの女、殺そうと思いましたが、あんな状況じゃ殺せないですよ。貴重な人材ですもんね。」

……。……。……。

「そして、収束させる方法は桜木さんのプロポーズ……。頭がイカれるかと思いました。けど、きちんとお膳立て、しましたよね。」お膳立てって……。

「じゃあ…。」

「はい!桜木さんにあの女にプロポーズしていただいて、ウィルス事件を収束させてから、あの女を殺して桜木さんを私だけのものにする。そういう計画だったんですよ!」

笑顔で俺を抱き締める。そして耳元で囁くように話した。

「これで、桜木さんは私だけのものです。これから永遠に一緒になりましょうね!」

そう言って、俺の頭をつかみ、口付けをしようとして顔を近づけてくる。

俺は友理を思いきり突き放した。「ふざけるなよ!誰がお前なんかのものになるか!」

大声で怒鳴り付けた。

「俺はお前が……、大嫌いだ!」

絶望したような顔で、友理は「嫌い?大嫌い?嘘っ!嘘よっ!」と悲鳴のように叫ぶ。

そして、突然、狂ったような顔になり、俺にナイフを向けてきた。今度は、先程とは違う。俺を…。殺す為に…。

「私のことを嫌う桜木さんなんなんか、桜木さんじゃない!偽物よ!死んで!死んでくださいッッ!」

友理は腰にナイフを構えて、思いきり突進してきた。

しかし、ナイフは俺には届かなかった。

背中から血を流しながら立ち上がった真由が、どこで手にいれたのか短い鉄パイプで友理を殴り付けたからだ。

「あんた…。誰の恋人傷つけようとしてんのかな?私の雅人、刺そうとしたよね?覚悟はできてる。」そういう真由の顔に浮かんだ怒りの炎はすさまじかった。

「死ぬのは…、あんただ。」

ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガツンッ!ガンッ!ガンッ!ガツンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!

「ははっ!いい姿だよ!雅人を、雅人を傷つけていいのは私だけ!しっかりわきまえるんだねっ!」

頭、腕、足、背中、腹。全身の至るところに何度も何度も鉄パイプを降り下ろす。

「ぎゃあッッ!」と友理は悲鳴をあげるが意に介した様子はない。

狂ったように殴り続ける。

頭から血を流す。しかし、真由は殴るのをやめない。

ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、」呪詛の言葉のように、いや、実際、呪詛の言葉なのだろう。死ね、死ね、と繰り返し続ける。

はっとして、俺は止めに入る。

「もういい!やめろ!」

後ろから羽交い締めにして真由を止めた。

「真由、もういい。もういいから」そういうと、真由は「うん。」と答えて鉄パイプを落とした。真由の背中からは大量の血が流れ出てしまっている。

「真由…。終わりだよ。もう……、帰ろう……。」

俺はうめき声を上げながら尚も「桜木さん桜木さん」と呟き続ける友理に、小さな声で「ごめん」といい、真由を連れて廃ビルを後にした。

これでこの事件は終わりだ。

あのあとなにかあったかっていうと別段なにもなかった。

真由も友理も、きちんと病院で治療を受けて助かった。

俺は事件の2年後、大学の卒業と同時に、プロポーズ通り真由と結婚した。

俺が、「大学も卒業して仕事にもついたし、式をあげようか。」というと、「もちろん!心の準備なら10年前にできてるよ!」と言って真由は喜んでくれた。

友理は…、わからない。

あの事件のあと、俺も真由も町を引っ越すことになった。

それからは、もう友理には会っていない。

他の俺の回りの人達は、みんな明るく暮らしている。

それだけだ。


今日は会社の飲み会で帰りが遅くなっている。俺は慌てて家に帰った。

「ただいま!」

仕事を終えて家に帰る。すると玄関で妻が包丁を持って正座しているんだ。あれ、似たような光景をどこかで見たな。

「お帰りなさい。遅かったね。スーツに女の髪の毛ついてるよ?どこの雌猫かな?雅人にはさ、私がいるよ?ううん。私しかいないよ?浮気は許さない。不倫は犯罪って日本では法律で定められてるね?でも、この家では浮気は死刑、だよ?私は貴方を愛してる。心からだからこそ許せないの。悪い旦那さんには、お仕置きしなきゃね?」

包丁を構えながら迫ってきた。そして……。

「ちょっと待て!誤解だ!やめてくれぇぇえ!」


こんな毎日を過ごしているけど、俺は幸せです。


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