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小夜時雨  作者: 久世アリス
3/7

嘘は嫌い

スパンキング(お尻叩き)シーンが入ります。苦手な方は閲覧を避けてください。

「花蓮にはこのブラシは必要ないみたいだから、俺が大切に使わせてもらうね」

「お兄ちゃんの短い髪でもとくのに使ってあげれば?私はそんな重くて大きいのいらない!」

「使うのは花蓮のためにだけどな」


伊織が強引に花蓮を自分の脇に引き寄せ、腰に手を回し体をくの字の体勢にさせると、パジャマと下着を一気に下におろし、花蓮のお尻を叩き始めた。


「ごめんなさいっ。ブラシはやめて!反省してるから!」



──



嫌な夢をみた。

兄の伊織とはもう一年以上会っていないので、寂しい気持ちは抱いている。が、お仕置きをされる生活が再開されてる今、花蓮には叱られた記憶が走馬灯のように頭をかけめぐったりしている。

これは伊織の提案と、郁人の行動のダブルファインプレーなのかもしれない。

朝起きて顔洗って歯磨きして朝ごはん食べて学校行って真面目に授業受けて宿題して部屋を片付けてお風呂入って早く寝なきゃ。

伊織の躾の賜物なのか、郁人への恐怖心の大きさなのか、どちらにせよ花蓮はいい子に過ごせている。


やっと平日が終わり、待ちに待った土日が来た。

花蓮は緊張した日から解放されたい自分の意思とは別に、心の奥底ではお仕置きの恐怖を忘れないようにと、己に警告しているような夢を見てしまった。

待ちに待った土曜の朝だというのに、すっきりしない目覚めを迎えていた。


目覚めがすっきりしなかったのは、悪夢のせいだけではない。

以前、郁人に家庭教師を頼んでいるときから、毎週土曜日は一週間のまとめを復習と兼ねてテストをする日だと決まっていた。

もちろん今日もその予定である。

その予定なのだが、一ヶ月前から花蓮には摩耶との大事な約束を交わしていた日でもあった。

つまり今日は…仮病作戦を使うつもりでいる。


別にサボるわけではない、ただ明日の日曜に日程を移してもらって、今日は摩耶と過ごすだけ。


花蓮はベッドで自分にそう何度も言い聞かせていた。

度重なるお仕置きは花蓮の不用意な行動の抑制を果たせている。

郁人のことは好きだけど怖い。嫌われたくないけど怖い。

そんな気持ちが花蓮の頭のなかをぐるぐる駆け巡っている。


電話は声色でバレてしまうかもしれないので、LINEでさらっと連絡をすることにした。


『おはようございます。

 今朝起きたら頭が痛くて微熱が少しあるので

 土曜の分を明日にずらしてもらえませんか?』


この文章を打っているだけで、心臓の鼓動が自分の耳にも入ってくるかのように感じた。

花蓮が後ろめたさに襲われているなんて、思いもしない郁人はすぐに了承の返事を返してきた。

返事にはもちろん花蓮の身体の心配もしてくれていた。


…郁人くん優しい。好き。


そんなことを思ってしまう花蓮には、やはりお仕置きは必要なのかもしれない。



──



予定は完璧だった。

花蓮の家から駅まで向かうには、五條家の前を通るしか道はないのだが、花蓮は子どもの頃に使っていた細い細い塀の脇をまるで猫のようにすり抜けて、普段使わない道を使い駅まで向かった。

駅から電車に乗り、向かった先は月曜日に摩耶とモーニングをとったあのファミレスである。


「花蓮~こっちだよ!遅いじゃん!」

「ごめん、ちょっと手間取っちゃって…」


花蓮にとってなにより裏工作は一番重要であった。


「あーもうすぐ見れるんだよ。待ちに待ったライブだね!」

「摩耶がそんなにオススメするバンド、楽しみすぎる」


今日の摩耶はいつもよりテンションが高い。

そのテンションの高さにつられて、花蓮の声も高くなっていた。


今日は摩耶のお気に入りのバンドが参加するライブを見に行く予定なのだ。

まだ一般的には有名ではないが、音楽好きの中では人気が高まっているバンドなのでチケットはすぐに売り切れてしまったらしい。

ライブハウスに初めて行く花蓮はどんなものなのか楽しみでたまらなかった。



──



ライブハウス初体験の花蓮には、満員で生演奏を楽しめるほど心に余裕はなかった。

途中で気分が悪くなり、前の方で盛り上がる摩耶に一言声を掛け、花蓮は人の密度が薄い後ろの壁に移動してきた。

たった今、演奏しているのが摩耶のお目当てのアーティストだから、花蓮は遠目で眺めながら待っていようと、ペットボトルの水に口をつけ、壁に寄りかかった。

人の多さに酔ったのか目が回ってバランスを崩しかけ、右隣に立っていた男にもたれかかってしまう。


…郁人くんのにおい?


「大丈夫ですか?」


…聞き慣れた声が聞こえた気がした。


「花蓮!大丈夫!?」


ちょうどお目当てのアーティストの出番が終わり、花蓮のことが心配だった摩耶は、人混みをかき分けて後方まで来ていた。

ふらっとしたのは一瞬だったのか、花蓮はすぐに体勢を整え摩耶の顔を見る。


「あっ摩耶。出番終わったの?なんか人混みに酔ったみたい」

「急に倒れ込んできて謝罪もないのかよ」

「ほんとすみません!ちょっと気持ち悪く…て」


もたれかかってしまった男に謝らなければと、相手の目を見て話そうとした花蓮は、男の顔を見た途端、また倒れてしまいたくなった。


「五條じゃん!ライブとか来るんだ。意外」

「さっきのアーティスト目当てで来たんだけど…」

「ほんとに!?私もお目当てだったよ!ギターがカッコ良すぎだよね」

「そうそう俺もギター目当て」


花蓮がもたれかかってしまった隣の男は五條隼人だったのだ。

摩耶と隼人の楽しそうな会話は、花蓮の耳には入ってこない。


…どうしよう。どうしよう。


「えっあの希少価値で手に入れるのが難しい初期のCDもあるの?いいなぁ〜見てみたい!」

「たまたま買ったのがそのCDだったわけ」


普段はクールであまり表情を変えない隼人が、珍しく積極的に話しているレアな状況だが、脳をフル回転させている花蓮にはそれどころではなかった。


音が大きいので話しにくかったのか、花蓮の気づかない間に三人はライブハウスの外に出ていた。


「花蓮さ、兄貴が心配してたけど」


ビクッという文字が見えそうな、絵に描いたようなリアクションを花蓮がすると、隼人は意地悪そうな表情を見せた。


「工藤さん、門限何時?」

「門限とかないよ。うち放任主義だから」

「俺の部屋来る?CD貸してあげるよ。帰り送れば平気?」


隼人は摩耶とそんな会話を交わしながら、スマホで誰かに連絡をいれているようだった。

花蓮は隼人のTシャツの裾を後ろから引っ張り合図を送るが、隼人は気づかないフリをしている。

摩耶は話の合う友達ができた喜びで、不自然な花蓮には気づかないでいた。

そんな不思議なやりとりをしながら、隼人が歩く方向に三人は進んでいくと大通りに出た。


「隼人のバカ!」


無視されているイライラと、嘘がバレてしまうんじゃないかという恐怖で、花蓮は大きな声をあげ信号もない大通りを無理やり渡ろうと駆け出した。

その時だった。


「バカはお前だろ」


左手首を強く握られ、花蓮は引き止められた。

声の主は、郁人であった。


隼人からの連絡を受けた郁人は、慌てて三人を迎えに来たらしく、コンタクトを着ける暇がなかったのか、珍しくメガネをつけていた。

普段だったらメガネ姿もかっこいいなと、見とれてしまうのだが、今の花蓮にはそんな余裕は一切存在しない。

お迎えは五條家の共用の車だった。

助手席には花蓮。後部座席には隼人と摩耶が並んだ。

郁人とのドライブを夢見ていた花蓮だったが、こんな状況下で望んでいたわけではない。


摩耶は相変わらず隼人との話が盛り上がっているので、車内前半分のどんよりとした空気には気にもしていなかった。



──



隼人の真面目な性格からは想像できないロックな部屋へ、通された摩耶は驚いて部屋中をキョロキョロと見回してしまう。


「ピアノも弾けるの?」

「子どもの頃から習ってた」

「音楽好きなんだ」

「まあ、この部屋の通り」


隼人は初めて異性の子を部屋に入れたことに気づいた。

音楽で話せる友達はほとんどいなかったので、摩耶との共通点は隼人にとって、とても自然に異性を受け入れる状態になってしまったのだ。

別に悪いことは何もない。

冷たい人間でもクソ真面目と呼ばれていても、実際は普通の男子高校生なのだから、異性が気になるのは当たり前のことだ。


ただムードや展開はお預けかなと考えてしまうほど、隣の部屋の音漏れが気になるほど聞こえてくる。


「そういえば花蓮は?」

「兄貴と一緒にいるんじゃないかな」

「五條と花蓮がこんな近所に住んでて幼馴染なんて知らなかったから聞くけど、もしかして花蓮の家庭教師って五條先生?」

「ああ。あいつ今日、熱が出たって嘘ついてサボってたんだよ。車ん中の兄貴の顔、表情ひきつってたし」


摩耶の中で点と線が繋がった。

怖い家庭教師に嘘がバレてしまって説教するため連れて行かれたのかなと、摩耶は単純に考えていた。

でも少し変だ。

乾いた何かを叩いているような音と、なにやら謝って泣いているような花蓮の声が少し聞こえていた。


「五條先生って泣いちゃうくらい怖いの…?」

「お仕置きされてるんだろ」

「…お仕置き?」


お仕置きというワードを聞かされても、摩耶にはピンとこなかった。


「工藤さんと遊び回ったり学校サボったりしてるのが兄貴達にバレてから、ずっとこんな感じ。ここ一週間で三回目」

「お仕置きって何?」

「兄貴に尻叩かれてる。って知らなかったのか」

「は?なにそれ?」


親にもほとんど叱られたことのない摩耶には、お仕置きという言葉もお尻を叩かれているという親友の状況を現実的に考えられなかった。


「お尻叩かれて泣いちゃう花蓮かわいい〜」

「茶化すなんてはしたない真似やめなさい」

「えっ」


隼人と摩耶の空気が一瞬かたまった。


「あ、ごめん。俺クソ真面目だから、工藤さんのそういうノリがたまにイラッとしちゃって」

「なにそれ、私のことが嫌いってこと?」

「違うよ。可愛いし勉強できるのに、もったいないなって思うだけだよ」


隼人はベッドに腰掛けている摩耶の隣に座り、目を合わせるように距離を縮めていくと、摩耶の視線が定まらず、顔も赤らめてしまった。


「な、なによ」

「別に」

「顔、近いよ」

「だから?」

「……」


隼人の見つめる視線に摩耶は言葉に詰まった。



──



郁人の運転する車で五條家に到着したのは午後八時を過ぎたところだった。

音楽の話で盛り上がっている摩耶は、隼人に連れられてそそくさと二人で消えてしまい、郁人は黙って何も話さないので、花蓮も黙って郁人の車庫入れを終わるのを待っていた。

車を車庫に入れ終わると、レディをエスコートする紳士のように、郁人は左手を花蓮の腰に回し、階段を昇り自室に連れて行く。

車のキーをベッドの上に投げると、大きな音をたて郁人はベッドに腰を掛けた。

メガネごしでも眉間にシワを寄せているのがよくわかる。


「座れ」


いつものようにソファに座れと言っているのではない空気を感じ、花蓮は郁人の目の前の床に正座した。

恐ろしくて顔も見れずに、ずっとうつむいている状態である。


「一応、確認する。門限は何時?」

「…八時です」

「今何時?」

「…ごめんなさい」

「今、何時って聞いてるんだけど?」

「…八時二十分」

「朝の熱が出たってLINEは?仮病か?」

「…はい。ごめんなさい」


冷たい口調の郁人が怖かった。

と同時に自分の軽率さに苛立ちも感じていた。

先に摩耶との予定があると伝えていれば、門限が過ぎてしまうことも伝えておけば、嘘をついて心配をかけることもなかったであろうし、心からライブも楽しめたと思う。

今日は郁人の言うとおりにお仕置きを受けよう。素直に謝ろうと覚悟を決めた花蓮は、自分から発言を始めた。


「郁人くん、今日は本当にごめんなさい。ものすごく反省してるし、心配かけてしまったと思ってるの…」

「へえ、それで?」

「本当にごめんなさい」


ごめんなさい。

花蓮の頭の中ではこの言葉しか浮かばなかった。


「うん。反省してるってことはわかった。じゃあここにおいで」


ぽんぽんと郁人は自分の膝を軽く叩いた。

少し表情が和らいだように見えた郁人だったが、それは花蓮の反省を空気から読み取れたからであって、お仕置きがなくなるわけではなかった。

反省はしている花蓮だったが、お仕置きを素直に受けるのは相当な勇気が必要だった。

花蓮はゆっくりと立ち上がり、郁人の膝にはらばいになった。


「お仕置きのときはどうするんだっけ?」


花蓮のお尻をパンパンと軽めに叩いて合図を送る。

その合図にしぶしぶ、花蓮は自分で下着を膝までおろし、スカートをまくり上げて、叩きやすいようにお尻をむき出しにした。


「…ごめんなさい」

「今日は俺がいいと思うまで許さないけど、一発叩かれるごとにごめんなさいと謝って」


バシッ!


「ごめんなさいっ」


一打目からものすごくきつい平手が落ちてくる。

痛くて恥ずかしくて情けなくて、花蓮は思わず泣いてしまいそうでも、郁人が許すまでお仕置きは終わらないのだ。

黙々と花蓮のお尻を叩き続けてる音と、涙声で謝る声だけが郁人の部屋中に響いている。


バシッ!バシッ!バシッ!


「ごめんなさぃぃ…痛い」


花蓮のお尻はピンク色に染まっていた。

回数で言えば50を超えたあたりだろうか、痛みに我慢できずに手でお尻をかばってしまった。


「反省してるって言ってたのも嘘か?なにこの手」

「反省はしてるけど、痛くて…」

「お尻叩かれて痛くないわけないだろ。手でかばった罰は後で追加するから、大人しく泣いとけ」


郁人はお尻をかばっていた花蓮の手を、空いている左手でつかみ背中側に引き寄せ、お尻をかばえないように固定しながら、再びお尻を厳しく叩き始めた。

まだ三度目のお仕置きなのに、郁人は花蓮を懲らしめる方法を元々知っているような動きをしている。

左右のお尻をまんべんなく叩いて赤くなりはじめてからは、叩く速さを変えたり、同じ箇所を連続的に叩いたり、太ももとお尻の境を重点的に叩くなど、郁人の心の底にあるサディスティックな面がお仕置きをすることで浮き彫りになってきているのかもしれない。

これ以上お仕置きが厳しくなるのは避けたいが、まだまだ終わりそうもないお仕置きに、花蓮ただ泣いて謝るしかできなかった。


「ごめんなさぃ…ヒック…ごめんっ…なさ」


怒りに任せて花蓮のお尻を叩いていた郁人は、自分の手のひらも真っ赤になり軽くうっ血しているのに気づいた。

週明けの教育実習用の資料の作成が残っていることも同時に思い出した。


「手でかばったのも追加して、ブラシで20回」

「…ブラシはやだぁ」

「反省してるのに口答えすんの?」

「ごめんなさい。反省してます」

「ブラシ終わったら、今日の分のお仕置き終わりにするから」


…今日の分!?


花蓮は自分の耳を疑った。

まだ膝からおろしてもらっていないので、郁人の表情をちゃんと確認することはできないが、当たり前のようにさらりと発言したので、冗談ではなさそうだ。

それでも自分の勘違いかもしれないと、花蓮はおそるおそる郁人に聞いてみた。


「もしかして明日もお仕置き?」

「今日のこれだけで許してもらえると思う?前に言っただろ。俺、嘘つかれるの大嫌いだって」

「…ふぇ」

「泣いてもダメ。一日おきにお尻叩いてるんだけど、高校生にもなって恥ずかしくないの?そんな頻度で怒られるようなことされちゃ、さすがに俺の手も体力も限界だから、今回はとことん厳しくするよ」


確かに兄の伊織が家を出てから気が緩んでおざなりにしてきたことが多すぎて、花蓮のこんな生活を伊織が知ったら、それこそ毎日お仕置きされてしまうのではないかと思っている。

だからと言って片思いの相手からのお仕置きを素直に受けるのは、そう簡単ではない。


「じゃあ20回数えて」

「…はい」


とりあえず素直に郁人の言うことを聞き入れるしかないので、花蓮は大人しく従うことにした。

一年ぶりのブラシは、やはり記憶の中にある痛みと変わらず重くて痛かった。

郁人が多少手加減をして叩いてくれているのを花蓮は気付いているものの、平手と違い皮膚の表面にも内側にも響くような痛みは、既に200回近く叩かれたお尻にはつらいお仕置きである。


バシッッ!バシッッ!バシッッ!


「ヒック…っじゅう…はちぃ……じゅうっきゅぅ…っにじゅうっ」


郁人は花蓮を膝からおろすと、今日は頭も撫でずに部屋を出て行ってしまった。

花蓮は部屋に一人にされて、寂しさとお尻の痛みで涙が止まらなくなっている。


…明日もまだお仕置きがあるのか。


花蓮には絶望しかない。

郁人と過ごせるなんて、本当はとても嬉しいはずなのに、毎回お尻を叩かれるのに楽しみになんてできるわけがない。

もちろん今日のことは反省もしているし、ここ一年の自分の生活も改めようとは思っているが、緩んだ気持ちが簡単に一新できればいいのに…とまだ甘えた気持ちが抜け切れずにいた。


そんな絶望感に抱かれながら、花蓮は郁人のベッドにうつ伏せたまま寝っ転がっていると、いつの間にか郁人が部屋に戻ってきた。


「やっぱり下着あげられねーよな。痛いだろ」


郁人はそう言うと、花蓮の出しっぱなしのお尻にゆっくりと冷たいタオルを乗せた。

真っ赤に染まり熱くなったお尻には、この冷たさが優しさに感じる。


「お尻痛くてパンツも履けないのに、まだ家に帰れないよな?」

「…ぅん」

「俺、車で工藤さんを家まで送って来るから、お尻冷やして待ってて」


郁人はベッドの上に無造作に置かれた車のキーを手にすると、その流れで花蓮の頭をぽんぽんと軽く触り部屋を出て行った。

再び花蓮は部屋で一人きりになってしまった。

スカートはまくり上がり、下着はさがった状態でお尻の上には濡れタオルが置かれてあるのだ。一人きりのほうがいい。

当たり前の話だが花蓮が寝転がっている郁人のベッドは、郁人のにおいがする。

ただそれだけで安心できる。

こんなに自分のお尻を叩いて腫らした相手でも、自分が悪くてお仕置きされてしまったのだし、反省しなきゃと思う反面、郁人の部屋にいられることは少し幸せに感じられた。


コンコン


郁人の部屋の扉を叩く音がした。


「花蓮?いる?」


隼人の声だった。


「あ、ごめんっ。ちょっと待って」


花蓮は慌てて下着を履きスカートを戻すと、濡れタオルをテーブルの上に置いた。


「はい、いいよ」

「ごめん急に声かけて」

「摩耶を一緒に送りにいったのかと思ってた」


ベッドに座った花蓮とは少し距離をとっているのか、ソファに座った隼人は今まで見たことのない悩ましい表情をしていた。


「もう時間も遅いし兄貴が一人で送ってったよ」

「そか…」


少し沈黙が続いた。

やっぱり座っていると、お尻が痛くてもぞもぞ動いてしまう花蓮に気付いたのか、隼人が切り出し始めた。


「工藤さんって彼氏いるのか知ってる?」

「はえ?なんで?」

「いや、ちょっと気になって。こんなタイミングで聞いてごめん、痛いんだろ」

「えっ、いや謝られてもなんか恥ずかしいし、そりゃ痛いよ!座るのつらいもん。摩耶の彼氏?今はいないよ。えっえっえっ!?もしかして、隼人!」


自分のお尻の心配をされたのが恥ずかしかったが、それ以上に隼人が摩耶の彼氏のことを聞いてくるという意外な展開に、花蓮はついついニヤニヤしながら大きな声で話してしまっていた。


「はいはい、うるさい。彼氏いないんだ。ありがと」

「えっ、どうしたの?摩耶のこと好きになっちゃったの?」

「兄貴にお尻叩かれて泣きながら謝ってるお子様な花蓮ちゃんにはまだ早いお話なので、答えられませ~ん」

「なによ、相変わらず意地悪な言い方しかしないんだから!隼人のバカ!」

「本っ当、工藤さんとつるみはじめてから口が悪くなったよな。あ、伊織くんが留学しちゃったのもあるのか。そういうとこも兄貴に躾けてもらえよ」

「は、はー?」

「あーごめんごめん言い過ぎた。でもそういう言葉遣いの女の子はちょっと…って感じるからやめたほうがいいよ」

「別に隼人がどう思っても、私に関係ないじゃん」

「兄貴も俺も同意見なんだって。兄貴のこと好きなんだろ?」

「まあ、好きだけど…」

「じゃあ俺も花蓮も頑張るってことで、工藤さんの話サンキュ」


隼人は清々しい顔で郁人の部屋を出て行ってしまった。

花蓮と隼人は幼い頃から口喧嘩が絶えなかった。お互い嫌いではないのだが、同じ年だからか意地を張ってしまいやすいのかもしれない。

摩耶と隼人の関係を見守るという楽しみも増えたので、少し落ち込みから回復してきた気がする単純な花蓮であった。

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