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小夜時雨  作者: 久世アリス
1/7

再会と再開

スパンキング(お尻叩き)シーンが入ります。苦手な方は閲覧を避けてください。

「いってきまーす!」


玄関のドアから勢いよく出てきたのはセーラー服姿の少女。

衣替えで夏服に変わったばかりの制服は、目にするだけで爽やかな夏を感じられる。白地に薄い水色の襟のセーラー服は、近隣の女の子にとても人気のあるデザインをしている。

まだ梅雨前の朝七時半というのに、夏のような日差しは容赦なく街行く人々を照らしている。


「あっつーい!!」


ギラギラと暑い日差しに耐えられず、少女は大きな声で独り言を漏らしていた。

彼女の名前は秋月(あきづき)花蓮(かれん)

ごくごく普通の高校二年生。高めに結ったポニーテールは、花蓮の明るくアクティブな性格を表しているように見える。


通学時間の電車は都会と反対方面のおかげで、ぎゅうぎゅう詰めになることはない。

高校の最寄り駅まであと一駅というところで、なぜか花蓮は電車を降りた。そのまま改札を出てまっすぐ、駅前にあるファミレスに入っていった。


「あっ花蓮!こっちこっち」

「摩耶〜おはよっ」


摩耶(まや)と呼ばれた少女は、花蓮と同じ制服を着ていたが、黒髪の花蓮とは違い明るめの巻髪と綺麗めメイクで、花蓮より大人びて見える。


「花蓮、今日どうする?月曜とかダルいし学校サボって遊びに行きたい〜!」

「モーニング食べてゆっくりしてから遅れて行こうよ。遅刻ならヘーキだけど、学校サボっちゃうとママに連絡いくし…」

「えー高校生にもなって、まだ親が怖いの?さすが箱入り娘!」


摩耶のからかいに花蓮は頬を膨らませながら、二人は悪だくみの相談に花咲かせていた。


──


その頃、花蓮たちの高校では教育実習生が朝礼で紹介されていた。

五條(ごじょう)郁人(いくと)と紹介された彼は、ゆうに180㎝はありそうな長身と整った見た目から、女子生徒から注目を集めている。


「五條です。担当教科は数学です。短い期間ですがよろしくお願いします。気軽に声掛けて下さいね」


ホームルームを担当するクラスでの二度目の挨拶は、郁人にとって再開と苛立ちが出迎えてくれた。


「は〜い!質問で〜す!もしかして先生は五條のお兄さんですか?」


「…!?」


生徒からの質問に郁人は、はっとした表情を浮かべた。


「そう五條隼人(はやと)は先生の弟だ。弟は堅物だけど、兄は冗談通じるタイプだぞ」

「いやいやいや、そんな風に言われたらビシっとやれなくなりますよ〜」


担任の本田の冗談で教室内は笑いに包まれた。

隼人がクラスにいることに言われるまで気づいてなかった郁人だが、この兄弟、クソがつくほど真面目な弟と悪ガキだった兄という正反対な性格をしており、担任の本田は五條兄弟をよく知っているため、実習中からかわれるのか…まいったなと二人とも少し困り顔になっていた。


笑いに包まれた教室を見渡すと、空席が2つあることがわかる。


「ありゃ、また秋月と工藤は遅刻か?誰か聞いてるヤツいるかぁ?」

「…秋月?」


思わず郁人は小さいながら声を出してしまった。

秋月という名字に悪い予感しかしなかったが、郁人は敢えてなにも知らないふりをしてやり過ごす。


「二人が登校してきたら、俺のところまで来るように伝えといてもらえるか?」


と生徒たちに伝えると、ゆるい感じで本田はホームルームをしめていった。


──


実習一日目を終え、郁人は満身創痍だった。

たった三週間の我慢で教員の資格がとれるなら、とってもいいかと比較的軽い気持ちで教育実習を始めてみたものの、いくら要領のいい郁人でも、思っていたより大変なようだ。


全校生徒を前にした自己紹介、ホームルームクラスでの自己紹介、職員室での自己紹介、ここまでは郁人の脳内シミュレーション通りに進めることができた。

想定外だったのは、女子高生からの質問攻めである。

大学の専攻が理学部数学科という、女にはあまり縁のない環境に慣れてしまっていたので、自分がこんなにモテると思っていなかったようだ。


「よう!クラス委員の五條クン、宿題は終わったのかね?」

「宿題は終わらせましたよ、五條センセ」


お堅い感じに見られがちだが、兄弟で過ごしているときはごく自然に郁人からのジョークに乗る隼人。兄のことは尊敬しているし、真面目すぎる隼人から見れば憧れの存在でもあった。そんな隼人のことを郁人は可愛い奴だと思っている。


「疲れた〜」


リビングのソファで読書をしている隼人の隣に、郁人はどしっと腰を落とす。


「お疲れ。俺も女子からの質問責めに巻き込まれて疲れたよ」

「それは悪かったな。女子高生って生き物はやっぱり恐ろしいわ」

「確かに面倒くさい」

「そうだ、花蓮ちゃん同じクラスだったんだな。今日は顔見てないけど」

「花蓮って…秋月?」

「そうそう、伊織(いおり)のとこの妹。いつもあんなにサボってるの?」

「あー…」


隼人は気まずそうに、郁人から視線をそらした。


「そうか、伊織があっちの大学に編入してから一年弱か…口うるさい兄貴がいなくなったから羽を伸ばしてるのかね」


口うるさい花蓮の兄、秋月伊織と郁人は同い年の幼馴染で親友である。

一年前の夏、伊織はアメリカの大学に編入したので、少し疎遠になり郁人は寂しさを感じていた。


──


家族も寝静まった夜中の二時。

花蓮は学校には遅刻していったにも関わらず、授業も休み時間も摩耶と話す以外は机で寝て過ごすのが日課なので、こんな時間になっても眠くならず、夜中は自分だけの時間だと思っている。


ピッコーン


「あっお兄ちゃんからメールだ!」


花蓮は一ヶ月ぶりの兄からのメールにウキウキしながらスマホの画面を覗く。

メールを読み進めている間、どんどん顔が赤くなっていくのが花蓮自身にも感じることが出来る。


「…えっ…ウソ……また家庭教師頼んだの?」


大好きな兄から来た久しぶりのメールは、今月末から夏休みの間、家庭教師をつけるという決定事項だけが書いてあった。

成績や生活指導のことで学校から親に連絡が来て、兄に相談したのだろうか。大好きなお兄ちゃんであり、怖いお兄ちゃんでもあった伊織に、自分の悪行をどこまで知られているのだろうと、花蓮は気が気ではなかった。


『夏休み、一緒にバイトできなくなるかも(>ω<)』


夏休みは摩耶とバイトをして遊ぶつもりだったので、予定外の展開に花蓮は浮かない顔でメールを送る。


『えっどうしたの?なんかあった?』


摩耶のレスポンスの早さは、さすが女子高生と言わざるを得ない。


『夏休み、家庭教師来ることになったの…しかもお兄ちゃんの友達で、高校受験のときも教えてくれてた人だから、すぐお兄ちゃんに連絡いくしさぼれないと思う』


『お兄さん、日本にいないんでしょ?そんなに気にすることないじゃん?』


『うーん…お兄ちゃんにも嫌われたくないし、家庭教師の人にも嫌われたくないから』


『ははーん。さては家庭教師の先生はイケメンだな!』


『郁人くんって言うんだけど、すごく優しいし面白いんだよ』


『イケメンで思い出したけど、そういえば今日から来た教育実習生、イケメンらしいよ。遅刻したからうちらは会えなかったけど』


『マジで?楽しみ!明日は朝から学校行く!!』


イケメンの力は強いらしく、明日は朝から真面目に登校する約束をして、花蓮と摩耶は眠りについた。



──



朝のホームルーム前、教室にカバンを置いた花蓮と摩耶はその足で職員室に直行した。


「秋月、工藤、今日はどうした?遅刻じゃないなんて久々じゃないか」


職員室をのぞくと、担任の本田が二人を見つけて声を掛けてきた。

花蓮も摩耶も職員室中をキョロキョロと見回している。


「たまには私達もちゃんとしますよ」

と、摩耶が適当な相槌を打つ。


「あ、お前らも教育実習生狙いか!」

二人のたくらみは、すぐ本田にばれてしまった。

「お〜い、五條先生」


…五條…先生……

花蓮の顔が血の気を引いたように青くなっていく。

本田から呼ばれた郁人は、花蓮と摩耶の元へ近づいて来る。

あーどうしよう。どんな顔で話せばいいの?

と花蓮は悩んでいるのもつかの間、目の前に郁人が現れた。


「はい、本田先生。なんでしょう?」

「こいつらがな、五條先生を見に来たから挨拶させておいたほうがいいかと思ってな。昨日、遅刻してた遅刻常習犯の秋月と工藤だ。こっちは五條先生」


本田と郁人の会話がどんどん遠くなっていく。

花蓮はその場で崩れ落ちてしまった。

郁人は床に倒れる前に、とっさに花蓮を支え軽々と抱き上げた。

その一連のスマートな動作に、周囲にいた女性から歓声がわきあがる。


キーンコーンカーンコーン


「五條先生、悪いんだがそのまま秋月を保健室まで連れて行ってもらえんか?工藤は教室に戻って朝のホームルームな」


郁人は、わかりましたと本田に返事をして、花蓮を保健室まで運び始めた。

いわゆるお姫様抱っこで運ばれている花蓮は、少し意識を取り戻してきた。


「…ぅん…郁人くん」

「保健室まで運んでやるから、黙っとけ」

「…はい…」


保健室は無人だった。ゆっくりベッドに寝かされた花蓮は、はっきりしていく意識で困惑していた。


「秋月さん、朝ごはんちゃんと食べてる?」

「…少しだけ、食べてきました」

「そう」


ベッドの脇に置いてある椅子に腰かける郁人。

郁人が近くにいることで胸が高鳴って、まともに目を開けて話せない花蓮を眺めながら、郁人は笑っていた。


「倒れたときは顔が真っ青だったのに、今は真っ赤だぞ」

「そ、そ、そ、そんなことないです!」


郁人がいるほうとは逆に顔をそむけた。


「へーそんな態度とれるんだ。倒れたのもサボりか?」

「いや、ちがうもん!」

「そう…」


いつもは面白おかしく話す郁人なのに、淡々と話す今日はものすごく突き放されて感じてしまう。


「も、もう大丈夫だから、郁人くん戻っていいよ」

「派手に倒れたんだ。保健室の先生が戻るまで心配だから付き添ってやるよ。まあ、花蓮ちゃんは俺のこと追い出したいんだろうけど、それは無理」


怒ってる…?

花蓮は冷たい態度の郁人に、兄の伊織を重ねて見てしまう。


「…んなさい」


花蓮は小さな声でつぶやいた。


「伊織、心配してたぞ」

「だよね。怒ってた?」

「そりゃあ、もう。教育実習中だって言ってるのに、夜中二時間も通話に付き合わされるレベル」

「…ごめんなさい」

「伊織のやつ、夏休みのインターンの予定蹴って日本に帰るって言い出して、止めるの大変だったんだからな。花蓮ちゃんとこの親は伊織に心配させたくないから、最近の生活態度の悪さは言ってなかったみたい」

「パパもママも甘いから、つい…」


伊織が留学してからというもの、親は花蓮に軽く注意する程度で、口うるさい兄は若い花蓮には必要な存在であった。


「遅刻はしょっちゅうで授業中は寝てる問題児二人組、有名みたいだな」

「…はい…」

「まだ夏休み前だけど家庭教師の件、今日から毎日、夕飯食べ終えたら俺の部屋に来なさい。まず宿題やるのと、毎日課題こなす習慣を思いだそう」

「郁人くんの部屋で勉強するの?」

「俺も教育実習用の作業があるから、受験のときみたいに教えるのはさすがにキツい。俺の部屋やだ?」

「いやっ全然っそんなことないっ」


話しているうちに郁人の顔を見ていると、突然恥ずかしくなったのか花蓮の声が上ずってしまう。

わかりやすい反応を示す花蓮に思わず口元がゆるむ郁人。


「じゃあ夜、うちに来いよ。もし、サボったら…」

「サボんないし!」

「宿題持ってこいよ」

「はーい」


花蓮の細く柔らかい髪にそっと触れ、耳元で囁く。


「まだ調子悪そうだから、ちょっと寝てろ。顔が真っ赤だ」

「!」


言葉にならない言葉が出た花蓮は布団に潜り込んでしまった。

それと同時に、保健室の扉が開く。


「二年A組の秋月が倒れちゃっいまして、運んで寝かせてるので後宜しくお願いします」


養護教諭に花蓮を任せて、そのまま郁人は保健室をあとにした。



──



花蓮は朝からずっとドキドキが止められない状態が続いている。

小さな頃から片思いをしている郁人への気持ちは、高校に入った今も変わってはいなかった。

郁人の部屋なんて入るのは何年ぶりなんだろう。どんな部屋なのかなと気持ちが盛り上がって、まるでデートでもするんじゃないかというくらい、服やカバンが部屋中に広げられていた。

よし、これだと決めたのは薄ピンクのレースの可愛いワンピース。宿題するだけなのに一旦お風呂まで入っちゃうくらい花蓮は浮足立っていた。



「いらっしゃい、まあ座って」


数年ぶりに入った郁人の部屋は、壁一面がクローゼットになっており、余計なものは見えないところに収納してあるのか、とてもシンプルな部屋だった。


「おじゃましまーす」


花蓮は部屋の中を見回しながら、ゆっくりとソファーに座る。


「さっそく宿題をみてあげたいんだけど、明日の授業の準備もやらなきゃいけないから、今日一番話したい、大事な話を先にするね」

「うん」


いつも穏やかな郁人の表情が一気に険しくなり、部屋の空気が変わった。花蓮にも緊張が伝わっている。


「俺ね、結構怒ってるの。なんでかわかる?」

「…学校サボったり真面目にしてないから?」

「まず、伊織を怒らせたこと」

「それは、郁人くんがお兄ちゃんに言いつけたんじゃん!」

「は?花蓮ちゃんは高校生だろ?高校生は学校行って勉強するために学生してるんだよね?」

「…はい」


思わず逆ギレしてしまった花蓮はその場で後悔していたが、これ以上郁人を怒らせないようにするには、自分の膝の上に置いた手を見つめて話を聞くしかなかった。


「高校に行きたいから花蓮ちゃんの希望で、俺も勉強教えたし、伊織にも手伝ってもらってたよな?」

「…はい」

「今の生活態度、俺達に悪いと思わないの?」

「…思います」

「親御さんにも心配かけてるよな?」

「…はい」

「じゃあこれからどうするの?」

「学校ちゃんと行く…ごめんなさい」


下を向いて目も合わせない花蓮に苛ついたのか、郁人は急に花蓮に近づき手で顎を持ち上げ、視線を無理やりあげさせた。


「自分の手に謝ってんの?今、誰と話してるの?」

「い、郁人くんと話してます」

「じゃあ俺を見て話せ」

「…はい」


花蓮の目は涙で潤んでいた。

大好きな兄の伊織と片思いしている郁人の二人を怒らせたことをものすごく後悔している。


「生活態度改めるんだな?」

「はい」

「よし」


やっと花蓮の顎をつかんでいた手がはなされた。


「伊織が日本に帰るって聞かないから相談したんだけど、今日から花蓮ちゃんに何かあったら、俺が伊織の代わりを任されたから」

「え!?」

「伊織の代わりに、俺が花蓮ちゃんのお仕置きするってこと」

「はい?」

「お尻叩きのお仕置きな」

「ええええええ!!!!」


確かに、花蓮は留学する直前まで何かやらかしたときには、伊織からお尻を叩かれていた。

両親が二人共非常にマイペースというか能天気で、花蓮が世間知らずの甘えん坊に育っているのを伊織は心から心配しているのだ。

秋月家の家長である父親は、今は伊織と一緒にアメリカで生活しているが、もうここ数年ずっと単身でアメリカに居住していた。輸入業なので日本との行き来はあるが、子どもの生活はすべて母親任せにしている。

母親は子どもを甘やかすのが大好きで、花蓮とは友達のような関係になってしまっている。

伊織が離れてしまった今、花蓮はやりたい放題になるのは仕方のないことだったのかもしれない。


花蓮は頭が真っ白になっていた。

恋心を抱いている相手が自分をお仕置きすると言っているのだ、17歳の乙女からしたら大問題だろう。


「花蓮ちゃん、俺の話聞こえてた?」

「…うん…ほんとに郁人くんがするの?」

「ああ。伊織と決めたからな」

「…………やだ」


潤んでいた花蓮の目から涙が一粒、二粒と溢れ出てきた。


「泣いてもダメだよ。俺のこと嫌いになってもいいから、伊織の言うことだと思って聞いて」

「好きだもん!郁人くんのこと好きだから恥ずかしいの!嫌なの!!」


花蓮は我慢できず、泣きながら郁人に抱きついた。

泣いている花蓮の髪頭をゆっくり撫でている郁人だが、幼い花蓮に好きだと何度か言われたことをあったし、朝の保健室でのわかりやすい反応がまだ自分に気があることを認識できて、内心ドキドキしていた。


─明日の実習の準備もあるし、この件はまた後に回したい。


本能と理性で相談したところ、これが郁人の結論だった。


「花蓮ちゃん、好きだって言ってくれたのは嬉しいよ。けど泣いても恥ずかしくてもお仕置きはするからね」

「やだぁ…恥ずかしいし痛いのもやだぁ」


抱きついていた花蓮を引き離し、冷静な表情で顔を覗き込む郁人。


「悪いのは誰?」

「…私です」

「だよね」


郁人はソファーに腰掛けて、花蓮の手首を引いて自分の膝の上に腹ばいにさせた。


「いつも何回くらい叩かれるの?」

「10回くら…」


バシッ!


と、花蓮が質問に答えきる前に一発目が打たれた。


「嘘までつくなんて余裕あるんだな。反省するまでお尻叩くから、覚悟しなさい」

「あっ嘘つきました!ごめんなさい!」

「遅いっ!」


バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!


スナップのきかせた平手を連発する。

郁人は昨晩の相談時に、普段のお仕置きの流れや内容を伊織から聞いていたので、花蓮が反省しているかどうかテストをしてみたのだ。

ワンピース越しに叩かれてるとは言え、中高バレーボール部で鍛えていた平手はさすがに痛い。

郁人の平手がお尻に当たるたびに、花蓮は足をバタバタさせて泣きじゃくっていた。

と、叩く手が止まった。

20発は叩かれたのだろうか、久しぶりのお尻叩きは花蓮にとって心にも身体にもダメージを与えているようで、顔も目も真っ赤になっている。


「花蓮ちゃん、俺ね、伊織から全部聞いたの。お兄ちゃんからお仕置き受けるときの話ね。すぐ嘘泣きしてお尻叩きを終わらせようとするから、俺がいいと思うところまできっちりお仕置きするって伊織のルール、俺も使わせてもらうわ」

「嘘泣きなんかしてないし…もうやだ。反省してるから!」


郁人の恐ろしい発言に、花蓮は膝から降りてお尻を抑えながら反論した。だが、浅い考えで甘えている花蓮が、兄と郁人の決定に反論しても勝てるわけもなく。


「膝に戻って」


冷淡な声色で花蓮を呼ぶと、花蓮は今にも泣きそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと郁人の膝に戻っていった。


「すぐに反省するいい子だったらこれで許そうと思ってたんだけど、悪い子にはこんな軽いお仕置きじゃ済ませられないな。いつも伊織からお仕置き受けるときみたいに、スカートめくって下着おろしなさい」

「…やだ」

「花蓮ちゃん」

「……」

「はあ…」


一連のやり取りや会話で積もっていたストレスが爆発したかのように、郁人は強引に花蓮のワンピースの裾をまくりあげ、下着を膝の下まで一気におろし、右手を高く振り上げ叩き始めた。


バシッ!バシッ!バシッ!

「…ぁぁ…ごめんなさい」


本当はさっきのように足をばたつかせて逃げたいところだが、少しでも足を動かすと、花蓮の大事な部分が見えてしまいそうで、花蓮は一心不乱に郁人の平手を耐えていた。


「お尻を」バシッ!

「まる出しで」バシッ!

「叩いたほうが」バシッ!

「いい子で」バシッ!

「お仕置き」バシッ!

「受けられるんだな」バシッ!


「…ふぇぇ…ぐすっ…」


下着をおろして叩かれ始めてから50発は過ぎたのだろうか、花蓮のむき出しのお尻はピンク色に染まってきていた。

恥ずかしさと痛みで、花蓮はただただ泣きじゃくっていた。

何事にも最初が肝心だと思っている郁人は、泣いている花蓮に少し気が引けるものの心を鬼にして、可愛いお尻をピンクから真っ赤にするため平手を打ち続けている。


「花蓮ちゃんの宿題も終わらせなきゃいけないし、俺も明日の準備があるから、あと50回で今日は終わりにしよう」

「50回!?もうすごく反省したよ!終わりにしてほしい…」

「50回だと足りない?じゃあ追加ね。70回叩くから、自分で数を数えなさい」


冷たく決断する郁人の恐ろしさを身を持って体感した花蓮は、大人しく「はい」と答えるしかできなかった。


バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!


「いちっ…にぃ…っさん…よんっ…ごぉ」


花蓮は懸命に数を数えている。

伊織が郁人に話していた『いつものお仕置き』は、一年ぶりにお尻を叩かれた花蓮にとっては、かなり厳しい内容に感じていた。


「ろくじゅうはち…ろくじゅうきゅう…ななじゅぅぅぅ」


「はい、おしまい」


花蓮のお尻はまんべんなく赤に染まっていた。

はずみとはいえ、片思いの相手に自分の気持ちを伝えた直後に、その相手からむき出しのお尻を叩かれたのだ。真っ赤な顔に真っ赤なお尻に、花蓮の頭は混乱してしまっている。


「花蓮ちゃんお仕置き、終わったよ」

「…ふぇぇ」


腹ばいのままの花蓮をゆっくり膝からおろし、ソファーに腰掛けさせた。


「……お尻痛い」

「そりゃお仕置きでお尻叩かれたんだろ?痛いに決まってる」

「お兄ちゃんのお仕置きより痛かった…」


下着すら戻さずに、頬を膨らませて呟いている花蓮の姿を見て、郁人は吹き出してしまった。


「俺の妹じゃなくてよかったな。もし妹にあんなに嘘つかれたり、ごねてワガママ言われたら、これくらいじゃ済まないだろうな」

「もしかして隼人くんにもお仕置きしたりするの?」

「隼人にはやらないよ。俺が中学生のころに一回怒ったことはあるけど、ほらあいつ、いい子ちゃんだから」


お尻をさすりながら頬を膨らませている花蓮と、真面目人間な弟の隼人が同い年だというギャップにも笑えてきた郁人の表情は、いつもの面白くて優しい顔に戻ってきた。


「…郁人くん。ごめんなさい。赤くなってる」


郁人の右手の掌が、真っ赤に腫れているのを見て、とっさに花蓮は郁人の右手を握った。


「俺の手はいいから、先にパンツ穿こう。それともまだ叩かれたいの?」


その言葉で花蓮の顔は、叩かれたお尻や郁人の掌より真っ赤になり、すごい早さで下着を穿いてワンピースの裾を戻した。


「じゃあ宿題出して。俺も作業始めるけど、わかんないとこあったら聞いていいから」

「あ、あの!」

「ん、どうした?」

「さっきのこと…」


花蓮がもじもじしながら言い出しているので、さっき告白をした件だと感じた郁人は、彼女を傷つけないように軽めに答えた。


「さっき妹だったら今より厳しくお仕置きするかもって言ったけど、彼女にはきちんとした常識を求めるから、もっともっと厳しくお仕置きすると思うよ」

「彼女にもお仕置きするの?」

「今は彼女いないし、今までお仕置きしたことなんてないけどさ、ただの例え話だよ」

「そっかぁ…」

「もっともっと厳しいお仕置きで今からやり直す?」

「あ、いや、今日はいいです。宿題します」


郁人からの信じられない提案に、花蓮は目をまん丸くして拒否をした。好きだし付き合いたいけど、お尻はじんじん痛くて明日の授業サボりたいな、なんて思ってるくらい厳しいお仕置きだったのに、それよりもっともっと厳しいお仕置きなんて、恐ろしくて想像つかないよ。と花蓮は思った。


そんな単純で素直な花蓮を可愛く思っているものの、もう少し大人になってほしいと郁人は考えていた。


二人の中で新たな関係が築き始められたと同時に、互いに新たな目標が生まれた瞬間であった。

最期まで読んで頂きありがとうございました。

初めて書いた小説なので完結できるのかわかりませんが、ゆっくりペースで進めていきたいと思っています。

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